of my mind(21)
「……氷竜サマが、随分と卑怯な戦い方をしてくれるじゃないか」
心理的に攻撃を仕掛けてくるとは、狡猾な相手だ。
「勝つことに過程など要らぬ。どうであれ、最後に欲を満たしてこその勝者だろう? 」
「それには冒険者として同意見だよ。だけど、考え方がちょっとばかし古いな。爺さん」
アロイスは大剣を片腕で持ち上げ、剣先を氷竜に向ける。
「今は平和の世。戦争は終わったんだ。結果が全てじゃない。過程も大事な時代なんだよ」
「それなら、今のこの世で培った貴様たちの力を見せるが良い。だがな、儂は全てを知っている」
「何を知っていると言うんだ」
「現世に残る強者は、お前たちと雪山に居る一名を除き……もう、居らぬだろう」
氷竜の口元がククッと持ち上がり、嫌らしい程の笑みが浮かぶ。
「雪山に居る一名? ……ジンの事か。そうか、お前は、この場所から、色々と感知していたってのか」
「儂がこの世に目覚め始めてから、ずっと分かっていた。お前も、儂に挑むことも知っていた」
「恰好をつけるね。未来予知が出来るっていうのか? 」
「予知。そう言われると少し違う。儂にとっては、予感だった。無論、お前の力量は把握した上でのこと」
「俺の力量? それも、お得意の予知での話か」
「違う。我が指揮下に置いていた悪魔族の幻影。それを倒した際に力量は把握させて貰った」
「バフォメット…… まさか、インマウンテンの時の話か」
それは、アロイスとナナ、祖母、の三人で、年の瀬に家族旅行をした時のこと。
魅惑の笛に操られた一件で、アロイスは確かに悪魔族と対峙した経験があったことを思い出す。
「……思い出したぜ。あの時、俺の背中に感じた鋭い痛み。お前の視線だったというわけか」
「あの時、お前の力は見定めた。たかが冒険者一人、強者とは思うが儂の相手では無い」
ニヤリ、と氷竜は笑う。
「さあ、御託は要らぬ。かかってこい、若造。一瞬のうちに永遠に閉じ込めてくれよう。そして、再びこの世界を戦乱の世に導く。魔王バルバトス様の念を、この世界に花開かせて貰う!!!」
氷竜の全身から、真っ白な冷気がこうこうと溢れ出す。瞳は青白く輝き、邪悪な夥しい魔力が、辺りに零れ始める。常人ならば、気絶してしまうほどの気迫とオーラだが、アロイスとリーフは果敢に向かう。
「なんだ、その花は既に枯れているんじゃないか」
「リーフたちが負けるハズ無いッスよぉ! 」
アロイスは姿勢を低く取って、リーフはリミッター解除の上で、全身全霊の雷魔力を込めた。
そして、氷竜が口を開き、冷気を吐きかけた一瞬。アロイスとリーフは咄嗟に飛び上がり、それぞれ壁を駆け上る。示し合わせたように両脇から氷竜に向かい、『 本気 』の一撃を叩き込む。
「一撃で終わらせてやるッ! 」
「これでも喰らうッス~~ッ!! 」
アロイス、リーフの左右からの同時攻撃。
二人の力を重ね合わせた攻撃には、完全に殺ったものと確信した。
だが……。
「小賢しいッ!! 」
氷竜は全身を覆うクリスタルから魔力を放ち、爆発を起こした。そして、信じ難い事に、爆音と衝撃波は二人を弾き飛ばし、アロイスとリーフは、壁際に思い切り叩きつけられてしまった。
「ぬぁっ!? 」
「あ、あいたぁーっ!! 」
壁に弾き飛ばされた二人は、鈍い痛みを感じながらも、隙を晒さないよう、直ぐに氷竜から距離を置く。最初の位置に戻って再び武器を構えたが、二人の面持ちは、信じられない、といった様子だった。
「リーフ、お前……さっきの魔法は手を抜いていなかったか……? 」
「アロイスさんこそ。久しぶりに本気だった一撃ッスよね……? 」
二人は、揃えて氷竜を見上げる。
彼は、ニタリ、と再び嫌らしい笑みを見せた。
「おいおい、参ったな。これが、古代魔族ってヤツなのか……」
アロイスも笑って返すが、その台詞と表情は、動揺を隠しきれない。
「フハハ、若造。諦めて、凍らされる未来のほうがよっぽど楽だろう」
「そ、それには同意だね。ちょっとばかし、アンタの腕を侮ってたよ」
たった一撃で嫌でも理解してしまう実力差。
これほどまでに差があるとは、正直思ってもみなかった。
「ハハ、こりゃあ、世界は本気で滅ぶかもなあ……」
「ならば諦めて……永遠の時間に閉じ込められるが良い。我が氷像のコレクションに加えようぞ! 」
氷竜は、口をパカッと開き、冷気を吐き出す。
なみなみならぬ速度の氷気のビームだが、アロイスたちは回避して、再び壁を駆け上り、氷竜に二度目の本気の攻撃を仕掛けた。
「一度でダメなら、二度でも三度でも! 」
「当たるまで繰り返すだけッスよぉ~~! 」
氷竜の両脇から仕掛ける大剣と、雷力の攻撃。氷竜は同じように全身から魔力を爆発させたが、アロイスは魔力を微量に込めて側面でそれを受け切り、リーフは全身に魔力防御を展開して流すように爆発を躱した。勢いは維持したまま、二人の攻撃は氷竜に届きかける。
「……ほう、やるではないか。だが、甘いわぁっ! 」
二人の攻撃が氷竜の皮一枚に触れた瞬間、氷竜は身体を大きく唸らせ、攻撃を回避する。
「何ぃっ! 思った以上に機敏な動き……うおっ!? 」
更に、回避しながら攻撃に転じる氷竜。尾っぽを鞭のようにしならせて、アロイスの全身に叩き込みを入れる。
「ぐっ、ぐあああっ! 」
アロイスは空中で吹っ飛ばされ、地面に激突する。その後で、リーフにも同じように叩き込みをしてから、二人に目掛けて、口から冷気のビームを降り注いだ。
辺りは氷がメキメキと音を立てて地面から幾つも生えて、ひどく白い雪煙が舞い上がった。
「グハハッ、さすがに死んだか! 」
氷竜は、さすがに仕留めただろうと思った。
しかし、打たれ強いアロイスとリーフは、雪煙から姿を現して、額から血を流しながらも、三度目となる壁登りからの攻撃を仕掛けた。
「まだ向かってくるのか。ならば、何度でも弾き飛ばしてやろう! 」
クリスタルの暴走で防げないことを理解している氷竜は、最初から尾っぽを激しく動かして、二人を叩き落とそうとする。だが、二同じ手を喰らわない二人は、空中で尾っぽの攻撃を華麗に躱すと、ようやく、その皮膚に、それぞれの一撃をクリティカルヒットさせる。
「うぐおぉっ!? 」
アロイスの斬撃、リーフの雷撃。
肉体を貫く一撃に、氷竜は大きくのけぞった。




