幸運のブラン(2)
「もしかして好きな女でも出来たのか。それとも彼女が出来たとか……」
チークは興味津々で尋ねるが、ブランは苦笑して答える。
「そんな女性が居たら良いね……」
「いないのかよ。じゃあ、どうしてそんな現実思考になってんだ」
「俺はそんな気はしないけど、変わったっていうなら変わったのかな」
「めっちゃ変わったって」
「うーん。そんなきっかけと言ったら、やっぱりアレかなー」
頭に浮かんだのは、当然、アロイスの酒場だった。
ふとしかきっかけの出会いでも、ブランの心理に影響を及ぼすのは、まず彼しかいないのだ。
「アレってなんだ」
「……ほら、カントリータウンに出来た新しい酒場だよ」
「ん、酒場って? 」
「あれ、知らない? ほら、元クロイツの部隊長が店主の……」
「……へっ。え、お前、あの酒場に行ったことあんの? 」
それを聞いたチークは頬をヒクつかせ、驚く。
「行ったことあるよ。ていうか結構、何回も行ってるっていうか」
「ほ、本当かよ。よ、よく行けるな!? 」
「えっ、なんで」
「おま……、だってよ、普通に考えて行けないだろ!? 」
「だから、何で? 」
「な、何でって……」
ブランはキョトンとするが、チークは本気で驚いていた。
何故なら、普通に考えて、元世界一という冒険者が経営する酒場という存在が、どれほど大きいものなのかと考えてしまい、イチ冒険者が赴くことは億劫過ぎたからだった。
「あのアロイスさんの酒場だぞ? 敷居が高かったり、きっとすげぇ冒険者ばっか集まってくるんだろ。そんな所に、俺らみたいな大きい結果も出してない冒険者が行くなんて、失礼の他ないだろ! 」
ブランは「……ああ! 」と納得した。
そういえば、あの店に通うようになってから、自分以外の冒険者の姿はあまり見ていない。客のほとんどは地元や一般の観光客で賑わうばかりだ。チークの言葉を聞いて、その理由が分かった気がする。
(実際のところ、アロイスさんの酒場は落ち着ける雰囲気で、居心地が良いんだよね。みんなが思ってる以上に気さくな人だし、ナナさんは可愛いし。それに、たまたまだけどリーフさんとも会えるし)
そう考えると、自分の出会い方はとてもラッキーだったんじゃないかと思えた。
あの頃は未だアロイスが酒場を始めた事について世間に深く浸透してるわけではなく、洞窟で遭難しかけた自分を助けた相手が世界一の部隊長だと知らずに酒場に入り浸るようになっていた。正体を知った時には驚いたが、でも、結局は雑談をするような仲にまでなったのも、周りから見たらとても羨ましい事なんじゃないか。チークに言われるまで、全く気づかなかった。
「……紹介しようか? 」
ブランは、呟いた。
「えっ、アロイスさんの酒場をか!? 」
「アロイスさんにチークを紹介するよ。チークも一緒に酒を飲めば良いんじゃないかな」
善意的に言う。だがチークは驚いて目を丸くし、首を横に振った。
「え、いやいや待て。それは無理……! 」
「別に大したことないって! 普通の酒場だから! 」
「大したことあっから!? 」
チークは本気で怒鳴った。
「お前、あのアロイスさんだぞ!? それを、そんな簡単に! 」
「だからそんな気負うような場所じゃないんだって。俺が通えてんだから」
「んっ? 」
「だから、俺が通えてるんだからってコト」
「あー……、それもそうか……? 」
「おい、そこで納得するな。悲しくなる」
失礼な話だとは思うが、ブランが常連になれるくらいなら大丈夫かもしれないとチークは考えた。……ならば、少しくらいは赴いてみようかと。
「わ、分かった。じゃあ、紹介して貰う……かな。ほ、本当に良いんだな! 」
「どうせ、今日の説明会が終わったら開店時間に合わせて飲みにいくつもりだったしね」
「お、おうっ! なんだ、冒険者らしい格好をしていったほうが良いのか!? 」
「そこまで意気込まなくても。軽い飲みって感じで良いよ」
「そんなこと言ってもよぉ! 」
憧れの存在を前に、どんな態度を取れば良いのか、とことん悩む。
……と、その際に会場の大きな時計がボーンと鳴って13時を告げた。説明会、午後の部の開始の合図だった。
「ああっ、もう13時かよ! 午後の部の説明をしないと! 」
「俺も午後の部は聞いていくし、終わったら合流して酒場に行こうか」
「おう、絶対だぞ! 」
チークはそう言い残し、スタッフ側の部屋に消えていった。
それから直ぐ説明会の午後の部は始まってから、2時間ほど。15時過ぎには説明会は終了して、早い段階で二人は合流。そのまま馬車に乗車して、カントリータウンに向かった。
……そして、17時30分過ぎ。
いよいよ、チークは到着する。カントリータウンの森の奥、神秘的な光指す丘の下に建った古めかしい建物、噂のアロイスの酒場に。
ガチガチに固まったチークの表情。彼は、これ以上ないくらい緊張感を漂わせていた。




