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最期の一杯(3)

 

「呼んで来て頂けますか」


 警衛隊員は会釈しながら言った。


「わ、分かりました」


 ナナは言われた通り彼を呼びに行く。アロイスは食べていたパンをコーヒーで流し込み、慌てて玄関に向かった。


「お待たせしました。朝飯を食べてたもんで……」


 玄関に行って挨拶する。一人は年老いた熟練風な隊員と、もう一人は若い青年の隊員が大きな袋を持って立っていた。彼らはアロイスが現れると、帽子を外して頭を下げた。


「アロイスさんですね。朝早くに申し訳ありません。お伺いしたいことがありまして」

「……何でしょうか。私が何か犯罪紛いなことでもしてしまったでしょうか」


 二人に尋ねると、隊員は「違います」と即座に否定した。


「少しショッキングなお話になるのですが、宜しいでしょうか」


 年老いた隊員は、アロイスの背後に立っているナナを見つめながら言う。


「……丸く包み込んで、お話して頂けますか」


 自分の所為の可能性があるなら、ナナに聞いておいて貰いたい。

 隊員は「分かりました」と頷くが、説明と同時にショッキングな言葉が飛び出した。


「今朝方、東の林道から少し逸れたダンジョン付近で白骨化した遺体が発見されました」


 ナナとアロイスは「えっ」と凍りつく。

 東の林道といえば、酒場に向かうための道だったのだ。


「死亡時期は詳細を調べてみませんと分かりませんが、恐らく数百年前の遺体と思われます。魔力糸の衣服に身を包んでいたため、骨の原型だけは残っている状態でした」


 ダンジョン脇の白骨遺体か。悲しい話だが冒険者ならば行き倒れのように亡くなってしまうことは、少なくない。しかしその遺体が自分と何の関係があるのだろうか。アロイスは訊く。


「はい。それでですね、我々としても非常に不思議な話なのですが、実はその白骨遺体の所持品の中に、アロイスさんの名前が刻まれたグラスがあったんです。ですから、何か心当たりはあるかと思いまして伺わせて頂いた次第です」


 ……ん。ちょっと待て。どういう意味だ。


「数百年前の遺体の所持品に、私の名前の入ったグラスですか? 」

「はい。しかも真新しい新品のグラスでした」


 隊員の台詞に、アロイスは返答に窮する。

 それを見た隊員はハッとして、

「あっ、勘違いしないで下さい」

 と、念のために伝えた。


「今回の遺体は通報を受け、深く掘り返した上で発見しましたし、白骨遺体に宿っている魔力痕や所持品から間違いなく数百年前の遺体と判明しているので、犯人と疑っているわけではありません」


