ハッピー・ハーピー(15)
「驚かれますよね。今日の作ったカクテルは、全てがバード……鳥の名を持つんです」
アロイスが言うと、父親は信じられないような表情で、返事をする。
「ほ、本当に驚きですよ。こんなに我々と縁があるようなカクテルがあるなんて……」
「そうですね。でも、カクテルという歴史を考えれば、珍しい事では無いんですよ」
「どういう意味です? 」
「そもそも、鳥とは天高く飛翔する自由の象徴ですから」
カクテルにつけられる名称は、何かしら意味合いを持つものが多い。
その中で、空を自由に翔ける存在である鳥は、カクテルの名に使われるのは当然ともいえる。
「だけど、それ以前の話として」
アロイスは、意味合いの話の前に、もう一点付け加える。
「実は、カクテルの起源とされてる一つに、人間と鳥人族との歴史があるんです」
「……鳥人族との歴史? 」
父親だけでなく、全員がアロイスの話に食い入った。
「はい。カクテルの起源は諸説あり、木の名前に由来するとか、王族に関するものだとか沢山あります。ですが、私は鳥人族と人間が婚約の儀で交わされたという説が大好きでして」
アロイスは、バー・スプーンを右手に摘まんで、それを見せながら説明する。
「その昔、人間の男と鳥人族が愛を誓った事があったそうです。ふつう、鳥人族同士の婚約の儀では、男女の尾羽一枚を交換して、それをグラスに差してお酒を飲み交わしますよね。けど、人間には尾羽はありませんから、男は腕利きの工芸師に鳥の尾羽に似せた物を作ってくれと依頼し、それを交換したそうです。ですが、工芸師の間違いで、鳥人族のような美しい一枚羽ではなく、ニワトリの尾っぽを作ってしまったんです」
鶏の尾。それ即ち『コックス・テイル』であった。
「それでも、男は鳥人族に受け入れられ、男とお嫁さんは無事に結ばれました。その時、コックステイルを模した工芸品でお酒を飲み交わしたそうですが、それでお酒を混ぜた事が『コックステイル』より捩られ、いつしかカクテル、という名で残っているそうです」
そしてアロイスは喋りながら、自分の分としてあるカクテルを作り、高々と掲げた。
黄色くとろんだドリンクが揺れるそれからは、レアと同じフルーティな香りが漂っている。
「これはバナナ・バードというカクテルです。少し甘めですが、あとは私の知識で知り得る『鳥』に関するカクテルはこれでお終いですので、これで乾杯させてください」
アロイスが言うと、全員グラスを持つ。レアも見様見真似で、グラスを持ち上げた。
「皆さんの幸せに乾杯させてください。……乾杯っ」
「乾杯ッ! 」
全員の声が揃い、乾杯の声が店内に響き渡った。
その後で一口ずつカクテルを飲むと、アロイスはレアに向かって言った。
「レア。鳥人族と人間の深い関わり合いがあったように、俺もレアとは離れ離れになっても、ずっとずっと想ってる。遠く離れても、困った事があったらいつでも来てほしい。いつでも遊びに来てほしい。いつ、何処にいても、俺はお前を大事に想っているよ」
アロイスはそう言うが、やはり別れが寂しいレアは「うん……」と、元気無く返事した。
そこで、父親はレアの背中を軽く押す。
「レア。良いんだ。お父さんに遠慮しないで。……アロイスさんは、レアのパパなんだろう」
「えっ……」
「良いんだ。そうですよね、アロイスさん。勝手に呼んでしまい申し訳ありませんが……」
父親はウィンクした。アロイスは静かに頷き、レアに言った。
「ああ。レア、パパに抱っこするか? 」
アロイスは両腕を拡げると、ウアは「うんっ! 」と明るく返事した。
早速アロイスはキッチンから出て、レアをいっぱいに抱き締める。レアも翼でアロイスにギュっと抱きつくが、明るく笑顔だった表情はみるみる崩れ、涙を零し始める。
「パパ……。やっぱり、さみしい……。バイバイ、やだよお……」
「レアは、大事な家族だ。愛してるよ」
「……っ」
「ほら、ママにも挨拶をしてあげてくれるか」
「ママ……」
レアは、今度はナナに抱きつく。ナナは優しさに満ちた表情で温かく抱き締め、レアの頭をゆっくりと撫でて、言った。
「レアちゃん、私も愛してる。大好きだからね……」
「うん。ママ、レアもだいすき……っ」
ひとしきりの別れの挨拶。レアは辛い感情に涙を流しながらも、本当の両親の前に自分の足で戻ると、二人に言った。
「パパ、ママ……。レアね、パパとママのこと、だいすき……。ずっとずっと、だいすきだもん……。ほんとうだもん……」
アロイスとナナは二人で「待ってるよ」と、笑顔で答えた。
「ああ。楽しみに待ってるぞ」
「うんっ……! 」
たまたま出会った鳥人のハーピー族の子供。
紆余曲折したが、最後に家族と会えた事はレアにとって本当に良かったと思う。
しかし、アロイスにとっては一瞬でも彼女を辛い目に合わせてしまった自分の選択を未だに悔やんでいた。それでもレアが別れる瞬間に自分たちと居て幸せだったと感じたのなら、救われた気がした。
―――……そして、別れの時が訪れる。




