of my mind(6)
「……意外だよ。俺としては怒られるんじゃないかって思ってたのにな」
背負っていた大剣を壁に立てかけ、客用ソファに腰を下ろす。
クロイツは「吸うか? 」とテーブルに乗っていた煙草を見せるが、アロイスは首を横に振る。
「俺が吸わないのは知ってるだろ」
「なんだ、酒場の店主を始めたってんだから、嗜みくらい覚えたと思っていたぞ」
「今時、酒場で働くヤツが煙草を吸ったりする時代だと思うなよ」
「つまらんヤツだ」
取り出した煙草は、自分で口に咥え、マッチを用いて火を灯す。フゥーッと白い煙を吐いてから、背もたれに深くよりかかり、アロイスに話を掛けた。
「……で、バカ息子。大方、お前がどうして帰ってきたかは理解ってる」
「フィズに聞いた。リンメイが行方不明になったって本当なのか? 」
クロイツは少し間を置いたあとで「……本当だ」と、小さく言った。
「冗談だろ? あのリンメイだぞ。一体、どこのダンジョンで行方不明になったっていうんだ。ただ帰りが少し遅れているっていうだけじゃないのか」
どうしても、リンメイの実力で事故に巻き込まれたとは思えない。
すると、クロイツは煙草を噴かしながら、言った。
「いいや、今回ばかりは事情が違う」
「何が違うっていうんだ」
「……説明が難しい」
「難しい? 」
「お前に言うと、お前は絶対にダンジョンに救助に行くだろう。だから、言えん」
壁にかけられた大剣を見て、アロイスが救助を辞さない事を分かっていた。
「別に助けに行くことは悪いことじゃないだろう。俺に出来ることがあれば、したいと思っていた」
「そういう内容じゃないんだ。この話は、お前が思っているほど単純じゃない」
「なんだよ、それ。俺がリンメイを助けに行くことがダメだっていうのか」
「察しろ。今、俺とお前は二人きりの空間だ。それでも言えない理由が、分からないか」
「……トップ・シークレットってことか? 」
アロイスは立ち上がり、クロイツの傍に近づく。
「今、世界を牽引するオヤジに関する機密事項。なら、世界規模に関する事情があるんだな」
「さあな、分からん。俺は何も言っていないぞ」
「リンメイが駆り出された理由も、そこにあるのか」
「う~む、難しい話はお父さんは分かりません」
「だとしたら、警衛隊や国が絡んでいるのか。だけど……」
自分も現役時代は、世界規模で活躍してきたし、リンメイが行方不明になるようなダンジョンは少なくとも存在していなかった。現に、世界最高の難易度を誇ると言われた竜たちの楽園『 空中都市 』を自分は制したし、あの場所ならリンメイにおいても攻略は可能だったはず。
「まさか、それよりも難易度が高いダンジョンがあったっていうのか。でも、そこまでのダンジョンなら俺が知らないはずが……」
考え込むアロイス。
クロイツは決してアロイスに話はせず、わざとらしくそっぽを向き続けていたが、座っていた椅子から立ち上がると、本棚に近づいて一冊の本を手に取り、棒読みに独り言を口にした。
「アー、シカシナー。コノ事件ハ、冒険史ニ残ル大事件ダッタナー。ドウダッタカナー……」
あるページを開いた本をアロイスの前に叩き付けるように置く。
アロイスは「なんだ」と、その本に目を向ける。
「……これは! 」
それは、ナナの両親が亡くなった例の大事件。
世界有数だった冒険団スピカが、『 在るダンジョン 』で一斉に行方不明になったとされる、スターダスト事件 に関して記載されたページだった。
「ま、まさか。まさか……、そうかッ! 」
自分も知らないダンジョンが一つだけあった。
スピカを壊滅的被害に追い込んだとされる世界規模で隠蔽されたダンジョンだ。
「オヤジ! もしかして、リンメイはこのスターダスト事件に関するダンジョンに向かったのか!? 」
クロイツは「うーん」と後頭部をボリボリ掻きながら唸り、中央の椅子に戻ってから返事をした。
「アー、鋭イナ。ソコマデ分カッテタラ、答エル他シカナイモンナー」
「……もう下手な芝居は要らないから。本当にリンメイは隠されたダンジョンに行ったのか!? 」
興奮したアロイスは押し迫る。
クロイツは煙草を深く吸い、吸いきった煙草を灰皿に押し付けたあと、アロイスを見つめて言った。
「ああ。だから言っただろ、トップ・シークレットだってよ」
「どうして……。どうしてリンメイがそんな場所に赴いたんだ!? 」
道理で、少しダンジョンから戻ってくるのが遅延しているだけで行方不明扱いとなるわけだ。
彼女が決して犠牲になるとは思えないが、その話を聞いた途端、不安が一気に押し寄せた。
「……止めようとしたんだ。だが、あの性格では何を言っても無駄だった」
「リ、リンメイは、そのダンジョンの場所を知ったから行っちまったんだな! 」
「いや違う。リンメイには、ダンジョンを攻略するため最もらしい理由があるんだよ」
「理由? 最もらしい理由って、なんだ」
「簡単な話だ。お前にも関わる事だ。ここまで話しておいて、説明をしない訳にはいかんだろう」
彼女が自らの命を懸けて、そのダンジョンに赴いた理由とは―――。
「お前らの兄のレグルスを覚えているな。アイツが死んだ理由は、ダンジョンでの事故って言っていたはずだ。……これだけで、お前なら理解できるだろう」
その通りだった。たった一言だけで、アロイスは、自らの心臓が荒ぶるような感覚に襲われる。




