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幸運のブラン(9)


「それよりアロイス、お前は何だ、過去に言っていたはずだ。冒険者は貪欲であれ、と。その言葉に忠実に従って勇気を振り絞ったブランを邪険にするというのは、引退した身であろうとも元冒険者として格好悪いとは思わないのか? 」


 ジンが情けないような口調で言うと、アロイスは「うっ」と不意を突かれた反応をする。


「そ、そう来るか。しかしなぁ……」


 アロイスは頭を掻いて、多少なりとも心が揺らぐ反応を見せた。そんなアロイスに、ジンはもうひと押し、追い打ちする。


「同じ冒険者だった身として考えてみたらどうだ? 僅かな時間に付き合うだけでも良い。そんな短い時間で若い冒険者の夢を紡げるのなら、素晴らしい話だと思わないか。……ブランは今、冒険者としての夢の一つを必死になって得ようとしているんじゃないか。普段こそ仲の良い二人なんだろう。だったら、お前はそれに応えても良いんじゃないかと思うんだがな」


 ジンの説得に、アロイスは深く考えさせられた。


(そう言われると、そうなんだけども……)


 だが、アロイスも冒険者から離れようとしているのも事実。そんな簡単に請け負って良いのかどうか、難しい話である。


(ブランは嫌いじゃないし、少しくらいな指南しても良いとは思うが、それでも……)


 やはり、のんびり過ごすために始めた田舎生活。新しい家族との時間もある。だから、断ろう。そう思った。ブランには申し訳ないが断りを入れようと、目線を向ける。……と。


(お……)


 そこに、いつものような調子に乗ったブランの姿が無い事に気づく。顔つきは真剣そのもので、一点の曇りも無い、ずっしりと構えた表情でアロイスを見つめていた。握り締めた拳の先は小さく震え、じんわりと汗ばんでいるようだ。


(……)


 それを見て、アロイスは断ろうとした考えを改める。


(ブランは必死で俺に請いたいと願っているのか。そうか、もしかしたら俺に何か教えて貰えるチャンスがあるならと……)


 ブランは普段が普段だけに、彼の真の冒険者らしい直向きな姿はアロイスの心を打った。ジンの言葉も相まって、いよいよアロイスは折れたのだった。


「……やれやれ。ブラン、そんな気負うな」

「き、気負いますよ普通」

「分かったよ。分かったから、その硬い表情を崩してくれ」


 もう、今後は誰にも冒険者として接しようとは思っていなかったというのに。とはいえ、ジンの言う通り。元冒険者として若き冒険者の夢を少しでも紡げるのなら、それも良いだろうと思えたのだ。


「ブラン、本当に良いんだな。やる気があるんだな」

「……ッ!! 」


 ブランは目を大きくして、そんなまさか、といった反応と興奮したように身体を震わす。アロイスはそれを黙らせるように、太い腕を伸ばし人差し指をビシリと立てて『イチ』をつくり、言った。


「ただし、週に一度だけだ。それも毎週二日目の朝5時から午前中いっぱいだけ。それが実質俺が動ける自由時間だ。それ以外はこれから畑の仕事が始まるし、酒場の準備なんかがあるから無理だ。つまり、ブランに何かしら指南が出来る時間は……」


 週に一度、8時間ほど。なお、飯や休憩を含めれば実質は6から7時間程度になる。

 アロイスは、この条件を呑むなら指南を請け負っても良い。そう言った。


「だ、大丈夫です! 本当に指南をして頂けるんですか!? 」

「二言は無い。でも冒険者を引退した身である以上、あまり無茶は教えないからな」

「か、構いません。大丈夫です!! 」


 ブランは本気で嬉しそうにしてアロイスに何度も頭を下げた。その横でチークは、そんな結果になるとは思わず、ずるい……。と、悔しそうな顔をしていた。


「チーク、やったぞ! 俺、アロイスさんに指南して貰えるんだってよ!! 」

「……う、うるせぇえっ!! 」


 羨ましさの余りチークは喜ぶブランの顔面に殴りを入れる。

 それでもブランは「痛いから夢じゃない」と嬉しい悲鳴を上げて、その場で飛び跳ねた。


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