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罪深き偽り(4)


 三人は床に転がって、のた打ち回った。一方でアロイスはそれを涼しい顔で見下ろしていて、ナナは近づきすぎないようアロイスの背中に隠れつつ、彼らの様子に「一体どうしたんですか」と訊いた。


「はっはっは、激辛の火を噴くカクテルを飲ませたんだ」


 乾いた笑いをしながら答えた。


「げ、激辛のカクテルって。そんなのあるんですか? 」

「あるぞ。通称『ブラッディメアリー』。本来は辛味がアクセントの旨いカクテルなんだが……」


 ニンマリと笑う。


「アクセント程度に留めたのは俺のカクテルだけだ。奴らのカクテルには、本来投入するべき甘味材料は混ぜないで、辛味だけで作ったんだ。丁度良いソースも用意していたわけだし」


 ブラッディメアリーは、その名の通り『血濡られたメアリー』、という意味を持つ。

 

 使われる素材は基本的に3つ。

 ウォッカ、トマトジュース、ペッパー等の辛味調味料である。


 そのため、出来上がりは恐ろしくは赤く染まった血のような見た目になる。

 しかしアロイスが説明した通り、辛味はあくまでもアクセントとして利用するカクテルであって、パンチは効いているが、床を転がるほどの強さはない。


 ところが、今回はウォッカ・ベースということを利用してアルコール純度を極端に引き上げたうえ、トマトジュースを少量にチリ・ソースで色染めし、ペッパーやタバスコまで許容範囲を越えるくらいにステアしたものだった。当然それを一気に流し込んだ三人の器官はズタボロになるわけだ。


「デメェ、何を…じやがっだ……!」


 辛さを通り越して、熱気。熱さを越して、痛み。激痛を伴った三人の顔は、燃え上がるように真っ赤になっていた。


「何をしやがったって、お仕置きだ」

「お、お仕置きだど……」


 他二人が完全に呼吸困難寸前に陥っている中、長剣だけは『カシラ』の意地か、言葉にならない声でアロイスに訴えかける。それを見下ろすアロイスは、冷たい声で言った。


「覚えとけ。冒険団クロイツのメンバーは、自らをクロイツの人間だと必要最低限以外は名乗ったりしない。何故なら、自らの行動に責任を持つという事を常に意識しているからだ」


 彼らが偽者であることくらい、その態度で分かっていた。もし本当にクロイツの人間だったとしても、それらは決して許される行為ではない。偽りだろうと、本物だろうと、その戒めの考えは、ここで断たねばならないだろう。


「……終わったな。後はしばらく動けないはずだがー……」


 と、三人が完全にノックアウトした時。

 コンコンッ、と店の扉を叩く音が聞こえた。


「ん……どうぞ」


 誰か、このタイミングで客でも来たのだろうか。アロイスが入って下さいと言うと、開かれた扉に立っていたのは、軍服のような黒の制服と制帽を被った『警衛隊』の二名だった。


「警衛隊……」


 警衛隊の二名は、アロイスを見るやいなや、右腕を自らの肩の高さと同位置で突き出して拳を握り締め、そのまま左肩を叩き音を鳴らした敬礼ポーズを取った。


「アロイス殿のお店ですね。此方に、怪しい三人組が向かったとご報告がありまして。ご無事でしょうか、怪しい客などは見かけておりませんか!」


 警衛隊の台詞に、アロイスは「なるほど」と言って、彼らの位置から見えやすいようテーブルをどかし、床に転がる三人を指差した。


「こいつらですね。うちの店で散々暴れて困りましたよ。警衛隊に連れて行こうかなと思っていたところでした」


 三人は未だに舌を出し、悶え苦しんでいた。その様子に警衛隊の二人は驚いたが、直ぐに話に聞いていた通りの容姿だと確認して、床で這い蹲る三人の腕に手錠を掛けた。


「……と、警衛隊さん。これ、そいつらから代金として貰ったんですけど、本来の持ち主に届けて下さいますか」


 アロイスは奴らから渡されていた、血に塗れた財布を渡した。


「中身は見てないので良く分かりませんが、恐らくはそいつらが誰かから奪ったものかと」

「おぉっ、ご協力感謝します。……しかし彼らを黙らせるとは、聞きしに勝る腕の持ち主のようですね」


 隊員は警帽のつばを指先で挟んで、会釈して言う。


「いえいえ、ただの酒場経営者ですよ」

「はは、ご謙遜を。これで悪者退治は二度目ですからね。アロイス殿は警衛隊のほうが向いていらっしゃるのではないですか」

「そんな事は無いですって。たまたまですよ」


 腕っ節だけなら現役以上、恐らくは世界最高峰である事は揺ぎ無いだろう。だが今は最高峰の憩いの場を目指す、しがない酒場主人なのだ。


「たまたまだとしても、二度も手柄を取られてしまっては我々の立場も危ういですね。もっとアロイス殿や町民たちが安心できるよう尽力して参ります。では、そのうち非番の日にはお店にも客として顔出ししますので、その時にでも」


 隊員は、ドンッ、と鳴らす敬礼ポーズを取ると、捕縛した三人と共に外へと出て行った。

 残されたアロイスとナナは少し間を置いて、ようやく落ち着いた事に「はぁーあ」と深い不快な溜息を吐いて、互いに近くの椅子に腰を下ろした。


「何だか疲れたな。無事に捕まって良かったけども……」

「そうですね……」


 床は奴らの飲みカスによって赤く染まり、開店までに掃除をして色落としをしなければいけない。全く、余計な仕事を増やしてくれる。


「……はぁ。掃除するか」


 アロイスは重い腰を上げ、キッチンに在る雑巾を取りにいこうとした。と、その背中にツンッ、と何かが触れた。


「ん……」


 何だろうか、首だけ動かして背後を見る。そこには、人差し指と親指で服を摘み、俯くナナの姿があった。


「……っ」


 彼女は言い知れぬ雰囲気で沈黙したまま動かない。


「ナナ……」


 彼女は言葉を発さなかった。

 ……分かっている。彼女の気持ちくらい。

 気丈に振舞っていても恐怖に怯えていたことや、二人きりになって緊張の糸が解れたこと。

 

「何か力になれることがあるか」


 アロイスが言う。

 ナナは、

「少しだけこのまま……」

 と、息を吐くように答えた。


 静けさに満ちる店内。聴こえて来るのは、外の雨音ばかりだ。


「次は、あんな思いはさせないからな」

「……はい」


 未だ、雨が止む気配はない。

 だけど、きっと明日には晴れるだろう。


 きっと、晴れるだろう。

 

…………



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