若き日と斜陽(4)
【4日後、1月14日。】
2人が降り立ったのは、東方のイーストフィールズにあるアップルタウンに併設された小さな空港だった。
「わぁ、ここがアップルタウンなんですね! 」
「まーたイーストフィールズの山岳地帯に来ることになるとはな」
「あはは……インマウンテンからそう遠く離れてないですからね」
「その通り。しかし、それでもこの町に来るのは随分と久しぶりだ」
アップルタウンは、東方大陸を占める山岳地帯で形成された一角にある田舎町。比較的、高度が低い場所に位置するため緑も多く、広がる町並みはカントリータウンに類似している。望める風景通り、高々とした山岳を活かした鉱山業が盛んでもあった。
「なんだかカントリータウンに町並みが似てますね」
「確かにそうかもしれん。本来なら観光でもしたいところだが、今回はそうもいかんなぁ」
「そうですね。それじゃ、これからどこへ向かうんですか? 」
「まず町で簡単な宿を取る。そしたら、少しばかし歩く予定ってところか」
「町の中を散策するんですか? 」
「いや、友達の錬金術師は小さな店を経営してんだけど、俺らの酒場みたくちょっと森の中にあるんだよ」
「なるほどですね。分かりました」
アロイスとナナは先ずアップルタウンに入り、適当に小さな宿を取った。着替えなどが詰まった荷物を置くと、早速、町を離れた森の中に向かう。
「確かこっちだ。それなりに歩いた場所にあるんだけども、アイツの店は繁盛はしてるんだよな」
「ウチと一緒ですね。ところで、その方のお名前って? 」
「あ、そうだったな。名前はミストってんだけど、呼ぶ時は『テンチョウ』で良いよ」
「えっ、テンチョーさんですか」
「テンチョーじゃなくて店長。店の店長って意味。周りからも店長って呼ばれてるんだよ」
「なるほど、了解しました! 」
「おう。あー、でも……」
アロイスは一応、付け加える。
「本当に変わったヤツだから覚悟しとけよ」
「そこまでですか? 」
「ああ。出会ったら直ぐに分かると思うけども……ほら、丁度店も見えてきたぞ」
会話をしているうち、林の先に小じんまりした平屋建ての建物が見えた。アロイスの酒場の半分程度の大きさで、玄関横のガラス戸には商品らしき道具が幾つも陳列されている。
「あれですか。見た感じ、普通のお店っぽいですけど」
「見てくれはな。悪いヤツじゃないんだけども、どうしてもなぁ……」
そんなにも苦手なのか、店に着くまで、アロイスは何度も溜息を吐いた。
やがて二人が店の前に立ってから、アロイスは「やれやれ」と言って、木造扉に手を掛けて押し込む。
「うーっす、いるか店長」
「こ、こんにちわー」
二人は店内に足を踏み入れる。そこは外側から見えていた通り狭い空間だったが、沢山の変わった道具が陳列された立派なお店だった。店に入ってすぐ正面には小さなカウンター、そのすぐ横に店内奥に進む廊下がある。
「……誰もいないのか? 」
店舗側に人の気配はない。
アロイスは、おーい! と、カウンター横の廊下に向かって叫んだ。
「裏の倉庫に行ってるのか! 店長、いないのか! 」
すると、アロイスが叫んで直ぐのこと。カウンター横の廊下の奥から、ギシギシと足音が聞こえ、大きな欠伸をした男が現れた。
「はいはい、いらっしゃいませー」
「お、いたか。店長、久しぶりだな」
廊下の奥から現れたのは、ボサボサとした黒髪に無精ひげを生やした30代くらいの男性。身長は170cm程度で、ホッソリとした痩せ身だ。全身を真っ白なローブで身を包み、見てくれは研究者そのもの。あまり見た目には気遣いのない感じだが、顔立ちは悪くなく、何とも面倒臭そうな表情のせいで損をしている。
「久しぶり……? えーと、申し訳ないですけど、どなたですかね」
店長は、アロイスの挨拶に眉をひそめて言った。
「俺だよ、アロイスだ。アロイス・ミュール、覚えてるだろ」
「アロイス? ……アロイスって、あのアロイスっすか」
「そのアロイスだよ」
「……へぇ」
アロイスの名を聞いた途端、店長の態度は軽率なものに変わる。しかし、信用はせずに答える。
「アロイスって、アンタがか。そんなわけあるか。俺の知ってるアロイスは、とっくに20代後半のオッサンだよ」
店長はカウンターの傍に立て掛けていた折り畳み椅子を拡げて腰掛け、アロイスを見つめる。
「嘘じゃないんだ。実魔法で若返っちまって、店長に相談をしに来たんだ」
「魔法で若返った? あー……アロイスの名前を騙るなら、もう少しマシな嘘をつけって」
「……信じないヤツだな。いや、信じろってのも無理があるか」
久しぶりに会った友人が若返っていて、信じろという話に無理がある。
……それならば。
「店長、俺と出会ったのは10年前にノースフィールズの猛雪山で店長が遭難してたのを助けた時だ。その時に一緒にブドウ酒を飲み合って、店長が腕利きの錬金術師だって話をしたのを覚えていないか」
それを聞いた店長は、ピクリと頭を動かす。そして、口を開く。
「ほう。俺が腕利きの錬金術師ね。確かに、そういう事もあったが……それだけじゃ信用できないな」
「だったら信用出来るようにもう少し掻い摘もう。確か、あの時のお前はワケわからん事言ってたな」
「わけわからんことって何だ」
「猛雪山で、次元の何たらを発見するために、研究をしていたんだって言ってただろ」
「あ……? 」
その言葉に、店長は反応する。
「それは確かに、俺がアロイスに話をした……が」
「確か、こう続けたハズだ。研究をしていたことは秘密の研究だから他言するな、と」
「……言った」
「お前の知ってるアロイスは、他人に秘密を簡単に漏らすような奴だったか? 」
「いいや、そういう事については信用してる……て、ことは」
店長は立ち上がり、フラフラとアロイスのもとに近づいた。
「本気でお前、アロイスなのか? 」
「だからそう言ってるだろ。若返っちまったんだよ」
「ちょ、ちょっと待てよお前……」
店長は、アロイスの両腕をぺたぺた触る。皮膚を軽く叩いたり、足元から頭まで、全身をくまなく観察したあとに、言った。
「はー、よくよく見れば、確かに俺と出会った頃のまんまだわ……」
店長は驚いたように、目を見開いて言った。