17.世界一の部隊長
帰宅したアロイスとヘンドラ―だったが、 時刻は既に14時近くになっていた。
「すみません、午前中いっぱいで終わるとは言っておいて時間が掛かってしまいました」
食卓に腰掛けるナナと祖母にアロイスは謝罪する。
するとナナ、続いて祖母は言った。
「いえっ、ぜんぜん気にしないで下さい」
「そうさね。たかが2時間を待ってるくらい何でもないさね。だけど…ふっふっふ、お腹すいたさねぇ」
わざとらしく言って笑う祖母。だが、それが祖母の心遣いであり、気に病むことなくアロイスも笑って、勘弁して下さいよと、笑うことが出来た。
「うんにゃ、それじゃ下ごしらえは終わってるからすぐ出来るさね。準備するから待ってておくれ」
そう言った祖母は食卓から立ち上がろうとする。
が、アロイスは「待って下さい」とそれを止めた。
「あ、待って下さい。その前に酒蔵の話だけしちゃいましょう」
「……ん、そうかい」
祖母は席に座り直し、アロイスとヘンドラ―も対面に腰を下ろす。
そしてヘンドラ―はまず、テーブルに両手を乗せ、体を前のめりにし、軽く頭を下げて言った。
「ほんま時間かけてスンマセン。せやけど、充分な成果は持って参りました」
今回の依頼は、ほぼ個人的な私用のような業務であったが、どんな内容でも商談は商談であると考えているヘンドラーは消費者間との取引である『BtoC』を意識して話す。
「ワイが調べた結果について色々と事細かに説明するのも良いんですが、専門的な話になりますし、分かり易く酒が売れた際における、支出計算後の純益についてだけ触れさせてもらいます」
ヘンドラ―は懐から魔石プレートを取り出して机に置き、プレート盤面を見せながら、ナナと祖母側が分かりやすいようにプレゼンした。
「単純に言いますね。あの酒、ワイに任せてもらえれば純益2,000万ゴールドは叩き出せます」
その金額を聞いた瞬間、二人は驚くを通り越し、唖然として口をあんぐり開いた。
「にせん…まん……」
ナナがボケっとして呟く。
「本来なら、アロイスが考えていた通り数百万程度でしか売れませんでしょう。けど、ワイは商人ですから、商人として捌かせて貰いますから、そのくらいは儲けは出せますよ」
ヘンドラ―は自信満々に言った。
「どうでしょ。2,000万で捌きますか」
「……ちょ、ちょっと待って下さい」
一度は売ると決意したとはいえ、普段聞きなれない金額が出てきた事にナナの思考は停止した。祖母も珍しく引きつった顔を見せ、ヘンドラ―に尋ねた。
「本当に2,000万なんかで売れるのかい」
「間違いなく売れると思ってもろて結構です」
「そ、そうなのかい。突拍子ない金額、途方もないね。2,000万かい……」
普通に生活している彼女たちが馴染みのない金額を前にして、緊張に唇を乾かした。
「あれだけ保存状態が良い貴重な酒は確実に売れますね。ワイに酒を預ける信用が無いんやったら、アロイスの知り合いの手前、サービスさせて頂いて2,000万を先払いしてから酒を販売用の倉庫に運ばせてもらうんで、その辺は安心して下さい」
ヘンドラ―は営業スマイル満面で言う。まぁ、この男に任せておけば間違いない。
アロイスは(これで彼女たちに少しはお礼が出来ただろう)と、安心した。……が、ヘンドラーは何を思ったのか、その安心を切り裂くように、とんでもない事を口にする。
「しかしですな、そのまま売っても良いのですか、ナナちゃんとお婆さん二人にご相談があります」
接続詞で繋げたヘンドラ―は営業スマイルを崩し、少し不敵な笑みを見せて言った。
「正直なところ、ワイはこれだけの酒、普通に捌くには勿体ないと思っております」
ん……。 どうした。そんな話は聞いていないぞ。慌ててアロイスは、
「何を言ってるんだお前」と、声をかける。
「なはは、アロイス。俺はあの酒を元手にもっと儲けを増やせる算段を考えついたんや」
「おい、変な賭けとかに出るワケじゃないだろうな。売れるなら売れる値段だけでいいぞ」
「なーに、確実な儲け話や」
舌なめずりをするヘンドラー。
「なはは……実はな。酒蔵で酒を捌いた時の純益計算は1時間で終わってたんや。だけど、計算しながら面白いこと思いついてな。そっちを夢中になって構想を練ってたんや」
アロイスは彼の台詞にぎくりとした。
