番外:読み切り版『アロイスの酒場』(1)
【まえがき:一年目を迎えて】
一周年祭編を終えて、少しずれてしまいましたが、一年のご挨拶をさせて頂きたく思います。
『元最強冒険者が酒場を開いたら』
2018年3月17日より開始しました当物語を、一周年祭まで読んで頂けたということは、彼らの一年間分の物語に触れて頂けたということで大変うれしく思います。
ここまでご愛読を頂きましたことを、心より感謝申し上げます。
今回の更新分については、一周年ということで、私のHPにて掲載した読み切り版のものとなります。
本来ならば『一話完結』として公開したかったのですが、読み切り版は一話でありながらボリュームがあるため、複数回にて公開させて頂きたく思います。
それでは、どうぞお楽しみ頂ければと思います……。
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「世は冒険時代である!!」
―――英雄冒険家ヘルトの言葉。
かつて人間と魔族で起こった古代戦争。
現代にまで残り続ける遺跡群は、いつしかダンジョンと呼ばれるようになった。
失われた叡智と宝物が眠るダンジョンに人も魔族も「夢」を見た。
やがて、命を賭して戦い続ける夢の旅人たちを世界はこう呼んだ。
『冒険者』と。
舞台はドイツとポーランドの国境に連なるダンジョン国家、ウェスト・フィールズ領。
世界ダンジョン連合が制定した『ダンジョンの為の新国家』の一つである。
そしてウェストフィールズ領の小さな田舎町『カントリー・タウン』にそれは在った。
木造平屋建て、三角屋根の小さな酒場。
人ひとりが通れる狭い入り口脇に立て掛けられた看板には、店名"MOON&SUN"の文字が掘られている。
一見すればお洒落なバーかと思うが、扉を開けばお世辞にも綺麗とはいえないテーブル席と、狭いカウンター席。
……オマケに床はギシギシ軋む。
だが店内を見渡せば、賑わっている様子。
対応に追われる可愛い女子店員がホールを忙しそうに走り、カウンター席では主人と思わしき男が馴染みの客に料理を振るう。
ふと、馴染みの客と主人の会話に耳を傾けてみる。
「マスター、この店もいい感じになってきたんじゃないですか」
「まだ開店して一か月だぞ。まだまだ良い店も何もあったもんじゃないさ」
どうやらこの店はオープンして間もないらしい。
馴染みの客は一欠けらのチョコレートをウィスキーで流し込んだ後、笑いながら言った。
「いえいえ、それでも噂にはなってますよ。世界を斡旋する冒険団の"元エース"が開いた冒険者のための憩いの場!……ってね」
―――それ故に。
この酒場は開店一か月して、既に冒険者たちの間では話題となっていた。
店主がわざわざ考え抜いた"MOON&SUN"という店名など露知らず、冒険酒場と呼ばれて―――。
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年齢は今年で25歳。
身長は180センチ前後、黒の短髪。彫の深すぎない顔はどちらかといえば整ったほう。
いつも着用している白の半袖のワイシャツから覗かせる腕は太く隆々とし、浮き立つ胸筋はまさに鍛え抜かれた肉体。
……雰囲気は、ちょっとだけ怖い。
そんな彼の職業が、誰が『酒場の店主』だと信じるだろうか。
否、誰も信じないだろう。しかし本当のことなのだ。
店主の名は『アロイス・ミュール』、あくまでも"元"冒険者である。
元冒険者アロイス・ミュールの酒場は"MOON&SUN"。
ドイツとポーランドの国境に連なるダンジョン国家ウェストフィールズ領のカントリー・タウンという西の田舎町に在る。
木造平屋の三角屋根がちょっとお洒落風な小さなお店。
4人掛けのテーブル席が5つに、カウンター席が6つとやっぱり狭い。
だけど、お店に入って直ぐに見える酒棚のラックには、お酒が夢の数ほど煌びやかで溢れてる。
また、店内には元冒険者である事を誇示するかのように、狭いお店にデッカイ剣が店代表のオブジェクト。
店主のアロイス曰く「置く場所がなかったもんで」。
だが、そんな適当なお店でも、開店1ヵ月で賑わってるのはやっぱりアロイスという男に不思議とみんなが惹かれるから。
偉そう。怖い。だけどどこか温かい。
そんな店主アロイス・ミュールの酒場は19時開店だ。
……しかし。今の時間は18時を回った頃。
開店間近にアロイスは今日の料理分を仕込みながら、既に"ある客"を相手にしていた。
「アロイスさん、開店して1ヵ月……この店もいい感じになってきたじゃないですか」
カウンター席で、ウィスキーグラスを片手に酔っぱらったように口を開くのは『ヘンドラー』という男。
細目に丸眼鏡、不健康そうに痩せた肉体、長めの髪の毛。まるでアロイスとは対照的だが、実は彼はアロイスが信用できる数少ない友人の一人であった。
「ヘンドラー、お前な。タダ酒だからって飲み過ぎだぞ。そろそろ休めよ」
「有難うございます。ですが私はアロイスさんの料理と酒を愉しむのが今の一番の楽しみなんですよ」
「何が楽しみだ。恩に点け込み過ぎるなら、俺の怒りも頂点に達するぞ」
「それは勘弁して頂きたいですねぇ……」
意地でもタダ酒を飲みたいという。何たる図々しさ。だがヘンドラーという男は見た目に反し、商人としてはかなりやり手の貿易商人だった。何を隠そうこの店を開くよう促したのも彼なのだ。現に店も廃屋を利用することで安く済ませる算段もしてくれたし、何より貿易商人として世界各地の酒の手配までしてくれている。
「店を開けたのはお前のお蔭だ。感謝はしているし出来る限りのサービスはしているけどな、タダ酒を毎回やられちゃ堪らんわけだ」
彼が来店する度、それを自分の口癖から外してくれればもっと最高だとアロイスは毎度のことながら切に思い願う。
「ですから他の客に見られないよう私は出来るだけ"開店前"に来てあげてるじゃないですか?」
「そういう問題じゃねぇから。お前が飲んだタダ酒だけで何十万ゴールド分になってると思ってる」
深いため息が出る。それに対しヘンドラーは琥珀色のウィスキーの注がれた六角グラスを揺らしながら言った。
「そう言わないで下さいよ。開店の19時まで時間はありますし、もう少しだけ飲ませて下さいよ」
細い指で差した壁に掛けられた古時計の針は、長針短針がちょうど一本の直線を作り出していた。
「あと1時間もあるんじゃない。1時間しかない、だ。料理の仕込みだって、お前と話しながらじゃさっぱり進まん」
カウンター奥の小さなキッチンには、大きな鍋に煮込まれた肉や魚がグツグツと踊っている。開店1ヵ月で大鍋を準備する必要があることや、短期間で焦げの残るくらい使い込まれたフライパン、壁に飛び散った拭き落とせない油はそれなりの客入りをしている様子が伺えた。




