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悠久王国のシロき王子(1)

 西方大陸、ウェストフィールズの果てに『悠久王国』という王政国家があった。

 かつて、古代戦争時代に英雄と呼ばれた一人が成した国とされ、今なお伝承が残る地には、古来より続く王室の血筋による王政を全うしていた。


 ところが。その血筋において、現在、王室は大きな問題に直面していた。


 それが今年で元服を迎えたばかりの『シロ』王子だった。


 彼は、煌く黄金の髪と美白の肌、端麗な顔立ちと、一見すれば威厳ある王室一族そのもの。だが、もう大人になる良い年齢だというのに、まるで幼い雰囲気と顔つきなのは、彼がどれだけ甘い生活に身を投じてきたか良く分かる。


 そう。彼は、我がままだった。


 それは父である当代王が、老いてから出来た子であったが故に、甘やかされて育てられたためだった。叱られる事を知らず、好きなことばかりして生きてきた王子の性格は傲慢かつ暴虐である。我がまま極まりなく、王宮兵士や彼の側近ですら持て余す、煩雑な王子であった。


 そして今日も、シロ王子の我がままっぷりに、悩まされる頭が一つ、二つ。側近が、王子の部屋に足を運び、ディナーの準備が出来たと伝えに行った時のことだ。


「シロ王子、お食事の用意が出来ました」


 立派な顎髭を生やした老いた側近のロメスは言った。対し、王子はベッドに腰掛け、報告に来たロメスに尋ねた。


「今日の献立は何だ」


 側近は頭を下げたまま、王室シェフが腕を振るった最高の献立内容を伝えた。


 今夜のディナーは8品のフルコース。

 オードブル、スープ、ポワソン、ソルベ。それぞれのメニューが、一流のシェフによる最高の料理。それらを側近は完璧な記憶力を持って、どこの産地で採れたのか、どのように調理をしたのか、全てを説明した。


 ……だが、しかし。


「待てロメス。今、鹿ロースのステーキと言ったか」


 肉料理について説明をしていた最中、王子は話を遮った。


「はい。本日は鹿ロースのステーキ、ポワブラードとなりますが……」


 それを聞いた王子は「嫌だ」と、首を横に振った。


「今の余は、星降牧場の霜降肉が食べたい。今すぐ買って来い」


 出た……と、側近は思ったが、いつものことだ。グッと堪えて答えた。


「王子、大変恐縮ではございますが、もう夜も遅いため、馬車を走らせても深夜になってしまいます。明日のディナーには間に合うよう致しますので、ご寛容頂けませんか。本日の鹿ロースは、我が悠久王国産の世界に誇る最高級の……」


 必死に説明する側近だったが、シロ王子は近くにあった分厚い本を側近に向かって投げつけ、騒ぎ立てた。


「ふざけるな。今この瞬間に余が欲しているというのに、それを聞けないのか!」

「し、しかし……」

「ならば父上に頼んで貴様はクビだ。もう余に顔を見せるな!」

「お、お待ちを!申し訳ありません。ただいまシェフに確認して参りますので、それだけは」

「最初から素直に確認しに行け!無かったら買って来い。すぐにだ!」


 側近は深々と頭を下げ、部屋を後にした。

 煮え滾る文句はあれど逆らうことは許されず、側近は急いでキッチンルームに向かう他なく、既にフルコースの下準備を終えていたシェフに尋ねた。


「失礼致します、シェフ。いつものお話です」

「ロメス殿……ということは、またですか」


 それだけで会話が成り立つから恐ろしい。シェフは溜息を吐いた。


「今度は何をご所望ですか。南方諸島のバナナデザートですか。それとも北方ブランドの葡萄か、ワインか。東の岩塩プレートで焼いたフィレ肉ですか。もしかして、新鮮な刺し身で日本の寿司を握ってくれ……なんて言いますかね」


 シェフが小馬鹿にしたように言った品々は、どれもこれも過去に王子が唐突に欲した料理だった。側近はそれを聞いて苦笑しながら、王子が食べたいと言った『星降町の霜降肉』はあるかと尋ねる。


