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18.暖かくなって

 

「アロイスさん、今の話って本当なんですか!? 」


 それを知ったナナは、当然アロイスに尋ねる。


「ま、まぁ本当ではあるんだが……」


 アロイスは言い辛そうに答えた。


「そんな大事なこと、お話して頂いても良かったのに……」

「す、すまん。言うようなタイミングが無かったっていうのもあるんだけども」


 アロイスは、鼻の頭を人差し指で掻きつつ言う。


「そもそも、自慢することじゃなかっただろうしなぁ」


 今の自分は、あくまでも元冒険者。昔の肩書に意味なんかないと考えていた。


「全然凄いことだと思いますよ。自慢して頂いても、凄く感心してたと思います!」


 しかしナナは、アロイスの真実に褒めの言葉を連呼する。対しアロイスは苦笑いして言った。


「ハハ……有難う。だけどね、確かに過去っていうのは大事だけど、俺は今を生きることや、未来に向かって進むほうが大事だと思ってるんだ。過去の栄光に縋ったって何も意味はないんじゃないかな。今の俺は、元冒険者アロイス・ミュール。それだけだと考えているから、昔の偉かった事なんて話すこともなかったんだ」


 過去より今。今より未来。時々振り返ることはあっても、過去の栄光を振りかざしたりはしない。そもそも、少しばかりの力を見せびらかすのは好きじゃない。


「アロイスさん……」


 すると、アロイスの言葉を聞いてナナは一瞬思い耽けた。


「過去より未来、ですか」


 この上なく共感できる言葉だった。彼女もまた、忘れてはいけない過去を持ちながら、未来に歩みを進める一人であるから。

 ……と、その脇でヘンドラ―は自分たちの話を聞きながら、また明るい感じで話に割り込んだ。


「いやはや、ええ話や。でもナナちゃん、このアロイスって凄いで奴やろ。だからさぁ……」


 この男は、まだ何か言うつもりか。余計な事を言われては敵わないと、アロイスは大きく手のひらを拡げ、ヘンドラ―の額を強めに掴んだ。

 

「お前はもう、変なこと言うんじゃない。ちょっと本気で黙っておけ! 」

「あだだァっ!? な、何でやぁっ! 」

「何でやも何もない。いいから変なことは言うな! 」


 強い握力でギチギチと額の骨を締め付け、これ以上変な真似はするなと忠告する。

 ヘンドラ―は痛みに悶ながら「分かった分かった!」と連呼した。


「いや。お前は分かってない。絶対に余計な話するつもりだろ」

「あだだだぁーっ!わ、分かった! すまんかった、もう何も言わへんから離してや! 」

「だったら、最初から調子の良いことばっか言うんじゃないっての」


 アロイスがため息を吐いてその手を離すと、ヘンドラ―は激痛に頭を抑えながら床をゴロゴロ転がった。


(やれやれ……)


 この馬鹿(ヘンドラ―)は、悪い奴じゃないんだが余計な事をしてしまうのが玉に瑕だ。いっそのこと、痛みに悶えて床を転がるそのケツ、蹴り飛ばしてやろうか。


  ……なんて、思ったりしていた時。

 

 黙っていた祖母がゆっくりと腰を上げて、のそのそとアロイスに近づき、左肩をポンっと叩いて話しかけた。


「なぁアロイスさん」

「あ、はい……」


 アロイスが返事をすると、祖母は此方を見つめ、相変わらず深い皺の笑みを浮かべて言った。


「正直驚いたけど、能ある鷹は爪を隠すってやつかね」

「え? い、いや……」

「謙遜することはないさ。私らは話を聞いて凄いと思った。それはもう変えようのない事実だよ」

「は、はい……」


 祖母は微笑ながら喋り続ける。

 そして祖母が「だけど」と、続けて言った言葉に、アロイスは心を打たれることになる。


「……だけど、アンタは立派な冒険者であったのに自慢をしないで、気持ちの良い性格で私らを楽しませてくれた。アンタが過去に縛られないっていうのなら、"私ら"はアンタを出会った時と一緒で只の元冒険者、空から落ちてきた流浪人さんとして見たいんだけど、いいかい」


 祖母の台詞は優しく、心が温かくなる言葉だった。

 「いいかい」とは訊かれたが、勿論そんな事は言われるまでもなく。変に持ち上げられるより、以前と同じように扱ってくれたほうが嬉しいに決まってる。


「……俺は空から落ちてきた、二人に世話を焼かせる流浪人です。また、畑仕事や家事などをお手伝いさせて頂けますか」


 アロイスが言うと、祖母は「そうさねぇ」と、考えて答えた。


「今日の夕方からまた、道具の手入れをお願いしていいかい」

「お婆さん……! 」


 祖母の優しさに溢れ続ける言葉。たまらなく嬉しさがこみ上げる。


「ナナも夕方に一緒に畑に出な。手入れの仕方、アロイスさんにやり方を教えてあげるさね」


 祖母が言うと、ナナは「うん!」と元気よく返事した。


「アロイスさん、私が教えますね。任せて下さい! 」

「ナナ……。ああ、是非お願いするよ。下手な所とか合ったらビシバシ扱いてくれるかな」

「ふふ、任せて下さい。厳しく行きますからね♪ 」


 ガッツポーズを見せたナナに、アロイスに思わず笑みが零れる。また、それを見たナナと祖母も笑い、三人は声を出して笑い合った。


(こ、この二人は……)


 アロイスは彼女らの態度に、何て気兼ねなく喋ってくれるんだと嬉しくなった。

  ……こんなに温かい気持ちになれるなんて。

 二人に出会えて良かったと、そう思えた。


こいつ(ヘンドラ―)は余計なことばかり言ったが、結果的には良かったのかね……)