 ……違う。自分は「犯人の可能性がある」と思われたから押し黙ったわけじゃない。

 真新しい名前の入ったグラスという情報だけで考えられるのは、アレしかなかったからだ。


「なぁ、ナナ。やっぱりアレ……だよな」

「……はい。それ以外考えられません」


 それは昨日の最後の客、あの、お爺さんの存在だった。

 ただ、そんな話があるだろうか。


「……隊員さん、そのグラスって持ってきてますか」

「あっ、はい。あとですね、グラスは酒瓶の蓋部分に置かれていて、念のためそちらも運んできました」


 話をしていた隊員は若い隊員に「おい、アレ」と、声を掛けした。

 呼ばれた隊員は、

「はっ、こちらになります。重いのでお気をつけ下さい」

 と、持っていた少し大きめの袋をアロイスに手渡す。


「どれどれ……」


 受け取ると、確かにズシリとした重みがある。では袋の中を覗いてみよう。

 そこには、かなり古めの大きい緑色の酒瓶が1本。それと間違いなく、昨日のお爺さんに渡した自分のグラスが入っていた。


「お、俺のグラスだ……」


 それを聞いた老いた隊員は「そうなのですか!? 」と、驚いた。


「間違いありません。ですけど、このグラスは昨日の客に貸したんですよね」

「……と、いうと?」


 隊員がまじまじと尋ねる。


「えーと、昨日の23時頃でしたでしょうか。灰色のハンチング帽を被った、昔のお金を持ったお爺さんが酒場にいらっしゃいまして……」


 昨晩店に訪れたお爺さんの様子を一字一句漏れることなく伝える。

 すると、当時の状況を聞いた隊員は再び驚いたように言った。


「は、灰色のハンチング帽に、大昔の硬貨ですか。参ったな……」


 みるみるうちに隊員の顔が青ざめていく。

 アロイスが「どうしたんですか」と訊くと、彼は青ざめた顔に、苦笑を交えて言った。


「白骨遺体の所持品や装備品もそのまんまなんですよ……」

「へっ? 」


 偶然の一致だろうか。

 いや、そんな偶然があるわけない。

 だとしたら、昨日現れたお爺さんは……。


「幽霊でしょうか……」


 ナナは震えながら言った。

 その言葉を聞いた二人の隊員も「そんな馬鹿な」と言っていたが、彼らは笑みを無くし、若干恐怖で引きつっていた。


 一方で、アロイスは至って冷静な様子で一言。


「……かもな」


 と、呟いた。


「か、かもなって。あ、あのお爺さんが幽霊だったら……」


 ナナは怖がって言うが、アロイスは「おいおい」と溜息混じりに返事をした。


「ナナは昨日のお爺さんは怖かったのか?」

「え、いえ。とっても楽しそうだったし、それは全然……」

「じゃあ彼が幽霊だったとして、怖くなったのか? 」

「あっ。そ、それは……」


 そういえばそうだ。

 多少の恐怖感は拭い切れないが、それでも、あのお爺さんと過ごした時間は楽しいものだった。


「……なっ。じゃあ隊員さん、遺体があがった場所って案内してもらえますかね」


 アロイスが訊く。

 隊員は、

「問題はないが未だ遺体が残ったままです」

 と、困ったように答えた。


「そちらのほうが有り難いです。案内して頂けますか」

「勿論構いませんが」

「ではちょっと酒場に寄ってくので、1時間後に待ち合わせで大丈夫でしょうか? 」

「……分かりました。林道の入り口で待ち合わせしましょう」

「助かります。此方の袋に入ったお酒とグラスは、私が預かっても? 」

「ただのお酒ですからね。元々アロイスさんの所持品と思い持ってきたものですから」

「有難うございます。では、1時間後に林道で」

「はい、お待ちしております」


 そう言うと、隊員らは胸を叩いて敬礼して、玄関から出て行った。

 アロイスは「よし」と言って汚れた袋に再びグラスを仕舞うと、早速外に出る準備をする。


「あっ、その遺体のところに行くんですよね」

「そうだな。一旦、酒場に寄って準備をしてから行くよ」

「……私も行っていいですか」

「あまりオススメは出来ないな。ショッキングな場面には違いないからな……」


 遺体が白骨化しているとはいえ、遺体は遺体だ。見ても気持ちの良いものではないし、それがトラウマでフラッシュバックするかもしれない。


「……さっき、お爺さんのこと怖いって言っちゃったから。謝りたいんです」


 ナナは悲しそうに言った。彼女なりの心遣いか。なら一概にダメとも言えないが、しかし。


「少し離れから見て、怖くなったら絶対に近づかないと約束できるか」

「そ、それは勿論です」

「約束出来るな。絶対だ。ほんの僅かでも恐怖を感じたのなら絶対に近寄るなよ」


 アロイスは思いの外、いつも以上に厳しく言った。

 ナナは「は、はい」と少し怯え気味に返事する。アロイスは真剣な眼差しで、そんなナナの瞳を見ながらその理由も付け加え、今一度諭した。


「良いか。好奇心や興味を持って死者を望んで見るということは、より人生において良し悪しな影響を与えるんだ。一生が恐怖になるかもしれない。それでいてもナナは自分から望んで死者を見に行く決意があるっていうことで良いんだな」


 それを聞いたナナは、そこまで深く考えていなかったと頭をガンと叩かれた気分になった。

 楽観的に考えていた節はあったし、興味本位じゃなかったといえば嘘になる。

 そんな彼女に、アロイスは再三注意した。


「ナナ。好奇心だけで死者を見ることは冒涜に等しいこともある。好奇心や興味だけで見に行く気持ちの一切を無くせるのか」


 重い声で言う。

 ナナは間を置いてから深呼吸して「約束します」と、頷き答えた。

 彼女の瞳に曇りの一点はない。決意したようだ。


「分かった。覚悟があるんだなら良い。お婆さんに事情を話してから一緒に出ようか」

「はい。よろしくお願いします」


 こうして二人は祖母に事情を話すと、許可を得て、先ほどのグラスと酒瓶が入った袋を持って酒場に向かった。そして酒場に到着すると、古い袋は酒場のカウンターに置いて、適当なグラス2つと小さな酒瓶、バー・スプーンを別の袋に詰め、林道で待ち合わせしていた隊員らと合流した。


「お待たせしました」

「いえ、それではご案内致しますね。道が悪いので気をつけて下さい」


 隊員二人の先導を受けながら、アロイスとナナは踏み抜かれて出来た獣道をゆっくりと進み始める。完全に酷く荒れた森の道を歩き続けること20分、随分と複雑なルートを辿ったのち、二人の前に、土と岩の混合した巨大な壁が現れた。


 壁は遙か向こう側まで続いていた。地上から長年かけて迫り上がってきたのだろう、頂上はかなり高く位置しており、露わとなった地層には赤と茶の縞模様が浮かんでいた。また、頂上部分には草木が生い茂っているようで、まるで小さな山のように見える。


  ナナは、それを見上げながら、

「た、高い……。こんな場所があったんだ……」

  と、驚いて言った。



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