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悠久王国のシロき王子(10)


「お、おい。余に畑仕事をさせるつもりか……」

「犯罪者には労働が必要だろう。それとも、断るつもりか」

「……それを言うのか。や、やればいいのだろう! 」


 そう言われては断ることは出来ない。最早、王子はアロイスに従う他はないのだ。


「うむ。そうこなくては。では、準備して向かおうか」


 王子の派手な上着を脱がせ、少し大きいがアロイスの予備用の作業用のツナギを着せる。また、靴は厚い長靴と、手には軍手を着用させた。

 自分たちもそれぞれ同じ格好をして、四人は離れにある畑に向かった。


(な、何と格好悪い。余がこんな屈辱的な格好をしなければならないとは……)


 それにしても、従わなければどうなるか分からないし、文句も言えない。

 そして、どうこうするうち歩くこと数分、王子が落ちてきたあぜ道を抜け、広大な山々が望める平たい農地に出る。そのうち、一際広い赤いロープで囲まれた、黒っぽい土の畑の傍に近づくと、その土に刺さったスコップを取って王子に渡した。


「本当はクワか何かで土起こしをするんだが、お前はスコップで良い」

「土起こしとはなんだ」

「深く掘った土と、表面の土を入れ替えるんだ。出てきた草木や石は取り出して、袋に詰めてくれ」

「……意味が分からんぞ」


 確かに、経験の無い者に説明するだけでは理解できない。

 アロイスは「こうするんだ」と言って、土に刺さっていた幾つかの道具のうちクワを取って、両手で握り、頭上まで高々と振り上げると、一気に振り下ろして土に深く突き刺した。


「そして、こうっ! 」


 刺したクワを、土を引っ掛けながら引き抜く。深い部分に眠っていた土が地面に顔を出して、元々表面にあった土に被さった。また、引き抜いた際に一緒になって飛び出した小石を一個一個取って、畑入り口付近にある袋に詰めていく。


「これが一連の動作だ。畑を耕すってやつだな」

「ほう。見る限り簡単そうだな」


 思ったより単純な作業に、王子は楽観視した。


「へぇー、そうかい。なら、このエリアは任せるぞ」

「エリアとは、どこまでやればいい」

「向こうまで」

「ん、向こうまでか」


 指差した方角に目をやる。が、王子の身体がビタリと硬直した。


「待て、アロイス。向こうまでとは、まさか……冗談だろう…………」


 アロイスが指差した方角は、遥か遠方。霞み掛かるその先、目を凝らしてようやく見えるくらいの果ての果てであった。


「じょ、冗談だろ。これをあそこまでやれというのか!? 」

「あそこまでって、それで終わりじゃないからな。それが終わったら芽の手入れだ」

「……それも同じくらいの距離をか!? 」

「当たり前だろ。ちゃっちゃとやるぞ」


 ナナと祖母はその様子を笑って見ていた。

 アロイスが「ほら! 」と王子の肩を叩くと、渋々体を動かし始める。


「くっ、屈辱だ。殴られた上にこんな庶民の仕事を……」

「庶民の仕事が分かってこそ、他人の気持ちが理解出来るんだろ」

「そ、そうかもしれんが! 」

「父親のような立派な王になるには、1に努力、2に努力だぞ」

「い、言われなくても分かっているッ! 」


 何となく、王子の扱い方が分かってきた。彼はぶつぶつと文句を言っていたが、仕事はしっかりこなしているようだったし、アロイスはそれを見守りながら自分も別の列で彼を追いかけつつ畑耕しに勤しんだ。


 ……ところが、1時間もしないうち。

 5分の1を過ぎた地点にて、王子は「もう、ダメだ……」と、震えた手でスコップを落としてしまった。


「アロイス、手と腰が痛くて……もう動かん……」


 腰を落とし立ち上がるというスクワットのような動作を繰り返す。あまり運動もしていない王子は、普段使っていない筋肉を万遍なく使ったせいで、あっという間に根を上げてしまったのだった。


