of my mind(15)
冒険者の一人が歓喜の声を上げて、アロイスの元に駆け寄った。続いて、周りの冒険者たちも同じようにワラワラと集まり始めた。
「ほ、本物……。本物のアロイスさんとリーフさんなんですか! 」
「引退していたって聞いていましたが、復帰していたんですね!? 」
「リーフさん、俺、ずっとファンだったんです。大好きなんですッ!! 」
「握手してください。疑ったりしてすみませんでしたァッ! 」
アロイスとリーフが本物であると認識した冒険者たちは、わちゃわちゃと二人を取り囲む。
「お、おいおい。待て待て、落ち着け! 」
アロイスは落ち着くように促して、まずは状況について尋ねた。
「誰か、今の状況について教えてくれ。俺達はここに来たばかりで何も分からないんだ。クロイツのメンバーは居ないのか? フィズが既に到着していると聞いていたんだが」
宥めるように訊くと、目の前に居る若い男性の冒険者が返事する。
「あ……。え、えっとですね。今、ここにはクロイツさんたちは居りません」
「いないだって? もしかして先に深部に潜ったのか」
「はい。僕たちは待機組で、一層のこの場所をベース地として利用していました」
「なるほど。それは大変だっただろう。外にはあのレベルの魔獣が潜んでいる状況では……」
「あはは、それはもう……。日が経つにつれてドンドンと外の魔獣が強くなっちゃいまして……」
「ついに昨日、自分たちで対処しきれない魔獣のレベルにまで達してしまったというわけか」
「……全部お見通しですね。その通りです」
アロイスの言葉に、辺りの冒険者たちは、しん……、と静まり返った。
目の前の冒険者も同じように顔を俯かせたが、ハッとしてアロイスに尋ねた。
「あ、そうだ! アロイスさん、外に連絡隊を送ったのですが、お会いしていませんか!? 」
「連絡隊? 」
「はい! 食糧を尽きかけている今、警衛隊に現状を知らせて援護を送って貰おうと思って! 」
「ああ……」
「待機組のうち、強かった数名を送り出したんです。もしかして、その援護にアロイスさんが! 」
もしかして、と、その冒険者は目を輝かせた。
ところが、希望という二文字に、アロイスは現実を突きつける。
「違う。お前たちの言う連絡隊は、恐らく魔獣たちに全滅している。道中、助けようと思ったが間に合わなかったんだ」
「……そんな」
再び、冒険者たちの瞳が曇り出す。
また絶望に打ちひしがれるような空気が漂いだすが、アロイスは彼らの反応を見るやいなや、「はぁ……! 」とため息を吐くと、その辺の氷の岩場にドスンと腰を下ろした。
「なんだってんだ。どいつもこいつも浮かない顔をしていやがる」
一言呟くと、今度はニカッと笑みを浮かべて、リーフを呼んだ。
「リーフ、取り敢えず腹減っただろ。お前も座って、新鮮なトロールの肉でも一緒に喰おうぜ」
「おーっ、良いッスね。今すぐ焚火の準備をするッス~♪ 」
消沈した空気に包まれた一層で、アロイスとリーフは笑い合って暖を取り始める。
その様子に、先ほどの若い冒険者が目を丸くして、口を開く。
「ど、どうしてそんなに楽観的なんですか! 」
「楽観的? 何も楽観的じゃないさ。ただ俺たちは、この状況を『 面白い 』と思ってるだけだ」
「おもしろ……!? な、何が面白いっていうんですか!? 」
「ああ。何もかも面白いじゃねえか。俺は楽しんでるぜ、この状況をよ」
「ふざけ……! 」
青年の瞳に、怒りの炎が宿る。
「ア、アロイスさん……。この状況を理解っていての言葉なんですか!? 」
深部に戻った皆は戻ってこない。連絡隊は全滅させられた。
このままでは世界が崩壊してしまう。
何が、この状況に楽しむ余地があるというのか。
『 面白い状況だ 』
たった一言で、先ほどまで冒険者たちからアロイスに向けられていた羨望の眼差しが、急に憎しみに淀み始めた。中には、明らかに殺意を持った者ですら感じたが、アロイスは、焚火に当てたトロールのスジ肉を噛みながら、笑って答えた。
「ああ、この状況を知っての言葉さ。だって、ワクワクするだろ。ココは、英雄冒険家ヘルトの遺した世界最高の遺産だぜ? 先陣を切った仲間たちや、お前たちも、楽しみにしていた心は無かったのか? 冒険者は、未知の世界を楽しんでナンボだろうが。一度は身を退いた俺ですら、この状況には心が躍って仕方ないね。それを正直に言っただけで怒られちゃ、同じ冒険者として悲しいぜ」
リーフもアロイスの台詞に「そうッス! 」と笑顔を浮かべて言った。
「そ、そんな事……。確かに最初は楽しみでしたけど、仲間が次々死んでいく状況で楽しむ余裕なんか! 」
「そうか。それにしては、お前たちは無駄な怒りと殺意を俺たちに向けているな」
「無駄な怒り? 無駄な殺意ですって? 」
「その矛先は氷竜に向けるべきなんじゃないのか」
「……ッ! 」
「それとも、喧嘩がしたいなら付き合ってやる。俺に勝てるのか、本気でかかってこい」
アロイスはゆっくりと立ち上がり、背負う大剣を握り締めた。
もちろん、彼らに向ける気配は『 本気の殺意 』を仄めかして。
「うっ……!? 」
咄嗟に、全員が、一歩ずつか、それ以上に退いた。
あまりにも刺々しい殺意に、自然と慄いてしまったのだ。
「あん? なんだ、全員が逃げ腰か。面白くない。たかが一人の男にケンカする勇気も無いのか。……クククッ、だから、お前らは待機組程度に納められている雑魚なんだよ。ちっ、折角の新鮮な肉が不味くなる。もう、口も開くんじゃねえ、そこで黙っておけ」
舌打ちし、その場で腰を下ろすと、堂々と食事を再開する。
対面に座るリーフは我関せずという雰囲気でトロールの焼肉を頬張っていたが、内心、アロイスの態度に面白おかしくて仕方が無かった。
(あ~、思いっきり笑いたいッス! アロイスさん、相当楽しいみたいッスねえ。口調も、何もかも、ぜ~んぶ昔に戻ってるッスよ! でも、これは……うん。分かってるッス)
ククク、とニヤける顔を隠すリーフ。
一方で周りに居る連中はアロイスの殺意と罵倒にすっかりと大人しくなり、二人の食事を見守っているばかりになった…………と、思った、矢先のこと。
「ア、アロイスさん……っ! ゆ、許せない。ダメだ、今の言葉は許せませんッ!! 」
ずっと話をしていた青年だけが、震える身体でアロイスの背中に立って、怒鳴り声を上げた。




