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最期の一杯(4)

「かなり高いな。しかし岩と土で出来た地層だから、その分崩れやすそうだが……」


 辺りを見渡すとゴロゴロとした大小様々な岩が転がっていて、がけ崩れ跡が目立つ。


「ええ、アロイスさんが仰る通りです。この辺は崩れやすいので、充分に注意して進んで下さい」


 警衛隊は、がけ崩れに注意しながら壁に沿って突き当り右側に進み始めた。

 二人もそれに注意しながら後を追い、やがて、更に5分ほど歩いたところで、先頭の隊員が向こうを指差した。


「見えました。あちらです」


 隊員が指した先にはやや大きいダンジョンらしき洞窟が見えた。そのすぐ横には警衛隊員が一人立っていて、こちらを見つけると敬礼をした。


「……あちらに遺体が? 」


 アロイスが尋ねる。


「あちらの隊員が立っているすぐ後ろです。遠くて分かりづらいですが、ダンジョン入り口の脇に、我々が掘り返した小さい穴が見えると思います」


 アロイスとナナは目を凝らす。

 確かに隊員の立っている背後には掘り返し跡が見える。付近にはスコップも数本刺さっているようだ。


(……ああ、遺体もあるな)


 その掘り返し跡の内側には、有る白く細長い物体も薄っすらと見える。一応これが最後の忠告だと、ナナに伝えた。


「ナナ。白いのが薄っすらとは見えるだろ。本当に見て後悔はしないんだな」

「……大丈夫です」


 ナナは真剣な顔つきで頷く。


「そこまで決意したなら俺はもう何も言わない。行こうか」

「はい」


 そして二人は掘り返し跡に近づく。

 立っていた警衛隊員は自分たちが近づくと再びドンッ、と胸を鳴らして敬礼。アロイスは彼に合わせて小さく頭を下げると、背後の掘り返し跡に目を向けた。


(これが掘り返された白骨遺体か)


 そこには、小じんまりと形を成した骸骨がこちらを見つめていた。帽子や衣服など、昨日のお爺さんそのもので、並べてある所持品一覧の中には代金として支払われた古銭もあった。


「ナナ、これは爺さんの格好そのものだな……」

「ですね。やっぱり昨日のお爺さんは、この方だったんでしょうか」


 ナナの顔色を伺う限り恐怖はなく、むしろ、骸骨を見たことで清い表情をしていた。


「幽霊なんて眉唾もんかもしれないが、俺はそう信じるよ」

「……はい。私もそう思います」


 そう言ったナナは、しゃがんで、胸の前に手を合わせて祈るようなポーズを取った。


「お爺さん、話を聞いた時に怖がってごめんなさい。昨日は本当に楽しかったです」


 そう。彼女は最初に怖がったことを彼に謝るため、わざわざ着いてきたんだった。そういう気持ちを持っているところが、彼女の良い所だと心の底から思う。


「……よし、ナナ。次は俺の番だ」


 今度はアロイスが、その場で完全に地べたに座り込む。泥まみれになるズボン。気にする様子はなく、持ってきた袋を開いて、グラスを2つ取り出した。


「1つは爺さんの前に。1つは俺らの前に」


 骸骨の前に1つ、ナナとアロイスの間に1つ、グラスを置く。

 更に袋からリキュールのキュラソーとウォッカ、レモンジュースを取り出し、それぞれのグラスに注いでバー・スプーンでステアする。


「アロイスさん、それって……!」

「あの爺さんが喜んで飲んでた酒だ。折角だからさ、特別開店、青空酒場てわけだ!」


 高級シェーカーを使ってはいない。それでも立派なカクテル『バラライカ』は完成する。アロイスは手前のグラスを持ち上げ、お爺さんのグラスと軽く乾杯する。そして、骸骨の瞳を真っ直ぐ見ながら言った。


「お爺さん。所持品を拝見したところ、酒瓶はあったけどグラスは無かったんですね」


 警衛隊が持ってきてくれた酒瓶1本の他、骸骨の前に置かれた所持品一覧は、古銭が少しと古めのピン留めが1個だけだった。


「そりゃ酒を飲むのにはグラスが必要ですもんね。俺の店でグラスを貸してって言うワケだ。どうですか、昨晩の帰ってからの一人酒。旨かったですか」


 沈黙し続ける相手にも、本気で会話を促す。

 ナナは笑顔で見ていたが、警衛隊らは「何言ってんだか」といった風に小馬鹿にした態度を取っていた。

 ところが、アロイスが「また飲みにいらして下さいよ」と言った刹那、ブワリと音を立て、一陣の風が舞う。


「あっ、やべっ……」


 強風に煽られたお爺さんのグラスは、傾き倒れる。支えようとするも間に合わず、酒は骸骨に向かって、とくとくと溢れ落ちた。


「あっ、カクテルが!」


 ナナは慌ててグラスを戻そうとする。だが、アロイスはそれを止めた。

「どうしたんですか」

 と、ナナが尋ねると、アロイスは「しぃっ」と静かにするよう言って、静寂に満ちた一瞬にそれは聴こえた。


 ファッハッハ……。

 ファファファッ…………!