「おーい、まだ半分もやってないぞ」

「しかし腕の筋肉がビシビシと痛いんだ。腰もズキズキと痛む……」


 よろよろと歩く王子。と、土に足を取られたようで、その場ですっ転んでしまった。


「むおっ!い、いてて……」


 柔らかい土のおかげで怪我はなかった。しかし、転んで起き上がろうとした瞬間、王子は「うわあっ!? 」と声を上げた。


「ん、どうした」


 アロイスが王子を見ると、彼は「ミミズだぁ! 」と、表面の土に蠢くミミズを指差し、泣きそうな顔をしていた。


「おーいおい。ミミズくらいで驚くなって」

「だってウネウネと気持ち悪い! ほ、本物を見たのは初めてだぞ……! 」


 すると、その時。

 近くに居たナナが二人の会話に気づき、王子の傍に近づいた。

 そして、

「ちょっと大きいミミズですねー」

 と、ミミズを持ち上げた。王子はそれを見て、声にならない叫びを上げた。


「ミミズ、さわ……ミミズを触ってるのか、ミミズをぉおおっ!! 」

「王子、そんな邪険に扱わないで下さい。ミミズがいなかったら野菜は美味しく出来ないんですよ」

「や、野菜が出来ないだと? そんな気持ち悪いのが居ないと、野菜が作れないのか!? 」

「この子たちは、野菜が育つ栄養たっぷりの土を作ってくれるんです」


 ナナは、王子の傍に手に持ったミミズを近づけた。


「うぎゃああーーーっ!! 」


 王子は転がるように飛び跳ねて逃げ回る。

 折角自分で耕した土まで踏み抜いて、

「あーらら」

 と、アロイスは笑った。


 そのうち、再び土に足を取られた王子は派手に転ぶ。ゴロンと一回転して土を舞い上げ、柔らかな土をベッドのようにして仰向けになった。


「はぁっ、はぁ……!く、くそっ……! 」


 天を仰ぐと、輝く太陽が眩しかった。

 全身が、稲妻を駆け巡っているように痛む。

 こんなに動いたのは、何時以来だろう。


「……アロイス」


 王子は、アロイスを呼んだ。


「どうした」

「体が……動かん」

「普段に運動しなさすぎだ」

「その通りだ。しかし、畑仕事とは大層なものなんだな」

「畑仕事だけじゃないさ。仕事っつーのは全てが大変なんだよ」

「民はこんな仕事を続けているのか……」


 畑仕事がこれほど大変だとは知らなかった。しかも、任された仕事の半分も終わっていないし、全体的な作業で見れば次も、その次もあるのだという。終わりが見えない。無限に働き続けるのではないかという概念すら生まれる。

 そんな感慨深くなっている寝転ぶ王子に、アロイスは彼を見下ろして言った。


「明日も、明後日も、1週間後も、1ヶ月、1年、それ以上にこういう仕事は続くんだぞ」

「……そんなにか。こんな大変な仕事だったとは知らなかった」

「お前を支える周りの人々は、こういう仕事を繰り返して支えあっていると少しでも分かってきたか」

「嫌でも理解せざるを得ないな。こんなに……きついとは……」


 アロイスは手を差し出す。

 王子は「すまん」と言って、その手を握った。


「この世は持ちつ持たれつ、互いに支えあって成り立っているんだ」


 そう言って、王子を引っ張り上げて立たせた。

 王子は土まみれになった自分の体を見て、こんな汚れた格好をして王子らしさの欠片もないな、と、小さく笑った。


「王子らしさって何だ。王座にふんぞり返ってる王より、今のお前はよっぽど格好良いぞ」

「……こんな汚れた姿なのに、格好いいのか? 」

「民を理解しようとする王の姿だと思うぞ。泥に塗れ、努力した姿を見せるリーダーがいれば、部下は自然と付いてくるもんだ」

「はっ、汚れていても格好良い王か。お前は何とも上に立つ人間を分かった風に言うな」

「あー……。ま、まぁな……」


 元世界一の冒険団部隊長。世界で支部を合わせ千人規模の部下を持つ最強の男が、こんな田舎で畑仕事に勤しんでいるとは思わないだろう。


「おーい、三人とも。少し早いけど休憩にしようさねー! 」


 と、その時。祖母の大声が、アロイスらを呼んだ。

 

