ハッピー・ハーピー(12)
「―――レア。レアなの? 」
受話器の向こう側から、大人びた女性の声が聴こえた。
「う、うん。レア……だよ……」
「本当にレアなのね。ああ、本当に生きててくれたのね! 」
「うん。うんっ……」
レアは最初、たどたどしいように会話をしていたが、話を重ねるうちに繰り返される母親の愛情の籠った言葉に、徐々に心を許していった。その後、父親とも喋り、「アロイスさんに代わてくれるかな」とお願いされると、レアはアロイスに受話器を渡した。
「はい、アロイスです」
「初めまして、自分はニアと言います。レアの事、助けて頂いて有難うございました」
凛々しい男性の声。言わずもがな、レアの父親だろう。
「とんでもありません。偶然とはいえ、命を救えて良かったと思います」
「本当は妻にも挨拶させたいのですが、ちょっとそんな状況じゃないようで……」
「ははは、気にしないで下さい。奥さんの嬉しい声は聞こえていますよ」
ニアの傍からは、女性のすすり泣く声がずっと聴こえていた。娘が見つかったことに、涙を抑えることが出来ないのだろう。
「いやいや、お恥ずかしい。……といっても、自分も他人の手前しっかりしないといけないと思い、我慢しているんですけどね」
ニアは、少し涙声で、鼻をズズッと吸った。遠い場所にいる彼らの喜ぶ顔が、アロイスはまざまざと浮かんだ。
「いえいえ、娘が見つかって嬉しいのは当然の事です」
「そう言って貰えると嬉しいです。ところで、自分たちがそちらに伺う日取りなんですが」
「ええ。此方としては、いつでも構いません」
「直ぐにでも出発したいと思いますので、3日後にカントリータウンには着くと思います」
「分かりました。それでは、えーと……」
アロイスは、目立つ場所と考えた時、町中よりも自分の酒場を選ぶ。
カントリータウン東部にある林道の先、丘に挟まれた一件の店に来て下さい、と。
「鳥人族さんなら、飛翔して探せるでしょうし、高い位置から見て目立つ場所のほうが良いでしょう」
「それはありがたい話です。分かりました。時間ですが、午後過ぎには伺えると思います」
「それで構いません。それでは、お待ちしております」
「よろしくお願い致します」
「こちらこそ」
アロイスと父親は受話器越しに軽く会釈すると、ガチャリと電信機を切った。
取り敢えず両親との再会にこぎつけた形だが、当の本人に目をやると、何故か床でうずくまって、小さくなっていた。
「……レア」
「っ! 」
アロイスが名前を呼ぶと、レアは、びくっ! と震える。
どうして、親が見つかったんこにそんな反応をするのか。……答えは分かりきっている。本当の両親が会いに来ることも緊張しているだろうが、それ以上に、パパとママと呼び続けたアロイスやナナ、愛情をくれた祖母に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだ。
「レア、大丈夫だ。気にすることはないよ」
「……ぱぱ」
「まだパパって呼んでくれるのか。有難う、嬉しいよ」
「だって、パパは……パパだもん。ママも、おばーちゃんも……」
「分かってる。俺らは、レアの事を大事な家族だって言っただろ」
アロイスはレアの前で、どすんっ、と腰を下ろして胡坐を組み、太ももを叩いて座るように言った。レアは小さく頷くと、アロイスの胡坐にトスン、と腰を下ろした。
「よし、良い子だ。……それじゃあ、俺から言いたいことがある」
「な、なに……? 」
「本心を言うぞ。俺はレアと本当に家族になれたって思った矢先だから、寂しいよ」
「えっ……。じゃ、じゃあ! 」
レアは振り返り、アロイスの顔を見つめた。しかし、アロイスは首を横に振って、レアの頭を撫でて、言った。
「だけど、お前のことを誰よりも心配してた血の分けた両親がいる。帰るべき場所が見つかったんだ」
「そ、そうだけど……レアが、今のパパと一緒にいたいって言っても……? 」
子供の高い声は、それでいて寂し気なのに、心を疼かせる台詞に、アロイス、ナナ、祖母の気持ちが揺れる。でも、決してその願いを叶えるべきではない。
「……そうだなあ、レアがそう思ってくれるのは嬉しいよ。だけどな、レア」
アロイスは、レアに優しく語りかけた。
「まず、レアに会いたいと思った両親に会ってみるんだ。そして、俺たちは、どうあってもレアのことは、とっても大事で大切な家族だと思ってる。世界中のどこに居ようとも、何があろうともだ。これだけは、覚えといてくれるか」
アロイスが言うと、レアは「うん……」と答えた。
ただ、彼女の足のかぎ爪はググッとアロイスのふくらはぎに突き刺さり、じんわりと痛ませていた。
アロイスはそれについては何も言わず、ふと、レアの頭をぽんっ、と右手を優しく乗せて、言った。
「……よし。じゃあレア、今日から少しだけパパの仕事はちょっと休みにするぞ。一緒に町に出て、いっぱい遊んでみるか!? 森の中で、追いかけっこでもいいぞ! 」
アロイスは、声色高くして叫ぶ。
レアは「……うん、遊ぶ! 」と、アロイスと同じように高々と返事をしたが、当然レアは全てを分かっていた。
(パパ……。ありがとう……っ)
この遊ぶ時間が、共に家族として過ごす最後の時間になる事を、全て。
……そして、アロイスや、ナナ、祖母と共にいっぱい遊んだレア。
何より楽しく濃厚な時間を堪能を過ごすことが出来ただろう。
だが、気づけば、まるで流れ星のように一瞬のうちに時間は過ぎ去った。
あっという間に、3日後。
約束の日を迎えることになった。
祖母と涙の別れを済ませたレアは、アロイスとナナに連れられ、酒場へと訪れる……。
………
…




