罪深き偽り(2)
金はある。さっさと酒を用意しろ。
長剣の男は、懐からビショビショに塗れた財布をアロイスに投げつけて言った。
「あのな、金の問題じゃなくて……」
横暴な奴らだ。そもそも金の問題じゃない。溜息を吐きながら、床に落ちた財布を拾うと、ベタッとした触感に、手のひらを見ると、それは赤い血に濡れていた。
(こいつら……)
風貌から分かる通りだったか。ろくなやつらじゃない。
……どうするべきか。
(あまり宜しい状況ではないな。ここは力づくでも帰って貰うべきか……)
どうやって店から追い出してやろうか。
そんな事を考えていると、ナナが三人分の大きいタオルを持って三人のもとに近づいた。
「そんなに濡れてたら風邪引いちゃいます。これ、使ってください」
この瞬間だけ、彼女の優しさがいっぱいに光った。当然、持て成された人らは彼女の優しさと笑顔に堪らなく嬉しくなるだろう。
……彼らが普通の客だったならば。
「……えっ!?」
しかし、あろうことか長剣の男は、タオルを受け取らず、それを渡そうと伸ばした彼女の手を握り、自分に抱き寄せた。
「な、なんですか!?」
「可愛いじゃん。お前、俺らの酒の相手しろよ」
長剣の男は不適に笑い、抱き寄せたナナの腹部を片手で弄りつつ、エプロンと服の隙間から手を入れようとした。
「やっ……!」
「へへっ、動くなって。店主も動くんじゃねぇぞ!」
かなり慣れた手つき。恐らくは、こんな事ばかり繰り返していたに違いない。
だが幾ら犯罪を繰り返し慣れている三人でも、不運だったのは、ここが、
『アロイス・ミュールの酒場』
だった、ということだ。
「……その手をどうするつもりだ」
彼女を辱めようとした手を、アロイスはすかさず握り、動きを止めさせた。
長剣の男は「あん!?」とアロイスを睨むが、その一瞬のうち、彼の即頭部にビキリと血管が浮き立ち、悶えた表情を浮かべた。
「う、うおっ!?」
「その手を離せ。それとも、このまま……」
「ち、ちょっ……」
アロイスは、掴んだ男の腕を握りつぶさない程度の握力で絞めていた。あまりの激痛に、男の額からは濡れた雨雫とは違う、発汗による雫がタラタラと流れ始める。
「……ッ!」
このままでは潰されてしまう。
男は「分かった……」と言って彼女から手を離すと、ナナは急いで逃げ、アロイスに抱きついた。
「アロイスさんっ……」
「怖い思いをさせたな。すまない」
アロイスは男から手を離すと、少しを距離を置き、ナナの背中に優しく手を回して守るように抱きしめた。
「いって……。く、くそが……」
一方、長剣の男は握り潰されかけた手を押さえながら立ち上がる。他二人も併せて立ち上がり、所持していた武器を取り出し、二人に向けた。
「アロイスさん、あの人たち……!」
「大丈夫だ。俺の腕ん中で安心しておけ。俺は強いんだぞ、なっ」
力強い言葉。ナナはアロイスの言葉にこれ以上ない強い安心感を覚え、その身を委ねることが出来た。しかし、アロイスの安心をさせる体に宿った怒りは耐え難く、その瞳は三人を睨んでいた。
「何だテメェ、その目は……」
槍と槌の男はアロイスに近づこうとするが、腕を潰された長剣は一番の憤りを感じていても、自分の気持ちと、その二人を抑えた。
「どうした、何故止める!」
「あんな店主一人、簡単に打っ飛ばせるだろ!」
憤慨する二人だが、長剣は「止めろ……」と、痛み走る腕を嫌でも感じながら、必死に仲間を抑えた。
(あ、あのままだったら俺の腕は潰されていた。野郎……。だけどな……)
幾ら店主が強かろうと、あの名を出せば戦慄するに違いない。
長剣はアロイスを掌握してやろうと、彼らがいつも繰り返してきた決まり文句を口にするが、それによって更にアロイスの怒りを買ってしまうとは思いもしなかった。
「お、おい店主。お前、俺らが誰か知ってそんな態度を取ってるんだろうな……」
潰され掛けた腕とは逆の腕で、店主を指差して言う。
アロイスは「ほう、誰だというんだ」と尋ねると、長剣は言った。
「俺らはクロイツ冒険団だぞ!世界一になったクロイツ冒険団に喧嘩を売るっつーんだな!」
それを聞いたナナは、ハッとしてアロイスの顔を見上げる。アロイスの顔は比較的穏やかだった。だが、どこかその静けさが不気味で。
「……ナナ。ちょっとだけキッチン側に立っていてくれるか」
抱きしめていた手を離し、キッチン側に向かわせる。
長剣以外の二人が「何を勝手にやっている!」と怒鳴りつけるも、ナナがキッチンに避難したところでアロイスは口を開いた。
「何を、勝手にやっている……というのは此方の台詞だ」
三人に強い眼差しを利かせて言う。
「ンだ、コラ……」
アロイスの強気な態度に、槌の男は打って出ようとするが、アロイスは言った。
「お前らは『どこの』クロイツ冒険団だ。言ってみろ」
……と。




