笑顔の思い出(4)
ジンは威圧的な態度を続ける。
しかし、アロイスは威圧に負けず首を横に振った。
「俺も何度も言うが、警衛隊に入るつもりはない。絶対にそんな事は有り得ない」
「お前の実績と実力を考えても、お前以上に俺の後釜に相応しいヤツはいない」
アロイスは1万人の部下を従えた上、世界有数の実力を持つ。また、彼の名は世界的にも通じるところもあり、模範的にも警衛隊トップに立つには最適の人材という他ならない。つまり、警衛隊からすれば喉から手が出るほど欲しい存在だった。
「それはどーも。だけど断る」
「お前が何度断ろうと、俺は諦めん。冒険者を引退したというのなら、尚更だ」
「俺はお前が何度誘おうと、断ることを諦めない。平和な生活を望む酒場主人なんだから、尚更だ」
互いが、互いに譲る気がない。アロイスとジンの睨み合いは続いた。
「どうして警衛隊を嫌う。お前にとっても最良の場所のはずだ」
「勘違いすんな、正義に戦う警衛隊は嫌いなワケじゃない。働くのが嫌だっつってんの」
「適材適所という言葉を知らないのか」
「それも含めて気持ちの問題だろ。俺の気持ちが無けりゃ適所とはならんよ」
アロイスは深い溜息を吐いて、言う。
「そもそも、ジンの下に就くってのは、警衛隊の幹部……政界入りするということだろ。俺はそんな面倒な事に巻き込まれたくないし、やる気がないんだ」
警衛隊は、基本的にセントラルの防衛省に属する。その内側で大将候補官となれば、世界の中心であるセントラルにおける政界入りしたと同じ。世界を動かす歯車の一部となってしまう。そしたら最期、アロイスが望む平穏な日々など遠くに過ぎ去る。第一、どれだけ魅力的な条件でも今の生活を辞めるつもりも無いのだが。
「政界が面倒か。それは良いが、お前は、自分の手で悪党を捕まえ世界平和に貢献する気は無いのか」
「無いと言ったら嘘になる。けど、警衛隊に俺の求めるものも無い」
「悪党を見て見ぬ振り出来ぬお前が、よく言う」
「それは……」
そこは否定しない。否定など出来るはずがなかった。根っからの正義感は自分自身で認識していたからだ。
「お前には正義感があるのだろう。だからこそウチに入るべきだ。お前ほど相応しい奴はいないんだ」
「そりゃ有難う。だけど誘うなら俺じゃなくてフィズやリーフ、他にも候補は沢山いるし、そっちにしてくれ」
どれだけ懇願しようとも、動かないアロイス。ジンは、チッ、と舌打ちした。
「分からん奴だ。政界入りするということが、どういう意味か分からんとは」
「ただの面倒に巻き込まれるってことだろ」
「フン、果たしてそれだけだと思うか」
「どういう意味だ」
「……お前の望む情報が、そこにあるとしたら」
「何? 」
ジンは、一瞬だけ瞳を動かしてナナを見て、すぐにアロイスに目線を戻した。
「! 」
その瞬間アロイスの額にヒヤリと冷や汗が流れ出る。ジンに対し、カウンターに両手をついて身を乗り出した。
「まさか……! 」
「そこには在るぞ。お前の望む、すべての真実が」
ナナとブランは首を傾げる。ただ、アロイスだけがそれを理解していた。
「そ、それは本当なのか。それに……真実があるというのか」
「あるとしたら」
「ジンたちしか知り得ない情報が、あるというのか! 」
「さあ、どうだろうな。これ以上は守秘義務に反する」
「ッ!! 」
正直、ジンの一言はアロイスの脳裏を大きく揺さぶった。ジンが言う『あの情報』について、もしも真実があるとするのならば、それを知り得たのならば、きっと、アロイスの人生を再び大きく変えるかもしれないと、直感したからだ。
(くっ……。その情報は欲しくないといえば、嘘になる。だけどな……)
それでも、アロイスは首を横に振る。
「あり得ない話だ、断る」
……と。




