運命の歯車(1)
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いま、この瞬間。
切に思うことがある。
それは、この町が俺の大事な場所になったということ。
ナナや祖母との出会い、酒場を通じて知り合った全員に心の底から感謝しよう。
『ありがとう』と。
俺は、この場所が大好きだ。
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………
…
【 2081年5月4日。 】
一周年パーティを終えて三日後の十五時過ぎ。
酒場の仕込みを終えたアロイスとナナは、中央のテーブル席に腰を下ろし、一周年祭の事を楽し気に語り合っていた。
「皆さん楽しそうで、本当に良かったですね」
「たまには、ああいう大きいパーティも悪くないかもなあ」
「ですねっ。ヘンドラーさんの事前作業の良さには笑っちゃいました」
「それにしても急すぎだ。次はもっと前もって準備したいって話だよ」
「あはは、そうですね」
談笑し合う二人。
紆余曲折するようなパーティ開催だったが、それでも懐かしい面々に会えたことについてはヘンドラーに感謝しなければならない。ジンのヤツも、公私混同して個人情報を垂れ流すのはどうかと思うが……。
(ま、何にせよ一周年を迎えて心機一転。酒場経営の二年目がスタートしたと思って頑張らねばな)
アロイスは後頭部に両手を回し、深く背もたれに寄りかかる。
……すると、その時。
酒場の扉が、ガチャリと開かれた。
「おや? 」
「あ、お客さんでしょうか」
「まだ十五時過ぎだぞ。またブランじゃないか」
開店前に扉を開くのは、基本的にブランくらいのものだ。
二人は絶対に「ブランだ」と思って玄関を向くが、そこに立っていたのは一人の女性だった。
「ブランさんじゃ……ない? 」
見知らぬ女性にナナは首を傾げる。
「アロイスさん、お客さんでしょうか……? 」
ナナは尋ねるが、それを見たアロイスの様子が少しおかしかった。
(え……? )
アロイスの目が点になっている。
……そして一瞬の間を置いて「嘘だろ! 」と叫んだ。
ガタァン!
椅子を倒すほどに激しく立ち上がる。
「ど、どうしたんですかアロイスさん! 」
アロイスの態度は、ただ事ではない。
どうやら玄関に立っている女性とアロイスは知り合いのように思えるが、彼女は一体何者なのだろうか。
「馬鹿な……。ま、待てよ……」
アロイスの額に、じんわりと汗が滲む。
「アロイスさん、あの方と知り合いなんですか? 」
ナナは訊きながら、女性に改めて目を向ける。
彼女は、上下一体型のピッチリとした黒の衣装に身を包む。大きいバストを際立たせ、その目立つ胸元にはドラゴンを模した刺繍がされている。スカートの左側にはサイドスリットが入り、すらりと伸びた真っ白な脚に目を奪われる。だが、抜群のスタイルを差し置いても、背中まで伸びた黒髪や整った顔立ちも合わせて、美人を体現した存在に等しい。
そして、そんな彼女を知っているような反応をしたアロイスは、静かに彼女の名前を発したのだが、それには、ナナも心底驚くことになる。
「冗談キツイぜ、リンメイ……! 」
瞬間、ナナは「ええっ!? 」と驚きの声を上げる。
リンメイ、その名前は良く知っている。
(ま、まさかあの女性が……)
彼女が、クロイツ冒険団『元』総部隊長にして、初恋の人―――。
驚きのあまり絶句しかける二人。
対し、落ち着いた様子のリンメイは言った。
「久しぶりだな、アロイス」
見た目通り、清水のように透き通った美しい声色で。




