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悠久王国のシロき王子(4)


「パラシュートを付けてるようだが……アレ、落ちてるよな?」

「はい、間違いなく……」

「この辺は良く人が落ちてくる場所なのだろうか」

「そ、そんな事はないと思いますけど。それより、あのままだと不味いような……」

「うーむ……冒険者という風じゃないしな……」


 屈強そうな冒険者なら何とかなったかもしれないが、目を凝らして見えるパラシュートの主は、非常に細身で、身に纏う衣装は赤白のド派手なカラー。どう見ても冒険者らしくは無い。また、回転しながら落下する姿は徐々に速度を増しているようで、あのままでは間違いなく地面と激突してしまう。


「……本当にあのままだと不味いかもしれん。ちょっと助けてくる」

「は、はいっ」

「これ、預かっててくれ」


 畑作業のために使っていた軍手を外してナナに預けると、脚力を溜め、一点集中してダッシュする。あぜ道の土煙が舞い、ナナはゴホゴホとそれを払うが、その一瞬でアロイスは遥か遠く、小さくなっていた。


「は、早い……」


 そして、あっという間に落下地点に構えたアロイスは、空を仰ぐと、パラシュートの紐に絡まった男性がクルクル、クルクルと回転しながら此方に向かって落ちてくるのを確認した。


