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GOOD LUCK!(1)

  【 2080年5月9日。】

 今日はピクニックに出かけたくなるような晴れ渡る青空だった。

 しかし、アロイスとナナは酒場経営について邁進すべく、店内に篭り、中央のテーブルに腰を下ろして料理や方針について話し合いに熱を燃やす。


「卵料理は外せないだろ。肉や魚料理も固定メニューに組み込みたいが、難しいな」

「肉のしょうが焼きなんかは簡単じゃないでしょうか?」

「おー、しょうが焼きか。確かに、簡単で良いかもしれないな」


 二人で出し合った案をノートに記載していく。


「あと、ねぎ塩を添えた焼肉料理とかはどうでしょうか」

「良いね。お酒に合うし、候補としてメモをしておこう」


 数日前、偽りの団の所為で元気の無かったナナ。だが、今は徐々に元気を取り戻してきたようだ。

 ……すると、二人が会議をしているさ中、酒場の玄関に声が響いた。

 

「こんちわーっ」


 ガチャリ。

 店の扉が開かれ、見知らぬ来客がやってきた。

 一瞬、また誰かが問題でも起こしにやってきたんじゃないかとアロイスはギクリとしたが、そこに立っていたのは、ターバンを頭に巻いた端麗な顔立ちの若い青年だった。


「おや、お客さんかな。店は夜からなんだ」


 中央のテーブルに腰を下ろしたまま、アロイスは呼び掛ける。

 が、ターバンを巻いた青年は「違うんです」と手を振って言った。


「私はセントラルのヘンドラー社の者です」

「何っ。ヘンドラー社だって?」


 立ち上がったアロイスは、いそいそと青年に近づく。


「はい。私はマイルと言います。ヘンドラー社長から依頼され、食材の納品に参りました」

「食材って……ああ。そういえば約束をしていたな。どこにあるんだ? 」

「外に置いてあります。ご覧になって下さい」

「ん、分かった。……ナナも来てくれ」


 ナナも「はい」と言って立ち上がると、アロイスと共に外に出た。


 するとそこには、いっぱいの食材や調味料が山積みにされた圧巻の光景が。

 魔石駆動による小型冷蔵庫まで設置されていて、どうやら生鮮食品まで用意されているようだった。


「何だこりゃ……。これ、全部ヘンドラーが準備したのか……」

「す、凄い!ヘンドラーさんが用意してくれたんですか?」


 二人が揃ってマイルに尋ねると、彼は「はい」と答えて、懐から一枚の封筒を取り出した。


「こちら社長より預かっております」


 封筒を手渡されたアロイスは、洒落たヘンドラー社のロゴが入った蝋印を割って中身を見る。そこには一枚の手紙がに、短めの文章で達筆に書かれていた。


「えーと、なになに……」


 手紙内容は丁寧語で書かれていたが、脳内で、ヘンドラーの独特なイントネーションで再生された。


 『 a beloved friend アロイス 』

 もう、開店した頃やろ。約束通り食材を届けさせて貰うわ。

 開店したてでは客が来なかったり、なんか嫌なことがあるかもしれへんけど、余計に食材詰めとくから旨いモン食って元気出せや。あと、ナナちゃんに宜しくー!

 『ヘンドラー・アップサイド』


(あ、あいつ……)


 実はどこかで隠れて経営でも見張ってるんじゃないか。

 短文ながら、完璧過ぎる言葉、ナナを重んじたピッタリのタイミング。

 実際、ナナは今まで見たことのないような山積みになった食料を前にして「うわぁ~」と喜び、満面の笑みを見せていた。


(スゲー笑ってるよ。参った、ヘンドラーに一本取られた気分だ)


 自分にも言える事だが、アイツは気ままで自分勝手だ。それでも商いについては、奴は自分が知る限り天下一品の腕前を持っていると思っていた。それを、今回の手紙で再認識させられちまった。


「こういう時、アイツには頭が上がらないんだよな。これを届けてくれたマイルさんも、ご苦労様でした」


 簡単なお礼を伝え、会釈する。

 マイルも「いえいえ」と小さく頭を下げた。


「それでは、お荷物は全て中に運ぶ感じで宜しいでしょうか」

「うん、頼みます。俺らも手伝うんで、キッチン近くまで運んで頂ければ、あとは自分たちで整理します」

「分かりました。それでは」


 早速マイルは積荷を丁寧に降ろし、ナナやアロイスと荷物を運び始めた。アロイスは重量ある荷物を片腕で運びつつ、リヤカー脇にあった納品リストを手にとって目を通す。


(生鮮食品は肉、魚、果物と野菜。加工品は、缶詰や乾物、酒。調味料は砂糖や湖沼、各種ソース……)