「あっ、笑い声が……!?」


 何処からともなく、空高くから、あの笑い声が響いていた。

 それは警衛隊たちにも聞こえたようで、「冗談だろ」と言って辺りを見回す。


 しかも、その直後。


 目の前にあった骸骨が、まるで溶け落ちるようにして白き砂となったのが一瞬。再び舞った風の中へとサラサラと消えていった。


「アロイスさん、骨が……!」

「ああ、分かってる」


 そう言って、アロイスは手に持っていたグラスをナナに渡す。


「えっ、これは?」

「強い酒だから、ほんの一口だけ飲んでおけ。悪い酒じゃないよ」

「は、はい……」


 舌で舐める程度に酒を仰ぐ。度数は20度、ピリリとする感触だ。

 少し咳き込んでしまうが、

「美味しいです」

 と、涙目になりつつ笑って言った。


「はは、そうか。よし、俺も飲ませてもらうよ」


 アロイスはmナナからグラスを受け取って、残りを喉に流し込んだ。


「ぐっ……!」


 酒に慣れているアロイスだが、さすがにバラライカを相当量流し込むのはキツイ。カァッとしたアルコールが喉奥から燃えるように上ってきた。しかし、これも爺さんの手向け酒。笑って送り出してやろう。もしかしたら、今の自分たちの姿を見て、笑ってくれているかもしれない。


「はっはっは、旨いですねお爺さんッ!」


 アロイスは笑い、そして立ち上がる。

 出したグラスや酒を袋に仕舞いつつ、隊員に話しかけた。


「あっ、隊員さん。所持品にあったお酒は貰ってもいいんですよね? 」


 隊員は「そ、それは別に構いませんが」と言いながら、逆にアロイスにも尋ねた。


「あの、さっきの声やら、消えて行った骨ってどういう事で……」

「さぁてね。この世は不思議で満ちているんですよ。こういうこともありますって」

「こういうことも……あるんですか」


 隊員は唖然とする。

 アロイスはそれを笑って、ナナに「帰ろうか」と言った。


「はい。帰りましょう」

「あ、でも一旦酒場に行こう。爺さんのお礼で貰った酒は、大事に仕舞わないとな」

「そうですね。ところで貰ったお酒はどんなものだったんですか?」

「うーん、古すぎてちょっと分からないんだよな。ヘンドラーにでも聞いてみるか……」

「ですね……」


 動けなくなった隊員たちを尻目に、二人は来た道を戻って行った。

 そして残った隊員らは、それぞれ一言。


「こ、こんなことってあるんですね」

「いやいや、有り得ないって」

「で、でもあの人って何だかこういうのに慣れてた気がしませんか……」


 三人は空を見上げ、感嘆を漏らしたのだった。


 そして林道を進んでいた二人。此方は何だか楽しそうに会話を交わした。


「アロイスさん、お爺さん凄く楽しそうでしたね♪」

「笑い声が嬉しかったよなぁ」

「あんなに楽しそうにしてくれて嬉しいです。ふふっ、お爺さんてば、また飲みに来そうですよね」


 アロイスは、少し酔っ払った勢いで笑いながら、こう言った。


「きっと来るさ。なんたって、爺さんのマイボトルはウチの酒場にあるんだからな。ハッハッハッ! 」


 …………

 ……

 …


【 最後の一杯編 終 】

【アフターストーリー】


 酒場に着いた後、ナナは気づく。


(そういえば、あれって間接キスじゃ……)


 あの時、同じグラスで飲み合ったことを。

 

(……間接キス? )


 アロイスは、グラスの別縁からじゃなく、私が飲んだ所を間違いなく飲んでいた。


(……ッ!)


 ナナは、思わず流し台でグラスを洗うアロイスを見つめた。


「ん、どうした」


 すると、それに気づいたアロイスがこちらを見つめた。

 ナナは慌てて「何でもないです!」と言って顔を伏せた。


(か、間接キス……)


 "そういう体験"がほとんど無かったナナにとって、それは中々な体験だったらしい。


(アロイスさん、私の飲んだところから飲んでたよね……。間接キス……)


 顔を隠しながら、そーっとアロイスの顔を眺める。彼の桃色の唇に、視線を集中してしまう。


(何も言ってこないけど、二人でひとつのグラスを飲むときはアレがマナーなのかな。それとも、私が気にしすぎてるだけかなぁぁ……)


 とってもモヤモヤする。

 アロイスは惜しげもなく私が飲んだところから一気に飲んでいたけど、何も思っていないのかな。


(それって私は女子として見られてないってことじゃないかな……。そうなのかな……。あーうー……)


 頭を抱えて考え込んでしまう。

 ……しかし、その悩ませる男の頭の中にも、そのモヤモヤが同じようにあったりして。


(参った。あんな風に顔を隠してるってのは、俺を気持ち悪がってるってことだよな)


 アロイスもまた、彼女の様子を見て、悩んでいたり。


(やっぱり、ナナの飲んだ場所を避けて飲むのは、彼女の性格から嫌だと思って同じ縁から飲んだけども、気持ち悪がられていたか……)

(アロイスさん、私を女子だと思っていないのかなー……)

(あ、後で謝った方がいいのだろうか)

(……ダメだ、モヤモヤする)

(ダメだ、このままじゃ)


 二人は、覚悟を決めて声を揃えた。


「アロイスさん、私って女子っぽくないでしょうか!」

「ナナ、俺って気持ち悪かったよな。すまん!」


 重なった声に、二人は「えっ」と再び声を揃えた。


「ア、アロイスさんが気持ち悪いって、気持ち悪いことは何もしていませんよ?」

「ナナも女子っぽくないって、女の子らしい女の子だぞ?」

「……えっ」

「……えっ」


 二人とも悩む必要はない。

 ただただ仲が良いだけだから。


………


【 最後の一杯編 終 】



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