悠久王国のシロき王子(3)
額に汗を流す兵士。
彼が口にしたのは、まさかの「王子を討ち自分も死ぬ」という、とんでもない台詞だった。
「我々は国の為に貴方を討つのです。しかし私らが反乱したとあっては、王室の恥となる。ですから、飛行船で事故が起き、全員が死したものとします」
徐々にシロに迫る兵士。
王子は、彼の気迫から本気なんだと悟った。
「くっ……!? 」
恐怖に怯える王子。
ロメス、助けろォ! と、けたたましい叫び声を上げた。
「……はっ!? 」
あまりの出来事に頭についていかなかったロメスは、王子の一声で我に返る。慌てて立ち上がると、剣を構えていた兵士を弾き飛ばして叫んだ。
「ま、待て待て! お前たち、そんな無礼が許されると思うのか!」
転ばせた兵士に向かって言う。しかし兵士はロメスに対し、悲しく潤ませる瞳を見せて言った。
「ロメス殿、邪魔をされるな。貴方も分かっておられるはずだ……」
それ以上の言葉は要らない。兵士の瞳は、ロメスさんも分かってくれるだろう、という、悲しさに満ちていた。
(な、なんて目をするんだ……)
王宮兵士らに悪意はない。そこにあるのは、王国の民の未来を願うという本質だけ。彼らもこんな手段は取りたくなかったのだろうが、この方法がないと決意したのだろう。
「……い、いや。ダメだ。それでもダメだ! 」
ロメスは大声で言った。
「ロメス殿。ダメなのは王子のほうです。もう、我々は止められない! 」
再び剣を構える兵士。背後に立っていた数人も同じように剣を構え、ゆらり、ゆらりと王子に詰め寄り始めた。
(本気だ……。このままでは……! くっ、こんな事になるくらいなら、あの時……)
その顔面を殴りつけていたほうが良かった。
王に咎められようが、思い切り殴りつけて、今回の飛行船旅行を中止にしたほうが良かったのだ。
「……っ」
だが、今更だ。もう遅い。今この瞬間こそ、王子の命は風前の灯火に等しい。このままでは王子は殺されてしまう。
……だけど、それで良いのか。良い訳がない。
「絶対に、王子は殺させんッ! 」
ロメスは動く。ベッドの上で、兵士の気迫に制止した王子の手を引き、部屋の隅である窓際に移動した。
「ロメス殿、諦めて下さい。逃げる場所などありません」
勝利を確信する兵士たちは、ゆっくりと二人を追い詰めていく。
「ロ、ロメス……。何とかしろ、ロメス、余が殺される、早く、早く!」
握り締めた王子の手はガタガタと震える。大丈夫、王子は殺させない。
「ご安心下さい王子、これでも側近ロメス、念には念を入れております」
……本当は。本心では、ここで王子が殺されてしまう事も選択肢として大いに有りだと思った。しかし、王子が死んだと聞かされた当代王の心中は察するにあまる。
「王子は殺させませんよ、ご安心を! 」
そう言ったロメスは、懐から小さい玉を取り出し、颯爽と床にぶつけた。すると、バンッという弾けた音が響いて辺りは真っ白な煙に包まれた。
「え、煙幕だと!?」
予想外の展開に兵士たちは慌てた。
そのさ中、ロメスはベッド下に隠していた小さなリュックを王子に背負わせる。
「な、何だ……このリュックは何だ! 」
「シロ王子。10秒数えたら、リュック脇にあるコレを引っ張って下さい」
リュックから伸びる小さな紐、それを王子に握らせた。
「何を言っている!こ、これは……これは一体何なんだ!」
何が何やら、混乱する王子。
するとロメスは、その様子を笑みを浮かべて眺めた後、まさかの行動に出る。
部屋の窓をガラリと開いて、力任せに王子の体を持ち上げ、そのまま飛行船の外へと投げ捨てたのだ。
「う、うわ……、うわああああああっ!!?」
突然の事態に、王子は空中で暴れ、水中にいるように藻掻き慌てふためいた。だが、飛行船はグングンと小さくなって、やがて、雲の中に消えて行った。
「ど、どど、どうすれば良いんだ!! 」
とてつもない速度で落下する自分の体。全身がヒヤヒヤと涼しさを感じ、冷凍庫の中にいるような寒さが猛烈に肉体を刺激する。
「こ、このままでは……!」
やがて見えてくる地面。このままでは、地面に叩きつけられて死んでしまう。
「……って、あっ!こ、これかっ!?」
と、ロメスが『コレを引っ張って下さい』と言っていた、握り締めていた紐を思い出す。
「このまま死んだら、呪ってやるからなロメスッ!!」
そう叫び、紐を思い切り引っ張った。と、それと同時に王子の体はグンッと浮かび上がり、さっきまでの落下が嘘のように遅延して、ゆらゆらと快適な空の旅のように落ち着いた。
「な、何だ……」
上を見上げる。そこには悠々とした巨大な落下傘が広がっていて、どうやら、背負わされたリュックサックはパラシュートだったらしい。
「パ、パラシュートか。これは助かったのか……」
何とか事なきを得ることが出来たのか。
王子は酷い動機に見舞われながらも、命が助かった事に一先ず安心する。
「でも、これから余はどうしたら良いのだ……?」
迫りくる大地には、広大な山々や、鬱蒼とする森、小さな町が見えたが、一体この場所がどこなのか皆目見当もつかない。
「取り敢えず町に出て、余が悠久王国の王子であることを伝えるか……」
後は、悠久王国に連絡を取ってもらって連絡を待てばいい。
そしたら余に反した兵士らを全員処刑し、その上で以前と変わらぬ悠々自適な生活を送るだけだ。
(ロメスめ、王城に戻ったらクビにしてやるぞ)
元はといえば側近がきちんとしていないから、こういう事になるのだ。
ところが、いつまで経っても誰かのせいにし続ける王子に対し、第二の天罰が訪れる。
(……むっ?)
ふと、空の向こう側に何かが見えた。
「何だアレは……」
目を凝らして見ると、それは白く巨大な渡り鳥の群れ。しかも、明らかにこのパラシュートを目掛けて突っ込んで来ているように思える。
「ちょっと待て、アレは……!」
鳥たちは、自分たちが飛ぶ線上に見つけた、見慣れぬ侵入者に敵意を持った。パラシュートを目掛け、一斉に攻撃を仕掛ける。王子は「止めろ!」と叫ぶも、空中ではどうしようもなく、されるがまま、渡り鳥達の襲撃を諸に受けた。
「うっ、うわあああっ!?」
酷く損傷を受けたパラシュートは、紐が切れ、布が破れ、制御不能に陥る。空中でクルクルと回転し、右も左も上も下も、何もかも分からない状態で揉みくちゃとなって落下を始めた。
「あああああっ!!」
このまま死んでしまうのか。嫌だ。絶対に嫌だ。
「だ、誰かああぁあああっ!ロメス、ロメスゥゥううっ!父上ぇぇっ!母上ぇぇえっ!」
誰に助けを求めようと、意味はない。
ただただ、星の重力に引かれてシロ王子は落下をし続けた。
王子は「もうダメなのか」と、いよいよ諦める。
……だが、不幸中の幸いか。その様子を、ある『二人』が見つけてくれていた。
「何だあれは」
「ま、また誰か落ちてきてませんか……」
その二人組こそ、畑仕事を終え、酒場に向かおうとしていたアロイスとナナであった。