 大体、必要なものは揃っていそうだ。

 かなりの量があるが、一部生鮮を除いて地下に運べば日持ちもするだろうし問題はなさそうだ。


「……と、おやっ」


 ふと、アロイスはそれに気づいて足を止めた。突然止まった背中に、後ろを歩いていたナナが「ふにゃっ」とぶつかった。


「あっ、すまん。大丈夫か?」

「こちらこそゴメンなさい、大丈夫です。急に立ち止まって、どうかしたんですか?」

「ああ、ちょっと納品リストで気になったことがあってな」


 片手に持っていた、調味料の入った箱を床に置く。ナナもその場で荷物を置いて、アロイスの持っていた納品リストを背伸びして覗き込んだ。


「何が気になったんです?」

「うん……調味料リストに塩が無いんだ。他の調味料は一通り揃っているってのに」

「忘れたんでしょうか」

「いや、塩なんて重要な調味料を忘れる筈が無い。アイツの事だからなぁ……わざとだろ」


 何が目的で塩を入れていないのかは知らないが、別に塩くらい普通に市販物を使えば良いだろうし、客に差し入れして貰ったものもある。


「ま、塩くらいどうとでもなるし関係ないな。さっさと荷物を運んでしまうか」

「そうですねっ」


 二人は再び荷物を持ち、次々と店内に運ぶ。

 それから10分後、ようやく全ての荷物を降ろし終えて、マイルも含めた三人は「ふぅー」と一息ついた。


「一通り運ぶのだけは終わったかな。ナナもマイルさんもご苦労様。冷蔵品は俺が仕舞っちゃうから、その間に二人は休んでいてくれ。簡単なノンアルコールカクテルを作るから、飲んでいてくれるかな」


 アロイスが言うと、二人は「お言葉に甘えます」と、カウンター席に腰を下ろした。


「よし。じゃ、スッキリするカクテルを作るから待っててくれ」


 キッチンに立ったアロイスが取り出したグラスは、少し大きめのコリンズグラス。

 また、今回運んできてくれた素材から、ミントの葉、ライム、蜂蜜、サイダー水に、ゴツゴツしたロック・アイスらを準備した。


 まず、ミントの葉と輪切りしたライムをグラスに放り込む。次にソーダ水、蜂蜜をグラスの1/5程注いだら、『ペストル』と呼ばれる先端にギザギザ樹脂が付いた縦長の金属器具を用いて、ミントとライムを潰していく。

 混ざり合った所で、ロック・アイスを投入。その上から更にソーダ水をグラスの7割くらいまで注いだ後、蜂蜜を適量垂らして軽く混ぜる。

 ついでに、輪切りしたライムに切れ込みを入れてグラスの淵に立てる。しっかりと形の残っているミントの葉もカクテル表面に浮かべた所で、それは完成した。


「ヴァージン・モヒート、お待たせしました。ライムの香りと、ピリっとした炭酸の爽やかな風味を感じながら、蜂蜜の甘さをいっぱいに堪能出来る一品です」


 見た目も涼やかで、話を聞くだけで美味しそうだ。

 二人は、瑞々しく清涼した水面を煽ぐ。グビリと喉を鳴らしてそれを流し込めば、口いっぱいに爽快感と甘さが滑らかに広がった。


「あ、美味しいっ♪」

「わっ、凄く美味しい……」


 仕事の合間、甘くスッキリする味に全身が休まる。

 二人は満足そうな表情を浮かべてヴァージン・モヒートを一気に飲み干したのだった。


「仕事で運んできただけなのに、こんな美味しい飲み物をご用意して頂けるなんて。有難うございました」


 マイルは頭を下げた。


「ああ、良いよ良いよ。ヘンドラーにも宜しく言っといてくれな」

「お任せください。……ところで、先ほど荷物を運んでいる最中に、塩がないとか仰ってませんでしたか」


 おっと、聞かれていたか。

 アロイスは、砂糖や胡椒など基本的な調味料はあったのだが、塩だけが見当たらなかった事を伝えた。


「えっ、塩が無かったんですか」

「アイツの事だから忘れるわけはないんだろうが、不思議だな。わざとな気もするが」

「どうでしょうか。最近も多忙でしたし、忘れてしまったのかもしれません」

「うむ……まぁ疲労で忘れてしまう事もあるな。しかし塩くらい安く買えるし構わんよ」


 ハハハ、と笑うアロイス。

 だがマイルは「うーん」と考え込んだ。


「どうした? 」

「いえ、あのヘンドラーさんが塩を入れ忘れるなんて有り得るかなと」

「確かに中々珍しい話ではあると思うが」

「……あっ、待てよ」


マイルは「そういえば」と、思い出したように言った。


「塩といえば、このカントリータウンの一帯の地下鉱脈には豊富な岩塩が眠っていた筈です」

「……何。本当か?」


 ピクリ。アロイスは反応した。


「ご存知なかったですか。この一帯では良質な岩塩が採れるんですよ。もしかするとヘンドラー社長は、良質な塩をカントリータウン周辺で入手出来るという理由でわざと納品しなかったのかもしれません」


