番外:ブラン冒険譚(7)
「そうじゃなくて、もしかしてと思いますけど、ツインとかダブルとかって話は、一緒の部屋ってことですよね」
ブランは若干ニヤける口元を隠して言う。
リーフは「そうッスよ! 」と、頷いた。
「お、俺とリーフさんが一緒の部屋、ですか。冗談じゃなくて、本当に」
「基本的に一緒の部屋でいいかなーって思ってたッスけど、やっぱり嫌ッスかね」
「い、いや。いやいやいや、俺は全然嫌じゃないです! むしろ一緒の部屋でお願いします!! 」
「そう言って貰えると嬉しいッス♪ それじゃ、ツインで連泊で申請するッス」
リーフが言うと、受付の男性は頭を下げて「畏まりました」と答えた。
早速、宿泊用紙を持ってきてリーフはサインをしたりするが、その脇でブランは心臓の高鳴りが止まらなかった。
(な、ななな、何ィ!? 本当に俺がリーフさんと一緒の部屋……。こ、ここ、これは一生の思い出にするしかない。目に焼き付けておくんだ、色々と! こんな事、一生にあるか無いかの奇跡だろォ!! )
幸運の重ね塗りに、もはや地に足がついていないような状態に陥る。だが、これは現実であると、自分に何度も言い聞かせた。
(落ち着け俺、落ち着くんだ。今、俺にはあらゆる好機が巡ってきてる。だから、しっかりと気持ちを保って、リーフさんやアロイスさんたちに認められる男になるんだ! )
気持ちを引き締めるブラン。
しかし、リーフが「ブラン、部屋取ったッスよぉ」と、天使のような微笑みを見せたことに、幸せに顔が歪んだ。
「えー、有難うございますー。何から何まですみませんリーフさんー……て、ハッ! 」
違う、そうじゃない。気持ちを引き締めねばならないのに。
ブランはぷるぷると顔を横に振って、パンパンと両手で自ら頬を叩く。
自分にしっかりしろ! と改めて言い聞かせた。
「ブラン、なんか楽しそうッスね! 」
「えっ。あ、あはは……まあ、楽しいですよ、はい! 」
「冒険は楽しくなくっちゃいけないッスからね。……ところで、これにサインして欲しいッス」
「はい、何でしょ? 」
リーフは、受付の男性から受け取った用紙を指差し、ブランに見るように言う。先ほどの宿泊申請書か何かと思って覗いたが、そこには浮ついた気分が現実に引き戻される文言が記載されていた。
「……ッ! 」
内容は簡単な規約にサインをするだけ。しかし、その内容は、
『オールド平野領地内の遺跡群の立ち入りで発生した事故等について、自己責任とする』
と、ダンジョン攻略についての定義文。
加えて『警衛隊や冒険団の出動は請け負わない』とあった。
つまり、オールド平野内でのダンジョン攻略の際、事故が発生しても警衛隊などの救援及び他冒険団への要請は行わない。死亡も行方不明も自己責任である、それを了承しろということだった。
「……自己責任てことは重々承知してるつもりですけど、こうしてサインさせられると何だか緊張しますね」
それでもサインをする他はなく、ブラン・ニコラシカと名前を記載した。
「あはは、そうかもッスね。それじゃ、部屋に行くッスよ」
「あ、はいっ」
リーフは男性からいつの間にか部屋の鍵を受け取っていいて、それをクルクルと回していた。歩き出したリーフを追って、二人は奥の廊下に入る。そのうち、十六の数字が記載された部屋で足を止め、リーフが鍵を開くと、そこは思った通り快適そうな空間になっていた。
「おー、広い! 」
下手なアパート部屋よりも広く、もちろんバストイレは別のようだ。ベッドは大きめのものが二つ並ぶ。中央にはリビングを彷彿とさせる四角いテーブル二人掛けのとソファ、そこにはお茶やコーヒー、クッキーなどといったサービス品も事欠かいていない。また、地下でありながら窓が設置されているのは、地上と変わらない場所を演出するためだろう。
「荷物置いちゃうッスよー」
リーフは背中のハンマーは降ろさず、腰に巻き付けたポシェットから着替え用の衣服をベッドに投げた。ブランも倣い、適当な荷物を自分のベッドに放り投げる。
「今日は部屋で休むんですかね? 」
「ううん、リーフは直ぐに行くつもりだったッスけど。それとも今日は一旦休んでおくッスかね」
「いえ、すぐにでも行きたいです! 」
「その意気ッス! 」
リーフはウィンクして親指を立てた。ブランは褒められたことに、ヘヘッ、と鼻の頭を掻く。
「じゃあ今からダンジョンに行くとして、攻略対象を決めるッス」
リーフはトテテと室内を走って、隅にある小物入れから何かの大きい紙を取り出した。ソファに飛び座り、テーブルにそれを拡げる。
「ブラン、これを見て欲しいッス」
「またサインか何かですか? 」
「そうじゃなくて、このオールド平野のダンジョンが記載されたエリア図ッス」
エリア図と聞いて、ブランはすぐにテーブルに近づき、目を通す。それには、空港(併設した宿)の現在位置を中心に、広大な平野に在るダンジョンが事細かに記載されていた。
「うおっ、これ全部ダンジョンなんですか! 」
「そうッスよ~」
ダンジョンの位置、名称、そして簡単なダンジョン情報について。平野の彼方此方に相当な数のダンジョンが羅列されている。
「ちなみにダンジョンの名前の脇に書いてあるバツマークは、攻略済みって意味ッス」
「おおっ。じゃあ、それなりの数が攻略されてるんだ」
「簡単な場所はほとんど攻略されてるッスからねえ」
「てことは、俺らが今回挑もうとしてるダンジョンは難易度が高いやつってことになるんですか」
「そうッスね、難しすぎるワケじゃないッスけど。というか、挑むダンジョンは大体は考えてたッスよ」
「もう決めてたんですか。どこにするんですか? 」
ブランが尋ねると、リーフは「ふっふっふ」と笑い、ある場所を指差した。
「ここッス。恐らく、今のブランにならこのダンジョンが丁度良いと思うッスよ! 」
リーフが指差した先のダンジョンは、宿からそう遠くない場所。
名称は『コープスマイン』。
鉱山の死体という意味持つ、廃坑であった。




