運命の歯車(3)
(アロイスさんてば、本当に最初は自分を隠そうとしてた感じがあったからなあ。でも、いまは色々お話してくれるし、ちょっとだけは私のことす……好きだったり。なんてっ)
えへへ、それなら嬉しいな。
そんなことを考えて、顔を赤くするナナ。
するとリンメイは「ははーん」と、何かを察した。
「なるほどね。ナナちゃんはアロイスの事が好きなのかな? 」
「えぇっ! そ、そんなこと!? 」
ナナは慌てて両手を振って否定するも一瞬、その手を胸の前で合わせてモジモジとしながら、言った。
「……そんなこと、あるかも、です……ケド」
恥ずかしそうに言うナナに、リンメイは「あはは! 」と笑った。
「好きなのは悪い事じゃないよ。そうか、キミがアロイスをねえ」
「ひ、秘密でお願いしますう……」
「分かってるよ。これでも私は女の端くれだからね」
「いえっ、リンメイさんが端くれだなんて、そんなこと! 美しい女性だと思います! 」
彼女が端くれ、というなら自分はどうなるのか。
女である自分が見ても、惚れ惚れしてしまう容姿に加えて何よりアロイスを魅了してしまった強気な性格は羨ましい限りだ。
「あはは、私を褒めても何も出ないよ。それとも……」
リンメイはナナの腕を掴んで引き寄せて、顔を近づけ、ささやくように言った。
「私のことも好きになってくれるのかな。私は、キミのような可愛い女性なら構わないぞ」
「……ふぇえっ!? 」
この女性は、まさか。そう思って慌てるナナに、リンメイはニコりと微笑んでナナの頭をわしゃわしゃと撫でて、言う。
「冗談だよ、冗談。慌て過ぎだよ、ナナちゃん」
「あっ……! か、からかわないで下さいよおっ! 」
ナナが顔を真っ赤にして叫ぶと、その時。
そこに、地下の保管庫から酒瓶を抱えたアロイスが戻ってきた。
「ただいま~、っと」
「おっと、お帰り。して、自慢の酒を振舞ってくれるのか? 」
「そう言っただろ。お前にピッタリのカクテルをつくってやるよ」
アロイスは持ってきた酒瓶をキッチン側のテーブルに並べる。
ナナは、折角のリンメイとの再会において、どれほど大それたカクテルを見せてくれるのかとワクワクしてキッチンを覗いてみたが、意外にもアロイスの持ってきた酒瓶はたった二本だけだった。
(あれ、凄く少ない。フルーツとかハーブとかの香辛料もナシ……? )
一本は、濃い飴色が特徴的なブランデー。銘柄は不明だが、ラベルには『 VSOP 』の文字がある。VSOPとは『Very Superior Old Pale』、つまり5年以上熟成させた優良品だ。
また、もう一本の透明な瓶に入れられたものは、強い清涼感が在るホワイトペパーミントのリキュールである。
「材料はシンプル。つくり方もシンプル。でも、これだけでリンメイにはピッタリのカクテルが出来るんだ」
そう言ったアロイスは、Y字型のカクテルグラスを用意する。
まずブランデーを四分の三、ペパーミントリキュールを四分の一で注ぎ、バー・スプーンで軽くステアするだけ。そうして出来たものを、リンメイの前に差し出した。
「お待たせしました。どうぞ、お飲みください」
ステアされたことで、飴色だったブランデーは、バックライトに照らされて黄金に似た色合いにキラキラと光って美しい。そこから立ち上る香りは、ブランデーの熟成されたフルーティでとても甘い匂いとホワイトペパーミントの心地よい刺激的な香り。
元々、ブランデーもペパーミントも香りを強く楽しむものであり、両雄を決すれば必然的に痺れるような香りになるに決まっている。
「良い香りだな。このカクテルの名前は? 」
リンメイは、グラスを揺らして匂いを楽しみながら訊く。
アロイスは「飲んでから」と笑って答えた。
「そうか。では、頂こうか」
グラスに口をつけ、少量を舌に転がす。
その瞬間、ブランデーのアルコールが一気に押し寄せるが、その中にホワイトペパーミントの文字通り真っ白な清涼感が鼻を突き抜ける。それをゴクリと飲み込んでから息を吐くと、喉にはアルコールによって熱を帯びた辛さを感じる。しかし、ふわりと残る甘さはブランデーとミント特有のもの。恐らくだが、普通にブランデーを飲むよりも軽く感じるのは、ミントの爽快さが打ち消しているのだろう。しかし、この味は……。
「……なんて攻撃的な味だ。そもそもブランデーは度数が高く、舌ではなく香りを楽しむものだと言うな。ミントも似たものということで、それらを混ぜてマッチしているのだろうが……両方とも甘さの中に特徴的な刺激的な感覚を残す。今までに飲んだことが無い。何というか、何もかもが尖ったカクテルだな。鋭さを強く感じてしまう。……それで単純に旨い」
リンメイの感想に、アロイスは「さすがだよ」と言った。
「これを飲んだヤツは大体が似たような感想を持つかもしれないが、リンメイほど釈然とした内容を言うのは珍しいんじゃないか」
リンメイは「そうなのか」と答えつつ、カクテルを飲み干す。
ステアしたとはいえ度数は決して低くないのだが、彼女はよっぽど酒に強いらしい。
「ふう、旨かったぞ。それで、このカクテルはどういうカクテルなのか教えて貰おうか」
「そうだったな。そのカクテルはスティンガーというカクテルだ」
「ほう、随分と面白い名前じゃないか」
スティンガーは『 刺すもの 』という意味だ。