「おっ。ナナとシロ、お婆さんが呼んでるし一旦戻ろうか」

「そうですね」

「分かった、休憩だな……」


 畑入り口に戻った三人。小さな土手のような場所に腰を下ろした。祖母が持ってきていたバスケットからサンドウィッチと瓶詰めのお茶を取り出し、それぞれに渡した。王子は早速それを頬張ると、ハムとレタスのシンプルなサンドウィッチだったといのに、今までに食べたことのない美味しさが全身を痺れさせた。


「美味い……」

「当然。働いて、動いて食べる食事は美味いもんだ」

「こんなシンプルなサンドウィッチが美味しく感じるとは思わなかった」

「体を動かすことが最高の調味料だからな。お茶も飲めよ」

「頂くよ」


 個々に用意された小型の瓶茶。蓋を開き、口をつけ、優しく喉を潤す。これもまた、今までに感じたことのない最高の味わいだった。


「……っ」


 瓶の中で揺れて光る茶。王子はそれを傍に置くと、両膝を折り畳み足首に両手を回した体育座りの姿勢で、顔を隠した。


「どうした。殴った傷でも痛むのか」


 アロイスが尋ねる。王子は「違う」と答えた。


「何となく、余が見下してきた者たちを考えた。……何とも言い知れぬ気持ちになった」


 ちょっとずつだが、王子の心に他人の理解という思いが育ち始めている。今までそうして生きてきたのだから、決して楽な道のりではないかもしれないが、王子の心に小さな芽生えが見えた。


「王子、人が変わるのは一瞬だ。もし今までしてきた事に何か辛く感じることがあっても、明日には変わればいい」

「変われば良いか。簡単に言ってくれる。他人の気持ちを理解できるようになっても、余を嫌うやつ等はもう余を嫌いになったままだろう」

「……なら彼らに謝れば良い」

「謝って済むものなのか」


 アロイスは首を横に振った。


「お前が今まで心を殴った人間は、そう簡単に許しはしないさ」

「じゃあ謝る意味はないじゃないか」

「いいや、ある。行動で示せ。人の気持ちを理解するよう努力する姿勢を見せるんだ」

「それでも許してくれなかったら」

「一生謝り続けて、一生行動で示すだけ。俺ならそうする」

「……難しいな」

「難しいけど簡単だ。人らしく生きれば良い。他人に優しくすることを考えて生きていけば良い」


 アロイスはお茶を飲みながら、静かな口調で話を続けた。


 「たまに我が侭を言っても良いかもしれないが、お前も他人の気持ちを考えて我が侭を聞いてやれ。そうすれば一人、また一人とお前を信頼する者が増えていくだろう。それは、いつか周りがお前を王として認めるその日まで……。いや、その日からもずっとずっと優しくあることが最も大事だろうがね」


「……」


 王子は黙ってアロイスの話に耳を傾けた。どこか重みを感じる台詞に、真剣にその話を聞いていた。


「アロイス。お前の言葉は、何となく余の心に響く」

「そうか。お前の心に響いたのなら何よりだ。……よし、それじゃあ仕事の続きをするか! 」


 立ち上がったアロイスは尻の土を払う。

 王子も「もう休憩は終わりか」と重い腰を上げ、スコップを手に取った。


「もうひと踏ん張りだ。終わらせるぞ、王子」

「……出来るところまでな」


 二人は農耕具を持ち、自分の担当の場所に向かっていった。

 その、後ろ姿を見送るナナと祖母。二人は笑顔で言う。


「お婆ちゃん。なんていうかアロイスさんらしいね」

「ふっふっ、王子様もすっかりアロイスさんのペースに乗せられてるさね」

 

 結局、何だかんだでアロイスに乗せられた形となった王子。

 それから迎えに訪れる1週間まで、みっちり諭され、働かされ、飯を食い、健康的な生活を送った王子の考え方は次第に変わっていった。


 そして、1週間後の【2080年5月30日。】


 朝食を終えて畑仕事に向かおうとしていた所に、自宅へ、王子の迎えが訪れる。



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