悠久王国のシロき王子(6)
「ジョアン王が直々にですか……」
電信口の相手は、本当に王なのだろうか。信じられる事じゃないが、聞こえてくる威厳ある声を通しての雰囲気は王そのもの。そもそも相手の声は、昔、自分が王に謁見した際と変わらぬ気がする。多分……と、いうより、確実に電信機の相手は当代の悠久王だろう。
「申し訳ない。どうやら驚かせてしまいましたね」
「い、いえ……」
驚きも驚いたが、悠久王は電信機ながら低姿勢かつ優しさが伝わってくる。目の前に居る王子と比べると、本当に二人は親子なのかと疑わしくなる。
(まぁ、とにかく王子について話を聞かねば……)
アロイスは、彼との出会いまでの一連の流れを説明しようとする。が、王子は父親が電信口の相手だと分かると、それを奪ってしまった。
「借りるぞ!」
「あっ、おい!」
王子は、奪った電信機を耳に当て、父親に声を上げて何があったかを自分で説明した。
「な、何と。謀反があったというのか! 」
「ロメスの奴はクビにしてよ父上。それに、この生意気なアロイスって男も何とかして!」
……助けた相手に何という態度を取るんだ、コイツは。
アロイスは拳に「ハァーッ」と息を吹きかけて今にも殴りそうに構えるが、ナナは「落ち着いてー! 」と、慌てて抑えさせた。
「シロ、そういう話は色々と済んでからだ。まず、アロイスさんに電信機を代わりなさい」
「でも父上、話を聞いてよ。アイツらが俺を殺そうとしたのはロメスの管理がなってないから!」
「……代わりなさい」
当代王ジョアンは、静かな口調で諭す。
さすがにシロも、
「わ、分かったよ……」
と、渋々電信機をアロイスに手渡した。
「あー……もしもし。アロイスです」
「おお、アロイスさん。息子が大変申し訳ありません」
「……いえ、お気になさらず」
「そう言って頂けると。では、早速、お話をさせて頂きたいのですが……」
ジョアンは電話口で、これからの事について簡単に説明した。
「すぐ、新たな高速飛行船で迎えの者を出すつもりです。借用を含め1週間は要すると思います」
1週間。それなりに長い期間だ。でも、まぁ良い。どのみち、ウチで王子を預かる気はなかったからだ。
「……承知しました。王子はカントリータウンの警衛隊支部に預けるという形に致しますね」
言い方は悪いが、今の王子は爆弾に等しいし手元には置いておきたくない。いつ部下たちが襲ってくるかも分からないし、匿うことはあまりしたくなかった。
「そ、それなんですが……」
だが、当代王ジョアンは言葉を詰まらせながら言った。
「アロイスさんの場所で匿ってもらえませんか」
「……んっ? 」
今、何と言った。
「申し訳ないです。今、気のせいかと思いますがウチで預かってほしいと言った気がしますが」
「警衛隊では公になる可能性がありますし、出来る限り穏便に済ませたいのです」
「だったら、内密に支部で預かって頂くという形で宜しいのでは? 」
「謀反者たちについては、アロイスさんの実力があればこそだと思いまして」
「私の実力ですか……? 少し意味が分かり兼ねますが……」
何を言っているのだ、当代王ジョアンは。
すると彼は、萎縮して謝りながら言った。
「申し訳ありません。アロイスさんは、以前に私とお会いした事がありましたね。確か、出会った頃はクロイツ冒険団の団員でしたな。覚えております。その後は部隊長として活躍し、今は酒場の主人であるとお聞きしてます。貴方の実力があれば、いざという時に息子を守って頂けると思いまして……」
それを聞いたアロイスの額に、タラリと冷や汗が流れた。
(……警衛隊のラインを使って情報を調べたのか。さすが王の名を持つ者は違うな……)
虚を衝かれた気がした。更に、当代王は今一度、電信機の向こうで、依頼を口にした。
「アロイスさん。民家や酒場に息子を預かって貰っていたほうが謀反者たちに見つかる可能性が少なくなると思います。どうかお願いします。こんなお願い、在り得ないとは分かっています。ですが、一人息子を守るために、貴方の実力をお借りしたいのです。どうか、お願い致します」
重苦しい言葉だった。遠い地の悠久王国の電信機前で、あの王が自分に頭を下げている様子が、まざまざと浮かんだ。一介の王にそこまで言われて断ることなんて、そうそう出来るはずもないじゃないか。