 このまま黙り続けるより、自分がどういう存在か知って貰えてスッキリした気がする。


(結果オーライって事にはしといてやるか。ま、それでも俺のタイミングで話が出来たほうが良かったんだけども……? )

 

 たまたま結果がついてきただけで、余計な事をしたには違いない。アロイスがその犯人を見下ろしていると、彼は三人が笑い合って一段落したタイミングで、ようやく立ち上がった。


「あー、イタタ。アロイスはホンマ乱暴やな……」

「お前が余計なことばかり言うからだ」


 立ち上がってヘンドラーを、アロイスはギロリと目を光らせて睨んだ。


「ひっ、その目ぇ止めろや」

「じゃあもう余計なことは言うんじゃないぞ」

「分かった分かった。それは分かったて。だ、け、ど、な……」


 ヘンドラ―はゴホンッ、咳払いして言った。


「酒場の話は受けて貰うで、アロイスッ!」


 腰に手を携え、人差し指でアロイスを差し、ポーズを取って言う。

 アロイスは呆れ返り、首をガクリと項垂らせた。


「……まだ言うか、お前」


 この男は、本気で商魂逞しいと思った。どんな状況でも、自分の信念を折り曲げる気がないというか、負ける気がないというか。

 しかし、そんな熱い思いを伝えられても、酒場をやるという話は受ける気にはならない。


「さっきも言ったが、俺は酒場なんてしないからな」


 アロイスは再三に渡って拒否を続ける。が、ヘンドラ―は決して退かない。


「嫌や。こんな儲けの話、みすみす逃すわけないやろ。なぁ二人とも、アロイスに酒を売って、この町で酒場をやらせるって話、乗ってくれません?」


 ヘンドラ―は的を変え、白い歯を見せた満面の営業スマイルで、ナナと祖母に言った。


「うーん……」

「そうは言われてもねぇ……」


 だが、二人は首を傾げる。

 アロイスは「ほらみろ」と突っ込むが、ヘンドラ―はそれを無視してナナに話しかけた。


「ナナちゃん、さっきアロイスが酒場やったら面白そう言うてたやろ」

「それは言いましたけど……」

「なら、一緒に推薦しようや。なっ」

「う、うーん……」


 ナナは唸り、少し間を置いて言った。


「確かにアロイスさんが酒場をやるって話は、聞いただけで面白そうだなっては思います」

「おっ、やっぱりやないか!」


 ヘンドラ―は喜び、手をパンッ!と鳴らしてナナを指差す。

 ところがナナは「でも……」と、間接した。


「アロイスさんが嫌だというなら私はアロイスさんの意見を尊重したいです」

「……へっ」

「やっぱり大事なのは本人の気持ちだと思いますから」

「そ、そんなこと言うて……」

 

 至極真っ当な意見だった。

 アロイスは「そうだな」と頷くが、ナナの話はそれで終わらなかった。


「でも、アロイスさん」

「……うん?」


 今度はナナは、アロイスを見つめて言った。


「正直に言えば私はアロイスさんが見つけてくれたお酒だから、アロイスさんが買ってくれるなら嬉しいとは思ってます。それでアロイスさんが本当に酒場を開くなら、きっと楽しい酒場になって皆も幸せになれると思いますし……」


 ナナは、両手を胸の前で握り、まるで祈るように言った。

 その様子と言葉に、アロイスの心は僅かに脈打つ。

 すると、ヘンドラ―はその反応を見た途端、これ見よがしに「はいはい!」と両手を何度も叩いて元気良く喋り始めた。


「なるほどなるほど。要約すると、酒を見つけたアロイスが酒場を経営して誰かを幸せにして欲しいと、そういう意味やねナナちゃん!」


 ナナは「えっ、そこまでは」と否定しようとするが、ヘンドラ―はクルクルと床をスケートのように滑り回って、アロイスに肩に腕を乗せて密着して、言った。


「聞きましたか、アロイスさん!」

「……聞こえてるよ」

「そんな彼女の願いは、酒場を開いて欲しいですよ。どうです、聞いてあげるつもりはありませんか」

「お、お前なぁ」


 そんな推しを強く言われても、「はいやります」なんて言えるわけない。


「そんな簡単に決められる話じゃないだろうが。そもそも俺が経営に乗り出したとしても、素人に上手く行くはずがない。経営に必要な知識はないんだぞ」


 そう言い、アロイスは近づいたヘンドラ―を両手で押して突き放す。しかしヘンドラーは親指で我が身を指して自身の塊のようにして豪語した。


「ワイがいますね。経営指南、サポートは任せてくれればええやろ? 」


 ……この男は商人でありプロだった。

 だが、頷くわけにはいかないアロイスも意地になって反論する。


「あの酒蔵だけじゃ必要な酒も足りないだろ。酒場を開くのは高い酒だけじゃ無理だ」

「ワイがいますね」

「酒場で客に出す食べ物はどうする。安い卸売の伝手もないんだぞ」

「ワイがいますね」

「建物の建築費用だって直ぐに用意出来ないぞ」

「ワイがいますね」

「……お前」


 な、何ということでしょう。

 全てにおいて『ワイがいますね』だけで片付けられる。

 商いに関し何をぶつけても無駄だ。なら、助けを求めるなら、この人しかいない。


「じゃ、じゃあお婆さん! 自分が貴方の息子さんの酒を使って酒場を開くなんて話、有り得ないですよねぇ」


 愛想笑いしてアロイスは祖母に同意を求めた。

 きっと彼女なら「そうさね」と言ってくれると思った。が、返ってきた言葉は想定外なものだった。


「別に構わないさね」


 それを聞いたアロイスはズルリ、椅子から床に転げ落ちた。



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