笑顔の思い出(9)
「……ジン。今ならアンタが言った事は良く分かるよ」
ジンが飲み干したのを見計らい、アロイスは優しい表情で彼に語りかける。
「笑顔で逝った仲間が俺を頼ったように、ジンも自分を頼れって言いたかったんだろ。プレーリーオイスターを作った冒険者のように。そして、俺自身にも、そんな風に生きていってほしいって、願ってたって……」
ジンは「ふっ」と小さく笑い、言う。
「俺も口が上手い方じゃない。だが、その想いは伝わっていたようで何よりだ」
「あの当時は、ジン兄に心配をかけちゃいけないんだって気持ちのほうが強かったけどな」
「それでも力になれたなら」
「……十分すぎるくらいに。でも、警衛隊には入らないぞ」
アロイスはニヤリとした。
ジンは「やれやれ」と言って、大きなため息を吐く。
「ジン。もう一度言うけど、俺は今が楽しいんだ。何度来られても俺は頷くことは絶対にないからな! 」
その口調は、まるでジンを兄と慕っていた頃のよう。素直で、真っ直ぐに。
「……ふん。ま、そう言うのは分かっていた」
ジンは立ち上がりながら、言う。
アロイスが「分かっていた? 」と尋ねると、ジンは頷く。
「昔からお前も頑固な奴だと知っていたからな。どんな釣り餌を撒こうとも、今更誘えるとは思ってもいなかった。しかし……」
懐から金貨を数枚取り出して、テーブルに転がした。
「冒険者を引退したお前が、どんな生活を送ってるか見に来たくなるのは年上の性ってもんだ。俺もお前を大事な弟のように思っていたし、どれだけ強い冒険者になろうとも、今もずっと俺の中じゃお前は小さいまんまだ」
ジンは手袋を嵌めて、颯爽と出口に向かう。
「元気にやってるようで安心した。それと、旨い酒だった。俺は少しの間だけカントリータウンに居るつもりだ。……また飲みに来る」
そう言い残すと、ジンは扉を開いてあっという間に闇夜に消えていった。
アロイスは彼が出て行った後で、深く頭を下げた。
「有難うございました」
……と。
ジンが帰宅したのを見計らい、ナナはいそいそとカウンターに近づいて、アロイスに尋ねる。
「アロイスさん。ジンさんって、アロイスさんを心配して……」
「そうだな。ジンめ、結局は俺を心配して顔出しに来てたみたいだなぁ」
「ふふっ、弟みたく思ってるって言ってましたね」
「ジンにとっちゃ俺は弟か。参ったな、俺はいつまでも子供じゃないっていうのにな」
アロイスは鼻の頭を描いて、恥ずかしそうに言った。
「そうですね。ところで、さっき出したお酒って結構変わってましたよね」
「プレーリーオイスターか。飲んでみるか? 」
「どんなお酒なんでしょうか。私、あまり強いのは……」
「ははは、大丈夫。あれはノンアルコールカクテルだからね」
「え、そうなんですか! 」
「ああ。ちょっと待ってろ、すぐ作ってやるからさ」
アロイスがカクテルを作り始めると、ナナは、気づく。
(……あっ)
彼が、心からの笑顔だったことに。それは隠しきれない上機嫌。アロイスは自身で気づかないうちに、鼻歌混じりにカクテルを準備していた。
(アロイスさんてば、ジンさんの言葉がよっぽど嬉しかったんだ。えへへ、アロイスさんが元気だと私まで嬉しくなっちゃうな)
彼の笑顔を見て、ナナも嬉しくなって、疲れを忘れて笑みを零す。
どうやらアロイスはジンの助言通り、今日も誰かを笑顔にしているのだった。
………
…
【 笑顔の思い出編 終 】




