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of my mind(30)


「……すまない」

「どうして……! どうしてですかっ!! 」


 ナナは力強く、いっぱいにアロイスの両腕を掴む。

 アロイスにとって、か弱い女性一人の握力では本当は痛みの一つも感じ得ないはずだったのに、この時ばかりは、ひどく痛みを感じた。


「これからも一緒にやろうって、言ったのに……。どうして……」

「……すまない。だけど、俺が戦う理由は分かってほしい」

「何をどう分かれって……いうんですか……」

「また、ナナのように、いつかどこかで誰かが悲しむことのないように。俺がそれを止めなくちゃいけないんだ」

「そ、そんな……ことって……」


 アロイスの言葉は、これ以上の説得力は無いというほどに暴力的だった。

 それは、心優しいナナにとって、頷かざるを得ないということ。

 

 ……だが、しかし。


 この時ばかりは。


 ナナは、大粒の涙をポロポロと溢れさせて、嫌です! と、叫んだ。


「いやだ……。いやだ、いやだ、いやです。どうしてアロイスさんなんですか。私はずっとアロイスさんと居たいです。居れるって思ってました。こ、こんなこと言って、迷惑で気持ち悪がられるって分かってます。でも、こんなことを急に言われて納得なんか出来ないです!! 」


 どう、"応え"たら良いものだろう。

 アロイスは下唇を噛んで、困った表情を浮かべる。

 すると、両親はナナを挟むようにして立ち、慰めるように口を開く。


「……ナナ。辛いのは分かる。でも、アロイスさんも辛いことを分かってあげるんだ。いきなり戻ってきて、親らしい注意をしてしまうのはバカなことかもしれない。でも、お前は俺たちの娘だ。アロイスさんが、どれだけ辛い決断をしているか理解もしているはず。だから、その気持ちを汲み取ってあげるんだ」


 カイは、静かで険しい口調で言った。

 ところが、ナナは「分かってるよぉっ! 」と、泣きじゃくるよう叫ぶ。


「そんなこと、分かってる……。分かってるけど、それでも……! 」


 今までに、彼女がこれほどにワガママを言った事はあっただろうか。

 それは、どれほどアロイスの事を想っているかの現われに等しいものだった。

 ……そして、感極まった瞬間。

 ナナは、思いがけず、ある言葉を口にする。


「私……ワガママ言って、困らせて、こんなこと言ってバカだっていうのも分かってる!! でも……でも。でも、私は! アロイスさんと一緒に居たいの! ず~~っと一緒に居たいよ! 大好きなんだもん!! 」


 ハッキリと、ソレ(大好き)を伝えてしまったのだ。

 その途端、自分の言った台詞に気づいたナナは顔を真っ赤にした。と、そのまま……。


「あっ……! も、もう嫌だよぉっ! 」


 顔を押さえて、その場から、どこかへと走り去る。

 アロイスは、カイと共に「ナナ! 」と声を上げて彼女を追おうとした。

 だが、実際にナナを追ったのはアロイスだけで、カイはリリーに強く肩を掴まれた。。

 

「うおっ、どうして止めるんだリリー!? 」

「カイさん。アレはアロイスさんの役目です。あなたが出る幕じゃないんですよ」


 可愛らしく微笑むリリーだったが、その表情に尋常ではない剣幕を帯びていることを察したカイ。


「……はい」


 素直に、小さくなったのだった。

 そして一人追いかけるアロイスは、ナナに話しかけながらその後ろを追う。


「ナナ、頼むから足を止めてくれ……! 」

「は、話しかけないで下さい! 私は、どうしてこんな……ッ」


 後ろを追う限りナナの表情は読み取れない。が、鼻声で顔を袖で拭いている辺り、きっと、涙を零しながら歩き続けているのだろう。


「ナナ。俺は決してお前との生活が嫌になったりしたわけじゃないんだ……」

「そんなこと分かってます! でも、嫌なものは嫌なんですっ!! 」

「ナナ……」

「こ、こんなワガママを言う自分も嫌です。でも、なにもかも、全部が、わけが分からなくて……」

「その気持ちは分かるよ。俺だって、お前と離れるのは辛いんだ」

「じゃあ、ずっと一緒に居て欲しいです。ずっとずっと、一緒に居て欲しいです! 」

「俺だって居たいよ。でも……」

「言わないで下さい。分かってます。分かっています……ッ」


 長く続く押し問答。その間にも、ナナは足を止めることなく、何処かへと一心不乱に歩き続けた。

 やがて、しばらくの無言が訪れた(のち)、二人は、あの場所へと辿り着く。


(ここは……)


 そこは、二人が初めて出会った農道の一角。

 空から落ちてきたアロイスとナナが出会った、運命の場所だった。


(……ナナ)


 そこが、二人の出会いの場所だと分かったアロイスは、流動的に動いた。

 一気にナナとの距離を詰めて、その左肩を掴み、足を止めさせた。


「ナナ、待ってくれ。頼む、落ち着いて話をしよう……」

「……放して下さい。嫌です、話なんかしたくないです……っ」

「でも、このまま離れる事になったら、俺はそれこそ辛い。ナナだって、そうだろう」

「辛い……です。でも、何処かへ行ってしまうって分かっている話は、今の私にもっと辛くて……」


 アロイスは、彼女の気持ちが深く心に響き、感じた。

 あれほど願った両親との再会の喜びを越えたように、自分との別れを悲しんでくれるナナの想いが、鋭い槍で貫かれるような痛みを覚える。


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