 その台詞ちょっと……待てよ。

 そういえば店を開く前に、ヘンドラーは地元の名物を活かして酒場経営をしていこうか、なんて言っていた気もする。


「まさかヘンドラーの奴、入れ忘れたんじゃなくて、それを言い忘れたって事か」

「はい。十分に有り得ると思います」


 なるほど、それなら辻褄が合う。どうするか。塩を入れなかった理由を電信機でヘンドラーに聞いてみるか。いや、わざわざ塩くらいで連絡するのも迷惑だろうし。


「そしたら……ナナ」


 本当に塩が有名なのだろうか。地元ネタといえば、ナナに聞いてみたほうが早い。


「はい、何でしょうか」

「この辺で岩塩が採れる場所って、聞いた事があるか?」

「えー……。お話を聞いていて、考えていたんですけど……」


 人差し指を下唇に当てて、首を傾げながら言う。


「カントリータウンで塩が名産品だって聞いたこと無いんですよね」

「む、そうなのか?」

「山菜やキノコは、たくさん採れますけど……。後は農業で小麦なんかが有名なくらいで」

「てことは、塩はあまり聞いた事無いってことか」

「そうなります。山奥でブドウを栽培してるって話も聞いた事はありますけど」


 長年住んでいる彼女が知らないということは、カントリータウンにおいて決して塩が有名というわけじゃないのだろうか。しかしヘンドラーの部下であるマイルが言っているのに、虚の情報であるという事も考え難い。


「マイルさん。地元に住んでいるナナが知らないらしいんだが、どの辺で塩が採れるか知ってるかい」

「……すみません。そこまでは。一帯で採れると話を聞いたことがあるくらいで」


 ナナは知らないと言うが、一流の商人は採れる話を聞いた事があるという。

 その観点から考えられる可能性といえば、答えは一つ。


「もしかして、冒険者によって卸されているのか」


 呟くように吐いた台詞にマイルは「そうかもしれません」と、即座に反応した。


「確かにダンジョンで採集される塩なら、一般の販売ルートに上がり難いです」

「やっぱりそうか? 」


 ダンジョンにおける産出品というのは、ほとんど採掘した冒険者が所属する冒険団を通じたルートを通って売買されるため、一般的な流通とは異なるルートを通うという特徴があった。


「それなら地元の冒険者なんかに聞いたほうが早いな。後で町に出て聞いてみるか」

「ええ、それが宜しいかと思います」


 マイルは頷いて言うと、ゆらりと席を立ち上がる。


「では、そろそろセントラルに帰ろうと思います。ご馳走様でした」

「あいよっ。ヘンドラーに宜しく言っといてくれ」

「はい。あと、食材が切れた頃に定期的に食材は運ばせて頂きますね」

「分かった、適当に待っているよ」


 片手を挙げたアロイスに、マイルは頭を下げる。

 ナナも「有難うございました」と言うと、マイルは扉の前でも一礼し、店を出て行った。


「……うむ、マイルさんも帰ったか。それじゃ、荷物の整理をしちゃおうか」

「そうですね。かなりの量がありますし」

「俺は冷蔵品を仕分けるよ。地下室に置いて来ないといけないものもあるからな」

「分かりました。それじゃ私は調味料や加工物を分けておきます」


 二人は担当を別れ、仕分けを始める。

 セントラルから運ばれてきた食材はかなりの量があったが、二人はスピーディな手捌きで、本来1時間も掛かるであろう作業を僅か30分で終わらせる事が出来たのだった。


「こっちは全部終わりました」

「ふぅ。こっちも終わったぞ。ご苦労様。少し休もうか」

「はいっ」


 食材や調味料を仕舞い終えた二人は、店内の中央テーブルに対面同士で腰を下ろした。アロイスは天井を見上げ、「ふわーあ」と大きな欠伸をした。


「とりあえず食料や調味料は確保出来たな」

「そうですね。今日、これから新しいメニューでも考えますか?」

「んー……」


 アロイスは天井を見上げたまま腕を組み、考えた。


(それも悪くないんだが、食料が多めに届いた理由はヘンドラ―の厚意だからな。折角だし、ナナに美味しいものでも食べて貰おうか……)


 そうだな。手紙にあった通り、嫌な経験をしてしまったナナに元気を出して貰うため腕を振るおう。

 指をパチンと鳴らして椅子から立ち上がって、

「ナナ。今だけお客さんになってくれないか?」

 と、伝えた。


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