若き日と斜陽(6)
「だってだるいモンはだるいしよォ……」
だるーん、と椅子にダレて、眠そうにする店長。アロイスは「おい! 」と声を上げる。
「簡単なんだろ! 俺を戻してくれっての! 」
「面倒くさいんだもん。それに放っといても、数ヶ月で戻れるかもよ」
「かもよ、じゃねーよ! それじゃ困るんだ! 」
「だって魔力を具現化して薬品の調合とか必要になるし……疲れるじゃん? 」
「友人がこんな格好になってるってのに、疲れるって一言で片付けるかフツー! 」
「ははは、若い頃をまた堪能出来て嬉しくない? それに……」
店長はニヤニヤ笑いながら、ナナを指差して、言った。
「ほら、隣にいるの彼女だろ。せっかく夜のハッスルを……」
「言わせるかボケェ! うるせーよ! 」
二人の会話にナナは苦笑いする。
アロイスの言っていた通り、彼が付き合い辛い男だというのを段々と理解し始めた。
(う、うーん。この人、もしかして……)
アロイスがいくら説得しても、動じない性格。と、いうよりも。
「とにかく俺は疲れることが嫌なんだっての。面倒くせーから。顛末は理解してやったらから、あとは安静にして治るのを待っていてくださいねー、患者様ー」
極度の面倒くさがり屋。しかもクセの強い性格。それでいて、アロイスが認めるくらい世界最高峰の錬金術を持ち合わせているのだろうから、タチが悪かった。
「頼むから俺を元に戻してくれ! 」
「えぇー……」
「これじゃ酒場の経営も出来ないんだっつーの! 」
「ん、酒場経営? 何、どういうこと? 」
あれ? と、店長はそこに食いついた。店長は、未だアロイスが冒険者を継続しているのだと思っていた。
「あぁ、そうか。俺は去年4月に冒険者を引退したんだ。今は酒場の主ってわけだ」
「本気かよ。お前、4月って確かクロイツが世界一になった直後だろ? 」
「だから燃え尽きたっていう意味もあるんだけどな」
「そうだったのねぇ……」
「ンで、それの繋がりで紹介が遅れたけど、こっちの女子はウチの店の店員だから」
アロイスが紹介すると、ナナは
「ナナ・ネーブルと言います」
と、小さく頭を下げて挨拶した。
「そういうこと。彼女とかでは無いわけ? 」
「違う。てか、俺を元に戻してくれ。頼むわ……」
アロイスは深い溜息を吐いて懇願する。
店長は、また「えー」と面倒そうに言って、紫の石をアロイスに投げ返した。
「簡単っつったけど、俺にとっては面倒なの。だからそのうち治るの待てって」
「だから、本当にさ……」
「俺だって暇じゃねーの。やることあって……って、あっ! 待てよ……」
店長は、何か思いついたように言った。
「そうだ。アロイス、お前やっぱり元に戻してやるわ」
「本当か!? 」
「ああ、本当本当。だけど、やって欲しいことがあっからさ、それをやって欲しいんだわ」
「何をすればいいんだ。治るなら、手伝いは惜しまないぞ」
店長は、待っててくれ、と一旦裏の倉庫に姿を消した。それから1分もしないうち、店長は何枚か纏まった紙を手にして戻ってきて、それをアロイスに手渡す。
「お前に依頼したいのはコレだ」
何枚にも積まれた小さい紙。アロイスはそれをまじまじと眺める。何の変哲もない真っ白な紙のように見えるが。
「何だこりゃ。何も書いてない紙みたいだが……」
「破くなよ。それは試験紙だ」
「試験紙って」
「お前にやって欲しいってのは、その枚数分の魔獣の血を滲ませて来て欲しいのよ」
「……なぬ? 」
それは、枚数だけで100枚以上はある。100種類以上の魔獣の血をこれに染み込ませて採取しろというのか。
「採取には、このナイフを使ってくれ。麻痺毒が塗られてるから、魔獣を切っても切り口に痛みも感じないだろうし、切り口に紙を充てれば簡単に採取出来るはず」
ポケットから薄い緑色の透明ナイフを取り出し、それも手渡した。
「それと、紙は採取するとすぐに乾くから、紙を何枚重ねても問題ナシ。血同士が滲み合うことは無いから、どんどん魔獣を切って沢山の血を集めて来てネー。俺は奥で寝てるから」
そう言って、店長は倉庫側に消えようとする。
アロイスは「待てや」と、ローブの襟を引っ張った。