「いたいた。この辺か、こっちか……よく動くな」


 落下地点に歩を合わせる。確かに落下速度は相当速かったが、真下に位置を取ると、自分の腕力でどうにかなりそうな程度であって安心した。


「こーっちこっち……と」


 パラシュートの男は、ずっと叫び声を上げたまま落下する。

 アロイスは、ピッタリ位置で降ってくるのを構えたのち、彼の落下に合わせて腕に力を込めた。


 そして……。


「よっと!」


 何とか男をキャッチする。男は、

「うわあっ!?」

 と、叫び声を上げた。

 しかし、彼は自分が助かった事を自覚をしていないのか、興奮した様子で全身にパラシュートの紐を絡めながら暴れ続けた。


「お、おいおい。助けたって、落ち着け!」

「死ぬ、余は死んでしまう!!」


 まるで声が聞こえていないらしく、暴れるのも一向に止める気配がない。こうなると厄介だ。仕方ない。生きて助かった、という事を認識させるため、荒療治だがこれしかない。


「……少し痛いぞ」


 彼を抱きかかえてた腕を離す。男の体はドサリと土に落ちて、その痛みに、ようやく自分が助かったという事に気づいたようだった。


「い、いてて……。あれっ……」


 叫び続けた影響か、男はゼェゼェと息を荒げてアロイスを見つめる。


「大丈夫か。降ってくるお前を見かけて俺がキャッチしたんだ。怪我はないか」

「……あっ」


 男(シロ王子)は、ハっとして辺りを見回す。

 自分の両手両足を見て生きている事を確認する。


「た、助かったのか……。はぁぁ……」


 今までに無い安堵の溜息を吐く。

 また、王子は起き上がろうとするが、パラシュートの紐が全身に絡まっていて、上手く立つ事が出来なかった。


「何だこれは……くそっ」


 紐を外そうとしても、複雑に絡まり合って外すことが出来ない。王子は舌打ちして、目の前にいるアロイスに「おい、何とかしろ」と堂々たる姿勢で言った。


「何とかしろって、お前な……」


 何つう態度を取るんだ、この男は。少しばかり気分を害したが、このまま放っとくわけにもいかないだろうし、その紐を掴み、軽く引き千切ってやる。

 パラパラと紐が地面に落ちて自由になった王子は、背負っていたリュックサックも地面に捨て、全身の土を払いながら立ち上がると、アロイスを睨み、こう言った。


「ったく、最初から千切れるなら千切らないか。優しさの無い奴だ」


 まるで、つばを吐くように。さすがにアロイスはそれを聞いてイラっとしたが、声は荒らげず、静かな口調で、当然の台詞を返した。


「あのなぁ。助けておいてその態度はないんじゃないか」

 と……。しかし、対する王子の反応は益々に苛立つものだった。


「何を言う。余を助け、余の体に触れるというのは、身に余る光栄だぞ。むしろ余を助けられたという感謝して欲しいくらいだ」


 本当に何を言っているんだ、この男は。


「何でお前を助けて俺が感謝しないといけないんだ。お前が一体何者だというんだ……」


 そこまで大胆な態度、さぞ大物なんだろう、と尋ねる。

 すると王子は、自らが王子であるということを上から目線で伝えた。


「余は悠久王国の王子シロだ。名前くらいは聞いたことあるだろう。分かったら、その態度を示し直せ」

「……シロ王子だと?」


 シロ王子。はて、確かにその名前は聞き覚えがある気がした。と、いうよりも、悠久王国という事柄に関してだけは、現役時代に謁見したこともあった。


(……うん、待てよ。確か、その時……)


 そういえば、15年前くらいに悠久王国で謁見した際、息子の話を聞かされた気がする。


(ああ、確かに当代のジョアン王の息子はシロと言ったな。もしこの生意気な態度の男が王子だとしたら……一体どういう了見で空から落ちてくるのかね)


 本当にシロ王子だとして、遥か西の地から、どうしてこんな場所に落ちてくるというのか。


(ま、俺がいえた道理じゃないんだがな)


 自分も空から落ちてきた身だし、人のことはいえないか。思わず苦笑する。

 と、その時。

 あぜ道の向こう側から、ナナがようやく追いついて、声を上げた。


「はぁはぁ、お待たせしましたアロイスさん……」


 よっぽど急いで来てくれたらしく、腰を落として両膝に手をつき、肩で呼吸しながら言った。


「そんな走ってきてくれたのか」

「はい、心配で……」

「優しいな、有難う。さっきの空から降ってきた男なんだが、何とか無事に助けてやって……」


 アロイスは説明をしようとしたが、話をするやいなや、シロ王子はナナに詰め寄り、それはそれは恍惚な表情で全身を眺めて口を開いた。


「おぉっ、中々可愛いじゃないか。お前、ナナというのか。余の女にならないか。というか、なれ。暮らしは不自由させん。良いな、決まりだ」


 グイグイと押し迫る王子に、ナナは「えっ、えっ」と反論する暇も無い。王子は鼻の下を伸ばしながら無理強いしようとするが、アロイスはその肩を掴んで此方を振り向かせた。


「おい、勝手に話を進めるな。というか、お前が王子なんて信じちゃいないんだぞ」

「人の肩に手を乗せるな、無礼者っ!」


 王子はアロイスの手を叩き落とす。

 その態度に溜息を吐いてアロイスは言った。


「……無礼者はどっちだ。お前が本当に悠久王国の王子だと信じると思っているのか」


 空から落ちてきた男が、いきなり王子だと言って信じる奴がどこにいる。


「えっ、この方は王子様なんですか!?」


 話を聞いたナナが、驚いたように言った。

 

「ここにいたわ。だ、だけど待つんだナナ、落ち着け。俺はこいつが本当に王子なんかだと信じては……」


 いない、と。そう否定しようとした時。

 先ほどのパラシュートの残骸であるリュックサック、それにピン留めされていたエンブレムが目に入った。


(あ、あれは……)


 膝をつき、リュックを手に取って、装着されていたエンブレムを良くよく確認してみる。


(あー……)


 参った。そのエンブレムを見て確信する。王子かどうかは定かではないが、この男、本当に王室の人間だろうということを。


 頭を掻きながらアロイスは、

「……お前、シロといったか」

 と、彼の顔を見つめた。


「王子『様』とつけろ。なんだ」

「王子かどうかは信じ得ないが、どうやら君は本当に王室の人間のようだ」

「だからそう言ってるだろ。そもそも余は王子だッ!」


 そうは言っても怪しいところだ。悠久王国の王室の人間は心優しき一族であるはずだが、彼が本当に王子だとしたら、随分と傲慢な男に育ってしまったらしい。


「あの……アロイスさん。どうしてこの方が王室の方だと分かったんですか?」


 すると、急に考えを変えたアロイスを不思議に思い、ナナが尋ねた。


「ん……ああ。これだよ」


 リュックサックを持ち上げ、装着された『白き竜と剣』が造形されたエンブレムを指差した。


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