悠久王国のシロき王子(2)
道に侵入する老婆と幼女の姿に、兵士の一人は道に侵入する二人を抑えようとした。
が、側近は彼女たちの顔を見て、
「あっ、待て待て」
と、その兵士を止めた。
「……その二人は王室に地元の野菜を提供している方だぞ。気にしなくて良い。下がれ」
「はっ、そうでしたか。申し訳ありません!」
側近の言葉に、兵士は一礼して下がる。側近は、老婆と幼女に近づいて声を掛けた。
「ヘレンさん、どうも。ロメスです。どうかなさいましたか」
「おおロメスさん。今日は、シロ王子様の誕生日じゃったからのう……」
老婆は持っていたカゴを側近に手渡す。
中を覗くと、採れたての瑞々しい野菜がいっぱいに詰まっていた。
「……これは素晴らしい。これを届けにいらっしゃったんですか」
「誕生日に美味しい野菜を食べてほしくてねえ。それと、孫のアンナがね……」
アンナ、という言葉に反応した隣の幼女は、側近の持ったカゴに手を伸ばし、小さなトマトを取り出して言った。
「ロメスさん、これね、私が作ったの。シロ王子様にあげたいの。渡してきて良いっ?」
満面の笑みで、何とも可愛らしく言う。
普通なら断るところだが、王室に卸して貰っている彼女の手前「ああ、良いよ」と頷いた。
「ありがとうっ!」
アンナはニコッと笑い、卜テテ、と擬音を出しながら、シロ王子のもとに向かった。
周りを囲んでいた兵士たちも彼女の懸命な様子に笑顔になったが、その雰囲気が壊されたのは、次の瞬間だった。
「王子さま、これ受け取って! 」
アンナが背伸びして、トマトを手渡そうとする。
ところが、王子は彼女に対して最悪の仕打ちをしてしまった。
「何だ、貴様。無礼な奴だ……こんなもの食えるワケ無いだろう!」
アンナが作ったトマトを、シロ王子は思い切り弾き飛ばしたのだ。その勢いでアンナは転び、トマトは無残にも地面で転がる。更に、あろうことか王子はそれを踏みつけ、怒鳴りつけた。
「泥だらけのトマトなんて食えるか。そもそも余はトマトなぞ嫌いなのだ!」
その発言と行動に、全員の視線が王子に集中した。
「シ、シロ王子っ!」
ロメスは彼の態度に驚き、声を上げる。
アンナは何が起こったか理解出来ず、痛いやら、悔しいやら、その場で「うああん」と泣き叫んだ。その様子に兵士たちは、怒りをもってシロ王子を睨みつける。が、当の本人は小さな女の子が自分を馬鹿にしたんだとばかり思っていて、そんなことに気づくわけがなかった。
「ロメス、このガキはなんだ。余を馬鹿にしているのか。誕生日に気分が悪い……。こんな汚らしい!」
それを聞いたロメスは愕然とした。幾らなんでも、こんな態度はないだろう。こればかりは、本気で怒りに満ちた。いくら普段が普段でも、この時くらい優しく接してくれるだろうと思っていたから。
(こ、ここまで王子は腐っていたのか……)
一瞬でも王子を信じた自分が馬鹿だったというのか。
「くっ…………」
握り締めた拳が震える。
こんな王子では、このままではダメだ。
いっそのこと、殴って分からせてやるしかないのか……。
「シロ王子……ッ」
ロメスは一歩前に出る。その甘えた顔面に一発、目を覚まさせてやる。
王を裏切る行為になるかもしれないが、これも自分の仕事に違いない。
しかし、その拳を振り上げようととした時、老婆ヘレンは背後から掴んで止めた。
「……大丈夫だよ、ロメスさん」
「ヘ、ヘレンさん……」
「大変な失礼だったね。ごめんよ」
「そんなことはありません! 今回は王子が……」
ヘレンは、笑いながら首を横に振る。
「アンナ、いつまでも泣いてないでこっちに来なさい」
ヘレンが名を呼ぶと、アンナは泣きじゃくりながら、彼女に抱きついた。
「せっかくつくったのに、がんばったのに……」
「うんうん、頑張ったんだもんね。お婆ちゃんはよく知ってるからね」
「ひぐっ……、うぇっ……」
涙を流すアンナの背中をぽんぽんと叩いて落ち着かせる。
ロメスは申し訳ないやら悲しいやら、負に支配された感情で一杯になった。
だが、感傷的になっている間に、