「こ、今度は星降牧場の肉と来ましたか。あれは月一のセリでしか入手出来ませんから、お分かりかと」

「……当然ですね。分かっておりました」


 遠まわしに言っても分かる内容。答えは、ノーだった。

 しかし、シェフは「あ、待てよ」と、巨大な冷蔵庫を開いて、革袋詰めされたサシの多い肉の塊を取り出した。


「星降牧場のではないですが、国産の霜降等級で良ければ残っていますよ」

「……国産の霜降牛ですか。それを星降の牛肉と言って出すのも有りでしょうが、しかし」


 さすがに我がまま王子といえども、王子は王子。騙すのは忍びない。


「……いや、待てよ」


 だったら、嘘にならない方法くらいは有る。


「シェフ。その牛肉で調理をお願いします」

「……この肉で宜しいのですか? 」

「ええ。王子には、『霜降牛の肉をご用意しました』と、だけ伝えます」


 星降牧場の物かどうか、という点には触れない。

「霜降肉のご用意が出来ました」

 と、それだけで納得はして貰えると思う。どの道やや騙す形になってしまうが、王子自身が満足して貰える方法としては、これくらいしか思い浮かばなかった。


「分かりました、それでは此方を使って調理を致します」

「宜しくお願いします」


 シェフに頭を下げると、側近は急いで王子の部屋へと向かう。

 扉をノックし、許可を得た後、ベッドの上で転がる王子に対し、

「霜降肉のご用意は出来ました」

 言葉を伝えると、王子は再び近くにあった本を側近に向かって投げつけながら叫んだ。


「ほら見ろ、やっぱり霜降肉があるじゃないか!」


 王子の反応を見て安心する。良かった。予定調和だ。

 だけど、ここは謝罪だけはしておこう。


「申し訳ありません、シロ王子」

「……ちっ」


 何という態度だろう。

 ただでさえ無茶な要求を突きつけているというのに、準備しようと努力する相手に対して王子は舌打ちした。ゆっくりとベッドから立ち上がり、のそのそ歩くと、部屋の出入り口で王子を見送ろ側近をわざわざ押しのけ、食堂に消えて行った。


(ふぅ。やれやれ……)


 取り敢えず王子が納得してくれて一安心するロメス。

 だが、彼にとって今日のことくらいは何ともなかった。何故なら、普段から我がまま慣れしているということもあるが、実は、本当に辛いのは明日に控えていたからだ。


(明日から暫くは心休まる時間は無さそうだ……)


 明日、5月14日に何があるというのか。

 それは、その日こそシロ王子が待望していた誕生日だった。

 毎年毎年、普段以上に無茶を仰るシロ王子に、全ての者たちが慌てふためく日であった。


(今年も大層なものを父上にお願いしてらっしゃったものな……)


 そして、今年のシロ王子が望んだプレゼントというのが、これまた王族らしいといえば王族らしいプレゼントだった。


(まさか、今年のプレゼントは、高速飛行船で世界一周旅行なんて言うとは……)


 数日前。王室一家での朝食中、シロ王子は父上に向かい、

「今年の誕生日プレゼントは、高速飛行船に乗って旅行をしたい!」

 と、無茶を言い始めたのだ。


 無論、脇で聞いていた側近は即座に「無茶ですよ」と断りを入れたが、しかし。


 シロ王子の父上である当代王が、

「年に一度の誕生日だ。好きにさせてやってくれないか」

 と、言われてしまった手前、断るわけにはいかなくなってしまったのである。


(王の頼みでは……)


 当代王は、我がままな息子と正反対で、何もかも自ら率先して仕事をこなすエリートである。民の声に耳を傾け、泥仕事ですら請け負う徹底ぶり。そんなわけで、誰もから愛される王の依頼には、いかなる事情があろうと首を横に振ることは出来なかった。


(だけど、私が王子と飛行船で旅行なんて考えもしなかった。胃に穴を開ける旅になりそうだ)


 せめて王か后様がいれば、じゃじゃ馬も少しは大人しくなったかもしれないが、どちらも王室としての業務があるわけで、付き合うことは出来なかった。結局、側近である自分が彼の面倒を見なければならないのだ。


 はぁぁ……。

 深い溜め息を吐くロメス。

 どんな旅になるのか考えるだけで、今からでも頭が痛む。


(出来れば、大雨や嵐になって中止となってくれるくらいが本音では嬉しいんだけども……)


 王に仕える身でありながら、有り得ない神頼み。するものではないと分かっているけども。


「どうか、嵐にでもなってくれませんかね……」


 それほどに、側近は疲弊していたのだ。

 だが、そんな願いは届くはずもなく……。


 次の日の朝、【2080年5月20日。】

 王子は、彼を祝うために城門に連なる兵士たちに囲まれながら、晴れ渡る青空を眺めて高々と笑った。


「はっはっは、快晴だなロメス!」

「……ええ。最高の出発日和ですなぁ……」


 喜ぶ王子。一方で、側近ロメスの心だけは酷く雨模様だった。


「まさに、快晴で……」


 白目を剥きながら、青空を眺めるロメス。飛行船の乗降場所への道を、王子と共にゆっくり歩きながら、「何て最高な日なんだー」と涙目になる。


 すると、その時。


 飛行船に向かう兵士たちに囲まれた花道の途中、荷物を持った老婆と、小さな女の子が王子の前に現れた。


「むっ、そこの……待てッ!」



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