だが、自分の一存で彼を預かるかどうか決めることは出来ない。電信機を携えながらナナの顔を見た。
「……大丈夫です。お婆ちゃんも許すと思います」
彼女は頷く。
アロイスもコンタクトして、王に伝えた。
「ジョアン王、一応ですが、お預かり出来る状況とはなりました。しかしですね、いくら私でも王子を守りきるという自信はありませんし、貴方たちの情報網で調べているのでご存知かと思いますが、私は普通の町民に厄介になっている身です。周りに危害が及ぶ可能性が少しでもあるのなら、直ぐに警衛隊に預けますが宜しいですか」
ジョアンは、「分かりました」と、了承した。
「それならお預かり致します。私共々、出来る限り面倒は見させて頂きます」
「是非お願い致します。今回のお礼はたっぷりと用意しますので…… 」
「お礼はいりません。早く息子さんを迎えに来て頂ければ私としては幸いです」
「……分かりました。それでは、宜しくお願い致します」
そう言うと、王は電信機をガチャリと切った。
しかし、空から降ってきたのは本当の王子だったとは。それに、彼のお守をすることになるなんて。
アロイスは、吐きたい溜息を隠して王子の名を呼ぶ。
「……シロ王子、ちょっと良いか」
テーブルに腰を下ろしていたシロ王子の横に、自分も腰を下ろす。
「父上は余を迎えに来てくれるとは聴こえていたぞ」
「ああ、1週間後には来ると言っていた。が、ちょっとでも危険が及ぶようなら俺は君を警衛隊に預けるぞ」
「フンッ。警衛隊のほうがよっぽど安全なんじゃないか。父上はお前を少しばかり信用していたようだがな」
シロ王子はアロイスを信用していない様子だった。しかし彼の心の中に居る父上が信じた男ということで、僅かばかり心を寄せたようには見える。
「やれやれ、言ってくれるな。俺だって警衛隊のほうが遥かに安全だと思うがね、君の父上から依頼されたら易々と考えを変えることは出来ないんだよ」
悠久王国といえば、世界的にも有名な国だ。影響力は計り知れず、そのトップに頭を下げられたのなら、中々断ることも難しい。これも世界一の冒険団の元部隊長としての使命なのだろうか。
(こんな子守をしていては、酒場経営も難しいな。少しの間だけ休みとしよう。しかし、何事も無く1週間が過ぎてくれよ……)
1週間。短いようで長い時間だ。何も無ければいいのだが。
……そう願った時。玄関から、
「ただいまさねー」
と、声が聴こえ、畑仕事を終えた祖母が帰宅した。
「あ、お婆ちゃん」
「ただいまさね。……と、誰だい」
居間に入った祖母は、見慣れぬ男が一人増えていたことに目をパチクリした。
「あー、俺が説明します。あのですね……」
アロイスは、祖母に事情を説明した。
すると、そこは優しい祖母であるし、話を聞いて、王子を受け入れるよう言った。
「大丈夫さね。王子様、狭いうちでよけりゃココにいてくれるかい」
にっこり微笑む祖母。
対して王子は「フン」と、鼻を鳴らして返事した。
「父上がココにいろと言ったんだ。余を受け入れるのは当然だろうが。そんな恩着せがましい言い方をするな」
何て態度だ。アロイスとナナは彼にムッとするが、祖母は微笑んだまま、
「そうかそうか、ごめんなぁ」
と、答えた。
「謝るくらいなら最初から言うな」
ぶつぶつと文句を言う。ナナは祖母を邪険に扱われたことに、少し悔しい表情を浮かべていた。アロイスは、その肩を優しく叩いて、王子に聞こえないよう小声で言った。
「1週間だけだ。それだけ我慢しよう。最悪、警衛隊に預けるよ」
「アロイスさん……」
「そもそも俺が間接的に関わっちまったからな。迷惑かけてスマン」
「あ……いえ。アロイスさんは全然。分かりました、頑張ります」
大体の事柄に許容する心を持っている二人でも、この王子の態度は許せない部分が多かった。
(はぁぁ。謀反者らより、この王子の扱いのほうがよっぽど苦労しそうだ……)
ひどく苦悶することになりそうだと思った。
……そして、最悪な事に、その予感は当たってしまう。
ナナが悲しみ、アロイスが激怒する結果となったのは、その夜。シロ王子のために晩飯を用意した時のことだった。




