知識の恥(3)
「あははっ。そんな失敗をしたんですね」
「うむ……。生きるうえで、ニワカや自信過剰は失敗を招く良い例だな……」
「慎ましい態度は大事ですもんね」
「そういうことだ」
話を終えたアロイス。すると、そのタイミングで窓の外に誰かの影が見えて、立ち上がった。
「ん、誰かいるな。もしかして少し早い客か? 」
「この辺には何もないですし、ウチのお客さんじゃないでしょうか」
「どれどれ」
アロイスと、ナナも立ち上がり一緒に窓に近づいて、覗いてみる。店の近くに立っていたのは、まさかの『ブラン』だった。
「ブランかいっ! 」
「いつも早いですけど、今日はいつもより大分早いですねえ」
「開店時間よりドンドン早くなってるな。慎ましさの話をしてるっていう今、正に……」
アロイスは窓ガラスをコンコンと叩く。林付近を背にして立っていたブランは音に顔を上げ、アロイスとナナがこちらを見ていることに気づいた。アロイスは正面の玄関から入るよう指を差して促し、ブランは「分かりました」と口を動かして玄関に向かった。
「こんにちわー……」
ガチャリと玄関を開きながらブランは言った。
アロイスは「随分と早すぎる来店だな」と眉をひそめると、ブランは予想外な答えをした。
「すみません。その、時間調整を間違ってしまって」
「時間調整? 」
「ダウンタウンのミドル岸壁から走ってきたんです。思ったより早く着いちゃって」
「……あそこから走ってきたのか? それなりの距離があるだろ」
「普段から体力をつけるようにしたんです。今日もチークの冒険団の鍛錬に参加した帰りです」
ブランは、アロイスとの修行を始めてから、アロイスたちの予想する以上に考え方を変えてきたらしい。何となし嬉しくなったアロイスは「やれやれ」と笑って言った。
「そう言われたら、歓迎しないワケにはいかないか。美味い料理を出すよ」
「良いんですか! ありがとうございます! 」
「ああ、座ってくれ」
加えて、アロイスはブランを見て少し安心していた。まだ教え始めて間もないが、それでも自分に教えられている事で驕ったりしなかったからだ。
(俺自身、自分は大した男じゃないと思ってる。けど、積んできた経験は人脈、地位なんかはどれだけの影響力があるか理解もしてる)
自分が個人に対して直接指南、修行することで、ブランが驕らないか、自信過剰にならないか心配でもあった。しかし、そんな心配は全く無用で、むしろ、自分の教えが良い感じの刺激になってくれたようだ。
(ブラン、今の弟子みたいなモンだからな。俺が教える以上そんな事にはさせたりはしない。しっかりと、お前の夢の片棒を担がせて貰うよ)
……これは、良くある格言。
『 驕りと高ぶりは破滅を導く 』
自信を持つことは大事だろう。
しかし決して、驕ってはならないのだ。
………
…
【 知識の恥 終 】
<あとがき>
キューバリバーと、キューカンバーについて少しだけ触れます。
どちらも『キュー』とついていますが、作中通りこれは全く別のカクテルになります。キューカンバーはそのままの意味で『キュウリ』という意味合いになり、キューバリバーは『キューバ・リヴレ』という意味合いから生まれたカクテルです。
そのカクテルが生まれた理由は面白いもので、コラム的に読んで頂ければと思います。
それは第二次キューバ独立戦争に参加したアメリカがスペインに勝利し、キューバが独立国家となった1902年のことです。独立支援に訪れていたアメリカ兵は、ラム酒とコーラを組み合わせた飲み方をするのが好きでした。戦争勝利後の夜も、その男は酒場でコッソリその飲み方をしていたのですが、それを同僚(上司という説もあり)に発見されてしまい、同じように飲んでみたところ、これは美味いと酒場全体に広まります。その時、酒場で乾杯をする際に放った言葉が「キューバ・リヴレ(自由なるキューバよ、万歳)! 」でした。やがて、そのキューバ・リヴレは酒場を飛び出て国全体、世界へと広がっていきました。
……これが、キューバリブレの誕生秘話となります。
意外にも、政治的な意味合いが強いカクテルで、しかも個人で好んでいただけの飲み方が、100年以上残り続けているのは凄いことです。
カクテルには様々な歴史が眠っていますので、是非、暇な時に調べてみては如何でしょうか。
なお、多少のうんちくを知ったところで酒の知識を披露すると失敗してしまうことも多いので注意して下さい。例えば女子の居る酒の席で調子に乗って、キューバリバーを『キュウリのカクテルだ』と言ってしまい、実際に頼んで痛い目にあってしまう事もありますので。アレは、本当にキツか……キツイものと思います。
それでは、皆様もぜひ慎みを持ち、良いお酒ライフをお送り下さい。
2019年1月14日 Naminagare