「……おい、早く行くぞ。何をしているロメス!」
シロ王子は、いつの間にか先の道に進んでいた。
謝りもせず悪びれた様子もない。この時くらいに、苛立ったことがあっただろうか。
「……くっ。そ、そこの、君」
ロメスは王子のもとに行く前に、先ほど老婆を止めようとした兵士を呼んだ。
「はっ、何でしょうか」
「二人を王城に招待して、精一杯の持て成しをしてあげてくれ」
王子には聞かれないよう、小声で依頼する。
「……お持て成しですね。承知しました」
「それと、子供には最高のお菓子の家でも作ってあげるようシェフに依頼してくれるか」
「はっ。お任せください」
笑みで答える兵士。同じく負の感情に呑まれかけている周りの兵士達も、側近の優しい心のおかげで少しだけ気分が和らいだようだった。
「ヘレンさん、申し訳ございませんでした。アンナちゃんも、本当にゴメンよ」
二人に会釈する。
ヘレンとアンナは小さく頷くが返事は無かった。
(シロ王子……)
既に遠くで「早くしろー!」と自分を呼んでいる。
何て自分勝手な。こんな態度ばかりで、本当に彼は王として認められる日が来るのだろうか。
「ただいま向かいますのでお待ちください!」
今回の出来事に関し、ロメスは心底、王子に対して肩を落とした。だが、この旅行が終わったら、少しずつでも良いから、『しつけ』をしようと思うきっかけにもなっていた。
王に直談判をしてでも、彼を父上のような心優しき王に変えるのだ。
そう決意した。
そして、一行は飛行船に乗り込むと、長い旅路へとついた。
ところが、世界一周旅行が始まって、3日後のことだ。
ロメスと王子を襲う悲劇的な事件が起きてしまう。
その日、【2080年5月23日。】のことだった。
シロ王子らを乗せた高速飛行船は、西洋海を越え、イーストフィールズに差し掛かっていた。
天気は相変わらず好天模様。シロ王子は大変気分良く、特等客室で踊り子らを交え、歓談と酒を楽しんでいた時だった。
「王子、そろそろお休みになられては……」
側近のロメスは、遊び呆ける王子に進言する。が、当然ながら王子は、
「やかましい!」
と、聞く耳を持たない。
「ロメス、最近お前は色々と煩いぞ。不愉快だ」
「……申し訳ありません」
王子のことを思って言っているのに、本人にとっては邪魔なだけか。王子が真の王と成る為に、一体これからどうしていけば良いのか。
「謝るくらいなら最初から言うな」
「……申し訳ありません」
「フン。ではお前は出て行け。俺はこの子らと遊ぶからな」
王子は客室で踊っていた女子二人を手招きし、ベッドに誘う。
なんて呑気なことだ。
ロメスは「はぁ」と気づかれない程度の溜息を吐き、言われるがまま客室を出ようとした。
しかし、その直前。ロメスが出ようとドアノブに触れた瞬間、それを開く前に、扉が勢いよく勝手に開いて、ロメスは弾き飛ばされた。
「うわっ!?」
転ぶロメス。ハっとして見上げると、そこには剣を構えて臨戦態勢の王宮兵士が数人立っていた。
「な、何だ、どうしたのだお前たち!」
異様な兵士らの雰囲気に、声を荒げるロメス。
すると、王宮兵士らは「もう我慢出来ません」と言って、ベッドの上の王子に剣を向けた。
踊り子らは悲鳴を上げて部屋の端に避難し、王子は此方に武器を向ける兵士らに、目を丸くしながら言った。
「ロメス、こ、これは何だ!」
王子が叫ぶと、兵士らは王子の傍に近づいて歯を食いしばってそれを言った。
「王子、貴方は人の上に立つ者じゃない。このままでは国が駄目になる。ここで、その命を断つべきです。どうか……お覚悟を」
……反乱だった。
編成された王宮兵士らは、このタイミングを狙っていた。王もいない、后もいない、空中という隔離された場所で王子を討つには絶好この上なかった。
「ちょ、ちょっと待て。余を殺すというのか!」
兵士は剣を構えたまま頷く。そして、彼は王子を罰するという覚悟が絶対であるというべき、とんでもない事を口にした。
「……どうか、お覚悟を。その後、我々も後を追う心構えは出来ておりますので、ご安心下さい」
「な、何!?」




