若き日と斜陽(15)
そこから、30分後……。
何とか立ち上がり、カウンター椅子に座った店長。頭には、大きなタンコブ。ジンジンとした痛みに苦い顔をして、傷を抑えながらテーブルに項垂れる。
「おー、いちち。思いっきり引っ叩きやがって、たんこぶになっちまったじゃねえかよ」
アロイスは「当然だ」と言って、店長を見下ろす。一方、事件に巻き込まれたナナはまだ恥ずかしそうに顔を赤くしていたが、ようやく落ち着いたようだ。
「ったく、相当な力で殴りやがっただろオメー。ちょっとしたお茶目じゃねぇかよ」
「オチャメで犯罪者になってたまるか。もっかい殴るぞ」
「ひぇっ! お、俺の予備ローブだって渡したんだから、許せよ! 」
下半身は着ていた服を繋ぎ合わせただけだが、上着は少し小さい店長のローブを無理やり着用した。あと、町の服屋で適当に見繕えば問題ない。
「全く。そんじゃ、俺らはそろそろ帰るぞ」
とにかく元の身体には戻れたし、あとは帰るだけだ。アロイスは外に出ようとすると、ナナが、待って下さい、と呼び止めた。
「店長さんに、これだけ渡したくて」
そう言ってナナが取り出したのは、何かを書いた小さな紙。それを店長に手渡した。
「さっき、時間があった時に紙とペンを借りて書いたんです」
「何じゃこら? 」
「紅茶の淹れ方です。これで、美味しい紅茶が飲めると思います」
「あぁ、そういえば」
店長は、自分で言っておいてナナに紅茶の淹れ方を教えて欲しいとお願いしたことを思い出した。
「わざわざ書いてくれたんか……」
「はい。紙とペンを勝手に借りちゃいましたけど、ごめんなさい」
「そんくらい断らなくても良いって。ふーん……」
紙には、あどけない字体で簡単なイラストを含めた分かりやすい説明が書かれていた。これなら素人目でも、ある程度はイメージをつけて紅茶を淹れることが出来そうだ。
「……何だ、思い出すな。あいつも雑な面ばっかだったけど、こうやって細かい所をきちんと書いてくれてたっけな」
受け取った紙をカウンターに置くと、懐かしむように言った。
「あいつって、さっき言ってた……? 」
「そうそう。ウチの店員ね」
店長が天井を見上げながら虚ろな目で言う。と、帰りかけていたアロイスが店内に戻り、店長に言った。
「店員て、むかし俺に話して話してくれた女性の店員のことか」
「あー、アロイスにその話もしたんだっけ」
「覚えてないのか。大体の話は聞いたぞ」
「……そうか」
店長は、自ら側頭部を軽く小突いた。
「店に来てから薄々気づいていたけども、その様子じゃまだ……見つかっていないのか」
「もう何年経ってるのかも分からない。それでも望みが無いわけじゃない。きっと、望みはまだ消えていない」
二人はさっきと変わり、重い空気をかもし出す。ナナは、どういう事なのだろうと首を傾げていると、それに気づいた店長が、言った。
「……気になるか? やっぱり」
「あ、い、いえ! 」
「顔に書いてるあるっつーの。まぁ別に隠すことじゃねーから良いけどもよ」
店長はナナを見つめて言う。
「さっき紅茶の話でも話をしただろ。ウチにはもう一人の店員が居たんだ」
「はい……」
「でも15年も前、俺はその店員と北方の猛雪山で逸れたんだ。仕事に関して二人で訪れた際にな」
「えっ! 」
「そりゃ捜索に手は尽くしたさ。でも、無駄だった」
店長は笑った。どこか、悲壮に漂い、憂いな表情で。
「俺は錬金術師だ。店員の残した品物から魔力を辿る装置を造り、雪山をずっと探し続けたんだ。所持品一つ、髪の毛一本でも反応するくらいの優れモンさ。けど、それも意味がなかった。俺の装置自体が反応をしなかったんだよ。これがどういう意味か分かるか? 」
ナナは首を横に振る。
「つまりな。雪山で逸れた筈のウチの店員は、その場所から消えちまったってコト。あの辺は行方不明の名所って話だったし、まさか自分の身内がそんな目に合うとは思わなかったよ」
悔しそうな顔で、歯をガチリと鳴らす。どれだけ大切で、どれだけその人を想っていたのか、態度でよく分かる。