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番外:読み切り版『アロイスの酒場』(3)


「食い過ぎだ。タダでそんな食って飲まれたら商売にならんだろうが」

「い、いやぁ……。だって、美味しいんですもん……」

「旨いモンを食わせて飲ませるために店を始めたんだよ、不味かったらダメだろうが」


 アロイスは「これ以上は堪らん」と言うと、さっさと小皿とグラスを片づけ始めた。


「はは、すみません。でも満足しました。しっかし、ビールは本当に美味いですね!」

「ん……ヘンドラーってビールが好きだったっけか?いつもウチで飲むのはウィスキーじゃないか」

「別にビールは嫌いじゃないですよ。ただビールは駆け付け一杯のイメージが強くて、メインで飲むことが少ないだけです」


 それを聞いたアロイスは「ふぅん……」と皿を洗いながら小さく返事した。


「ふぅんて…、面白くなさそうな返事ですね。そういう駆け付け一杯なイメージで飲むのは変ですかね?」

「いや、変じゃないだろ。そもそもビールって、人によって好き嫌いが激しいから、個人の好きなように飲むのが合ってるよ」

「そうですか?ビールといえば万人に飲まれる皆大好きな気がしますよ。違います?」


 洗い物を終えたアロイスは小タオルで手を拭いて水気を取ると、カウンター側の椅子へ腰を休めてからそれに答えた。


「いやいや、ビールくらい難しい飲み物はないだろ」

「そうでしょうか?」

「お前な。『酒といえばビール!』っていう考えが固定化しているのは最悪なんだぞ」


 今日何度目か分からない溜息を吐いたアロイスは、太い腕を組んで酒の説明態勢に入る。


「まず根本的に炭酸が好きか嫌いかで分かれる。次に苦味。コーヒー等とは全く違うホップの独特の苦さも好き嫌いがある。それに白泡のふわりとした感触がダメだとか、味が無くてアルコール臭しかしないとか、細かく上げればキリがない。飲めない人にとって、駆け付け一杯なんてイメージがついたビールは悪魔の飲み物に見えるだろうよ」


 ビール党に言わせれば言い分があると思うが、アロイスの説明は分かりやすい。ヘンドラーは「確かに…」と呟く。


「だけどビールは凄い。お前、ビールってどういう歴史か知っているか?」

「ビールの歴史ですか?考えたこともなかったですけど……」

「普通の人はそうだろうな。なら教えてやる。ビールの歴史が始まったのは6,000年前まで遡るんだ」

「……6,000年前!?」


 ヘンドラーは声を上げた。6,000年前といえば、紀元前4,000年。古代時代、魔族と人間の戦争真っただ中じゃないか。


「考えてみろって。きっと、昔のビールは今のビールとは色も味も何もかも違うだろう。だけど俺らはビールって存在を6,000年前からずっと生活の糧にしてきた。何世代も時代を越してきた飲み物が目の前に在り続ける凄さったら感動するじゃないか」


 目を閉じてビールに思い馳せ語るアロイス。ヘンドラーは彼の話を聞いてビールの歴史にも驚いた事を勿論、ビール1つの存在に対しそこまで考えられるアロイスの姿のほうに「凄いですね…」と小声で言った。


「そうだ、ビールは凄いんだ。しかし歴史を紡いできた酒をお前は……」


 アロイスの言葉が変わる。ハっとしたにヘンドラーは気づき「待って下さい!」とアロイスの言葉を遮ろうとするも、その前に怒号は飛んだ。


「いつもいつもタダで飲もうっていうんだから良い気なもんだな!お前に感謝はしているけどな、少しは金を入れてくれてもいいんじゃないのか、おー!?」


 ヘンドラーは「ひぇぇ!」と耳を抑えた。


「分かりましたよ、今度は普通の客として来ますから!」

「何なら今日でもいいんだぞ!」

「あ、それはナシで……。というか、本音では次も開店時間前がいいですねー……」


 その言葉にアロイスの額に怒りマークが浮かんだ時。18時40分の指針が差したと同時に、店の扉が"がちゃり"と開いた。


「……ごめんなさい、遅れました!」


 慌てて入ってきた彼女は、肩まで伸びた煌びやかな銀色の髪の毛を揺らして赤茶掛かった大きな瞳は若干潤ませていた。

 身長は160cm前後、畑仕事で培った引き締まった身体には、お気に入りの猫の刺繍がされた可愛らしい桃色のエプロンを身に着けている。

 小ぶりだと気にする胸については、18歳を迎えて尚「まだまだ成長期だから!」と密かに言い続けているとかいないとか。


「おっ、ナナも来たか。しかし…別に遅刻はしてないぞ?」


 そんな彼女の名は『ナナ・ネーブル』といった。

 近所に祖母と二人暮らしの女の子で、アロイスがカントリー・タウンを訪れた際に会話を交わしたのをきっかけに、店の手伝いとして来て貰っていた。


「えっ、遅刻ですよ!いつもは18時30分までに入ってましたから……」


 よっぽど急いで来たのか肩で呼吸する彼女は、猫のピン止めでサイドに結った髪をゆらゆらと揺れるくらい苦しそうにしていて。


「そんな慌てなくても大丈夫だって。19時開店だから。ほら、まだ18時40分だし」

「いえ、仕込みのお手伝いとか、お掃除とか30分前にいないといけないと思ってて……」


 ……なんて真面目なのかと思う。

 そんな愛らしくなる子だからこそ、ナナは店がオープンして直ぐに人気者な看板娘と呼ばれるようになったのだと頷ける。すると、そんな様子を見たヘンドラーは軽く手を上げて言った。


「やぁ、ナナちゃんは真面目ですね」

「あっ、ヘンドラーさん!こんばんわ、いらっしゃいませ!」

「はいこんばんわ。良い挨拶です。その真面目さと元気の良さでこれからもアロイスさんを宜しくお願いしますね」


 横目でアロイスを見ながらわざとらしく言うヘンドラー。アロイスは「余計な世話だ」だと、虫を払うよう手のひらで"さっさと出ていけ"と促した。


「分かってますよ、開店前ですから出ていきますって。それじゃ……」


 ヘンドラーは「ご馳走様でした」と二人に頭を下げると、店の出入り口で「また来ますね」と言い残し店から出て行った。


「……やれやれ、やっと出て行ったか」


 安堵したようにアロイスが言うと、ナナは「面白い方ですよね」と言った。


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