行ってらっしゃい(2)
そういう話は親御さんの前では喋りづらい。
しかし、言うまで許してくれそうにもない。
仕方なく遠回しに、それを伝えることにした。
「覚悟ですか。カイさん、それは愚問というべき内容です」
「おん? 」
「俺は帰ってくると約束をした。それは、ナナと俺の間にある決意だと思って下さい」
「……どういう意味だ」
「俺が"そういう言葉"を苦手としているコトや、揺らぐ決意をナナは汲み取ってくれたんです」
「だから、どういう意味だ」
眉をひそめるカイ。アロイスは「ハハ」と笑い、グラスをかち合わせた。
「ハハ、もう勘弁して下さいよ。それより、飲みましょう。まだ、イケるでしょう」
「んあっ。だーれに言ってるんだ、まだまだ飲めるぞ! 」
「夜は長いようで短い。いっぱい飲んで、いっぱい笑い合いましょう」
「おうよっ! 」
酔っ払いに話をすり替えるのは難しい話じゃない。
アロイスはカイの質問を上手く躱す。
そして、その後で。
ナナと祖母、リリーも食卓を囲み、五人は笑顔に満ちた家族団らんの時間を過ごした。
―――そうして、夜も更けて。
全員が寝静まった深夜二時過ぎ。
アロイスは、明日の旅立ちを前に、居間の窓傍に敷いた布団に胡坐を組むと、独り、夜月を見上げてウィスキーを飲んでいた。
(今日は随分とキレイに満月が夜空に映える夜だ。……風情がある。眉唾な占いは信用しちゃいないが、明日からの旅が上手く行く気がするよ)
ちびちびと余ったブランデーで喉を燃やし、ブラックチョコレートを齧る。
真ん丸なお月様もサカナにすれば、夜更けまで充分に飲んでいられそうだ。
「……んっ? 」
と、不意に床が軋む音。
アロイスが振り返ると、そこには薄手のパジャマに身を包むナナが立っていた。
「ナナ……。どうした、こんな夜中に」
「どうしても寝れなくて、お水を飲みに来たんです。そしたら、アロイスさんが起きていて」
「そういうことか」
「アロイスさんも眠れないんですか? 」
「……そうかもしれないな」
そう言って、一口ばかりウィスキーを喉奥に流し込んだ。
ナナはそんなアロイスに近づくと、小声で「隣、良いですか」と尋ねる。
「勿論だ、と言いたいが……今の俺は本当に酒臭いぞ」
「構わないです」
「それなら全然座ってくれ。むしろ、俺の膝の上にでも座っちまうか? なんてな、ハハハ」
「あっ。今の聞きましたよ。嫌だって言っても知らないですからねっ」
ナナはいそいそとアロイスに近づくと、組んだ胡坐の間に腰を下ろす。厚い胸元を壁代わりにして背をつけ、すっぽりハマる形で座り込んだ。
「えへへ、ピッタリですね。……でも、ホントにお酒臭いです」
ジト~っとした半目で、わざとらしく言った。
「むむっ、だから先に言っただろォ! 」
アロイスはグラスを置いて、ナナの頭に手を乗せてわちゃわちゃと髪の毛を弄った。
ナナは「きゃあ~! 」と笑顔で叫び、子供がじゃれ合うように二人は何とも楽しそうに笑い合う。
「ううっ、髪の毛がごちゃごちゃですよお……」
「お前が悪い。俺は謝らんっ」
「あ~、子供っぽい! 」
「……その口が言うかね。それに別に良いんだ。冒険者は子供っぽいヤツが多いもんだ」
「それは……アロイスさんを見ていれば分かります! 」
「ぐむっ。言うようになったな……」
「えへへっ♪ 」
アロイスは「やれやれ」とため息を吐く。
今度は静かにナナの頭に手を乗せ、グシャグシャにした髪の毛を直しながら、優しく撫でた。
「ナナ。何度も言うけど、俺はお前と出会えて本当に良かったと思ってる」
「……それは私もです。もう、私の人生はアロイスさんなしじゃ考えられません」
あれほど恥ずかしく隠していた想いの数々が、今はこんなにも大胆に口に出来た。
「そういうコト言われると恥ずかしいんだが。しかし、まあ……俺もだ」
「本当ですか! 」
「そうじゃなかったら、待っててほしいなんて言葉を使ったりはしないだろ」
「……じゃあ、ちゃんと言って下さいよ」
ナナはアロイスに向かって唇を尖らせる。
「ばっ、それは二年後にきちんと伝えると」
「……聞かせてくれなくちゃ、私は誰か違う人とそうなっちゃってるかもですよ~? 」
「むっ……」
その言葉に、アロイスは一瞬揺らぐ。
心の奥底では、ナナが自分のような人間よりも、もっと安定して一生傍に居てくれる相手のほうが相応しいのではないかと思ったのだ。
しかし、ナナが別の男性かと共に居る光景を想像した時。
ふと、今までにない感じたことの無い感情がせり上がる。
「……それは面白くないな」
「えっ? 」
「今、お前が誰か別の男と酒場をしたり団らんする姿を思い浮かべた。それは……何か違うと思った」
「違う……? 」
「は~、嫌になるぜ。今の今まで、頑なに素直になれなかったのか! 」
「な、何がです? 」
「……うるさいぞ」
アロイスは、背後からナナの腹部に両手を回して抱きしめた。
当然ナナは「ひゃあっ! 」と驚くが、そのまま、アロイスはナナの首筋に顔を埋め、目を閉じ、すうっ……と匂いを感じた。
「あっ、ア、アロイスさんっ!? 」




