GOOD LUCK!(2)
「えっ?」
お客さんになってくれ、とは。どういう事だろう。
「開店以降は手伝って貰うけど、昼間のお客さんとして俺の手料理を食べてくれ」
「ど、どういう……」
急な話にナナは、うろたえる。そんな彼女に対し、アロイスは膝をついて、腕を差し伸べて言った。
「お嬢様、どうぞ此方へ」
「え、えっ。は、はい……」
言われるがまま、差し伸べられた手に触れる。それを握り締めたアロイスは彼女を立たせ、カウンター席に座らせた。
「少々お待ち下さい。最高のランチを振る舞わせて頂きます」
「あの、アロイスさん、これは……」
「今はお客さんと、店主の関係でお願い致します」
「あ……え……。は、はい……」
アロイスは、キッチン下の冷蔵庫から少し大きめの魚を取り出す。続いて2種のチーズに、トマト、生ハム、キュウリ。あとは適当に野菜を少々。ヘンドラ―のおかげで材料には事欠かない。
「直ぐに出来ますのでお待ち下さい」
手早く、簡単なものから。
三等分にしたキュウリを縦斬りし、それを生ハムで包む。白い皿に重ねて並べ、ドレッシングをふりかけて小さなハーブを添えるだけ。
「キュウリの生ハム包みです。お飲み物は、先ほどのモヒートを。この後もお仕事なので、アルコールは弱めに仕上げておきます」
ナナの前に、涼やかなモヒートと鮮やかな生ハム包みが並べられる。それと、フォークとスプーンの入ったカトラリーケースを側に置いた。
「次のお料理が出来るまで、ゆっくり食事をしながらお待ち下さい」
ナナは、いきなり他人行儀なアロイスに「は、はい」と緊張気味に言って、取り敢えずケースからフォークを取り出し、一口頬張る。ポリポリとしたキュウリの歯応えと、塩気のある生ハム。美味しくないわけがない。また、口の中が塩辛くなって水分を欲したところで、若干甘めのモヒートを飲むと、より強い爽快感が溢れた。
「あっ、美味しい……!」
ナナは不思議そうにモヒートを眺める。僅かばかりの生ハムサラダだったが、ナナはそれらをゆっくりと味わった。
その間、アロイスは彼女の様子を見て微笑みながら、メインとなる魚料理に着手していた。
ジャガイモを薄切りして、ジャガイモらしい歯応えを残す程度に焼く。その合間、別のフライパンでは軽く塩を振ったサーモンを、玉ねぎと一緒に火が通るくらいに焼きを入れた。
「後はグラタン皿にバターを塗って……」
用意した皿に、焼いたジャガイモ、玉ねぎ、サーモンを適当に放り込む。その上に満遍なくマヨネーズを薄塗りし、ナチュラルチーズを振り掛けた。
「後は強火力のオーブンでサっと焼けば……」
冷蔵庫の横、キッチン下部に並び置いてある高濃度オーブンに叩き込み、数分。
ちんっ♪
と鈴の音が鳴った後にそれを取り出せば、サーモンのチーズ焼きがホクホクと美味しそうに湯気を立てていた。
「……メインです。お待たせしました」
サーモンチーズ焼きと一緒に、取り皿を併せて彼女の前に並べる。ナナは、目の前に置かれた料理に目を奪われた。
表面にはトロリとしたチーズがたっぷり、真っ赤なサーモンと食べ応えあるジャガイモに、甘みを引き出す玉ねぎが何とも良い香りだ。
「い、いただきますっ」
ケースからスプーンを取り出し、それらを小皿に盛り付ける。
とろ~りとしたチーズ。焼きあがったサーモン。大きめのジャガイモと玉ねぎ。
早く、アツアツのうちに食べないと。
……パクリ……。
あ、あついっ!
はふはふと、口から湯気が出る。
……だけど。
美味しいっ!
