of my mind(28)
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―――【 五日後、カントリータウン 】
「さて、久しぶりのカントリータウン。どうですか、二人とも」
アロイスがカイとリリーに訊く。
二人は久しぶりに感じる地元の大自然の香りに、深呼吸してから、穏やかな表情を見せた。
「自分にとっては、わずか一ヶ月も満たない出来事です。でも、ここに戻ってきてから、一気に実感が沸いた気がします。土や風の匂いがとても懐かしく感じてしまうのは、潜在的に数年以上も眠らされていた反動なのでしょう」
カイの言葉に、リリーも頷く。
「それは何よりです。では、家に帰りましょうか」
アロイスが先行して、二人を引き連れる。
二人は6年の間に様変わりした町並みを驚きながら眺めつつ、雑談を交えながら、久方ぶりの自宅に向かった。
そして、三十分後。
ナナと祖母の待つ自宅に戻ってから、アロイスは「お待ちください」と二人を止める。
「さすがに全員で押し寄せたらナナたちを驚かせてしまいます。自分が先に戻って説明しますよ」
「……それが良いですね。すみませんが、お願いできますか」
「もちろん。では、少しお待ちください」
二人は、玄関横の茂みから隠れるようにして様子を伺う。
アロイスは一足先に玄関の戸を叩いて、ナナが出てくるのを待った。
すると、一分もしないうちに。
屋内からドタドタと足音が響き、ガラリ! と戸が開く。
そこには、両親にとって、あまりにも涙しそうになる成長したナナの姿があった。
「……! 」
幼かった齢十五だった彼女が、今は立派な大人に成長しているという現実。
何度も、何度も薄っすらとしていた『 時を超えた 』という事実の波が今度こそ全身に押し寄せて、カイは思わず飛び出しそうになった。
しかし、リリーが肩を押さえて、それを止めた。
「カイさん、まだです。今、出て行くべきではないですよ」
「うっ……。そ、そうだな。すまん、様子を見るという約束だった……って」
隠れて見守るカイには、さらに衝撃的な光景が。
玄関で、ナナはアロイスを見るやいなやその胸に飛び込み、強く抱きしめたのだ。
リリーは「あらあら♪ 」と笑顔になるが、カイは拳を握り締めて目に炎を燃やしていた。
「な、なんだありゃあ! アロイスのやつめ、まさか……娘と!? 」
「アロイスさんと出会ったのは1年前と言っていましたし、ナナもアロイスさんのような男性が現れれば……ねえ」
「お前、まさかアロイスを……」
「フフッ、私が愛しているのはカイさんだけですよ。でも、ナナがアロイスさんに惚れるのも分かるわあ」
「どうしてだ!? 」
「だって、どこか雰囲気というか、あなたに似ているんですもの」
「……それのどこに娘がアロイスを好きになる理由があるんだ」
「ナナは、お父さんが大好きだってことですよ。ねっ」
「むっ。むむ……そ、そうとも取れるか……」
影で見守りながら小声での会話。で、ありながら、耳の良いアロイスには全て聞こえていた。
アロイスは額に汗を流しつつ、ナナの頭を撫でて、口を開いた。
「と、とりあえず無事に戻ったぞ。約束は守っただろ、ナナ」
「……はい。本当に良かった、良かったです……っ」
ナナは頬を赤くして涙を浮かべ、アロイスを見上げた。
アロイスも強くナナを抱き締め返したかったが、グっと堪える。
「ナナ。今回のダンジョン攻略を経て、色々とあってな。その、大事な話があるんだ」
「大事な……話? 」
「ああ。今、お婆さんは家にいるか? 」
「はい、居ます……けど」
「呼んできてくれないか。きっと、これはナナとお婆さんにとって"運命"を変える話になると思う」
「……? 」
ナナは不思議そうな表情を浮かべるが、言われた通り祖母を呼びに行った。それから、祖母は直ぐに玄関に現れ、アロイスに「お帰りなさいさね」と、しわを寄せた笑みで呟く。
「ただいまです。えっと、まずは自分は無事に帰ってきたわけですが……」
「ナナに聞いたけど、何か運命を変えるとかいう話があると聞いたさね」
「ええ。その、どこから話をすれば良いのか。まず、そのうち公になることなので、どういうダンジョンを攻略したか説明します」
アロイスは、自分がどのような経緯でダンジョンに赴き、氷竜と呼ばれた古代の魔族を討伐したかを説明した。結果的に世界を救ったことを含め、当時の冒険者たちが永き眠りについていた事を。
「……地下の最深部、そこには氷竜に凍らされた当時の冒険者たちが居ました。そして、そこで、貴方たちの運命を変える出会いをしたんです」
ナナと祖母は「何が運命を変えるのか」と耳を傾ける。
アロイスは一旦の間を置いてから、それを、伝えた。
「スピカのメンバーです。お婆さんの息子夫婦、ナナの両親。カイさんと、リリーさんの凍結された姿がありました」
二人は目を点にする。
ナナは、咄嗟に「本当ですか!? 」と鬼気迫るように叫んだ。
「本当だ。当時の姿のままで残されていた」
「お、お父さんとお母さんが、そん……な……こと…………」
ナナは全身を震わせ、過呼吸のように吐息を漏らす。
あまりにも、複雑すぎる感情が入り混じったのだ。
いつか帰ってくると胸のどこかで信じていた反面、今の彼女は、氷漬けにされた両親という存在を聞いて、二人とも"死んでしまっていた"と認識したからだ。
……だが、真実は、彼女にとって、あまりにも幸福たる福音となる。
「落ち着いてくれ、ナナ。まだ話は終わっていないんだ」
「何が……。何が終わっていないん……です……か……」
「氷竜の魔法は、完璧すぎたんだ。故に、当時の冒険者たちは氷の中で、生きていた」
「……ッ!!? 」
「俺たちが氷竜を倒したあとで、氷の魔法は溶け、この世に、再び生を受けたんだ」
「……冗談、ですよね。そんな嘘、アロイスさんでも、嫌いになりますよ……」
「嘘じゃない。現に、二人ともカントリータウンに……そこに居るんだ」
アロイスは振り返り、茂みを見つめる。
ナナと祖母が同じように目を向けると、そこには、出かけた当時の姿で……。二度と会えないと思っていた愛する両親が、生きた姿で、立っていた―――。