ほとんどが素材由来の味付けで、柔らかい味わい。しょっぱいチーズとサーモンは、やっぱり良く合う。ジャガイモは、大きめに切られているおかげで歯応えが嬉しい。時折、しゃくしゃくとした玉ねぎから溢れる甘みは、強調することなく、ただそれでいて料理全体の味を引き立てていた。
そして、彼女が本当に美味しそうに食べてくれるのを見て、アロイスも笑顔になった。
(……ナナ。心から笑ってくれたな)
何とも美味しそうに食べるものだ。作り甲斐があったというものだ。
(やれやれ。今回ばかりは、あいつに感謝しないといかんな。もう少し、慎みを持ってくれれば最高の親友に……)
彼女の元気な姿を見れたのは、悔しいけどお前のおかげだ。
そんな事を考える。
と、噂を掻き立てるようにアイツの事を考えた頃。
その本人は、セントラルの商社にあるドでかい社長室にて、これまた大きなクシャミをしていた。
「……はぁっくしょいっ!」
部屋全体に響き渡る大きなクシャミ。鼻を啜る社長に、傍に立っていた女秘書が溜息を吐いて言った。
「せめて声を抑えるなど、もう少し慎みを持って下さい。ヘンドラ―社長」
「ランちゃん、スマンスマン」
女秘書のランは、白黒のパリっとした正装に眼鏡と、眼光鋭く、やり手を感じさせる低めの口調。まるで大胆な社長とは真逆であった。
「風邪でしょうか。体調にはお気をつけ下さいといつも言っているでしょう」
「あー、ちゃうちゃう。どうせ誰かが噂してるんやろ。例えば、アロイスとか」
ナハハ、と笑う。
「アロイス様ですか。以前、良くダンジョン成果を以て社長に会いに来られてましたね」
アロイスが現役だった頃は、この社長室に幾度も足を運んでいた事もあって、ランとアロイスは顔馴染みでもあった。
「せやな、良く来とったわ。今は酒場主人やけどな。……て、あっ、そうや。アロイスといえば、連絡するの忘れてたわ」
座っている社長椅子のテーブル脇、引き出しの一番上段を開いて小さなメモを取り出す。
「それは何でしょうか……?」
女秘書ランが尋ねる。
「これはカントリータウンの産出品の一覧をまとめたもんや。酒場やるなら地元の品使って料理したほうがええし、安定した供給が出来る素材を調べるうち、あの一帯では良質な『塩』が産出品として登録されていたんや」
ぴんっ、とメモを秘書のほうに弾き飛ばす。彼女はそれを受け取って、目を通しつつ説明に耳を傾ける。
「せやけどな。その『塩』は、地下を走る高難易度ダンジョンからしか採れへんらしいから一般ルートじゃ出回ってないし、地元民もそうそう知らんらしい」
ランは興味深そうに「そうなのですか」と、答える。
「ああ。とはいえ、折角やから地元で採れた塩をウリにしたらええんやないか思ってな。ほら酒飲みは味付け濃い塩料理を好む場合が多いしな」
しかし、ランは首を傾げた。
「社長。そうは仰る通りですが、塩を手に入れるには難易度高い地下ダンジョンに向かわねばならないんですよね。アロイスさんのご負担になりませんか。此方側で購入して送り届けるという手段でも宜しかったかと」
実は塩が豊富に採掘可能な場所は、命を落とす冒険者が存在するくらいに危険なダンジョンの奥深くだった。ところがヘンドラ―は、それを知っていても、それ以上にアロイスという男が、余裕でその場所まで辿り着いてしまうだろうということを知っていた。
それと……理由は、もう一つ。
「あのアホ、自分では冒険者を引退した言うてたが、内心これを知ったらワクワクするで。塩採るだけかもしれんけど、ダンジョンに潜ることはアイツにとって良いストレス発散になるはずや」
長い付き合いで、心内くらい簡単に分かる。
自分が無理やり巻き込んだことは理解してるし、その分、どれだけ楽しんでアイツに酒場をやらせるかってことは常日頃考えていた。
「……後で塩について、ダンジョン潜って採るように電信機で連絡しておかんとな。それと、また顔出しにも行かんとなー」
すると、その台詞を聞いたランは鋭い瞳でヘンドラーを睨んだ。
「社長、そんなお暇があるとお思いですか」
「……怖いわランちゃん。仕事はきちんと終わらせてから行くから安心してや」
「それなら宜しいのですが。ではお話もこれくらいにして仕事をしましょう」
「へい……」
ヘンドラーは、嫌々そうに机で山積みになった資料に目を通し始めた。
(やれやれ、ワイが面倒見るいうたのに、あまり顔出しも出来んでスマンな。せやけど、お前なら大丈夫やろ。ワイも仕事頑張るし、出来る限りバックアップするから、お前も楽しんで頑張れや)
ヘンドラーは社長室の窓から見える晴れ渡る青空を嘆じながら、親友の成功を静かに願ったのだった。
…………
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