何を隠そう、この男が『面白いこと』といって面白かった例がないからだ。
この男は、何を言うつもりだ。
アロイスは「いや、変な話はいらないぞ」と断りを入れるも、ヘンドラ―は魔石プレートを手元に引き寄せ、保存してたデータのうち、地下で見せられた計算式とは違う別の利益率などが書かれた数値と文言をアロイスらに見せる。そこには、内容が良く分からない専門的な用語が羅列していた。
「なんじゃこりゃ。何て書いてあるんだよ」
アロイスが眉をひそめて尋ねる。
「商人用語やな。何書いてあるか分からんやろ」
「全く。どういう意味だ。面白いことってこの意味の分からん文字の羅列か?」
「……いやいや。これはワイが金儲けの為に出した算段やで。つまり、この盤面の意味は……」
ヘンドラーは咳払いして言った。
「アロイス、お前『酒場』をやれや」
……と。
「……はっ?」
急に、とんでもない事を言い出したヘンドラ―にアロイスは目を丸くした。
「簡単やろ。お前は料理も作れるし酒の知識もある。世界を駆け巡って来た冒険者として話術だって長けてる。部隊長として、誰かを惹き寄せる魅力だってあって……むぐむぐ」
ぺらぺらと得意げにしゃべるヘンドラ―だが、アロイスは慌ててその口を閉じさせた。
「お前、ちょっと待て。色々と待て」
だがヘンドラ―は、アロイスの抑止を弾き、また喋り始める。
「なはは、ええやろ別に。なあ婆さん、ナナちゃんも、アロイスって男がこの町に酒場開いたら面白いと思わへん?」
その言葉にナナは、
「楽しそうだとは思いますけど」と反応した。
「せやろ。そう思うやろ。だってさ、アロイスー……」
笑いながらアロイスの方を向くヘンドラ―だが、その顔面にアロイスの優しい右手チョップがゴツッ!と音を立てた。
「あいだっ!?」
「ンな話があるか。酒場はやらん。酒は普通に売って、それでお終いだ」
「せ、せやかてお前も面白い思わへんか。田舎町で酒場経営、のんびりとした日常とか魅力的やろ」
「あん。お前、そんな日常なんか……」
自分が田舎町で酒場経営。その姿を想像したアロイスは、ちょっとばかり面白そうだなと考えてしまった。
「……面白い、だろうけど」
「ほーらやっぱりな、魅力感じてるやん」
ヘンドラーはアロイスの胸板に軽く裏拳をぶつけ、言った。
「婆さんやナナに頭を下げて、あの酒を用いて酒場を経営する許可を貰おうや」
酒場経営を持ちかけるヘンドラー。しかしアロイスは首を横に振る。
「いや、酒は普通に売って二人に金を渡すだけで充分だ。酒場なんかする気はない」
今度は逆に、アロイスが人差し指でヘンドラ―の額を突いて言った。
「何でや。別に悪い話じゃないやろ」
「いきなりの話で乗れる訳が無いだろ。そもそも2,000万という金はしっかり二人に残したいんだ」
ヘンドラーはそれを聞いて「なるほど」と、少し考え込む。
「だから、酒場なんかやる気はない。お前の儲け話に俺やナナたちを巻き込むな、分かったな」
人差し指で念を押すが、ヘンドラーは手をポンと鳴らして閃いたように言った。
「なら、お前が酒を買ってどっかで酒場やろうや。2,000万くらい銀行いったらポンと出せるやろ」
この男は本当に何を言ってるのか。
「そりゃ買えるかもしれんけどな、そうじゃなくて……」
アロイスはヘンドラーの説得に応じることは無いと返事を交わす。が、その返しが不味かった。その台詞の中で、あまり言いたくなかった事実のピースを漏らしてしまっていたのだ。
「……凄い!アロイスさん、2,000万を簡単に出せるんですか?」
「えっ」
そのピースとは、アロイスが金を持った人間であるということ。実力者であったということだ。
「アロイスさん、もしかしなくても凄い方だと思ってましたけど、やっぱり凄い人だったんですか!」
「ん、あ…いや……」
たじろぐアロイス。本当は、そのことについて話す気も無かったため、良い切り返しが出てこなかった。
また、更にヘンドラーは余計なことまで言ってしまう。
「なんや教えて貰ってないの。こいつ世界一の冒険団クロイツの総部隊長やで」
「えぇっ!?せ、世界一の冒険団の部隊長ですかっ!?」
ナナは立ち上がって身を乗り出す。祖母は比較的反応は静かだったが、それでも目を見開いていた辺り驚いていたようだ。
(ヘ、ヘンドラーめ……! )
な、何て事をバラしてくれたもんだ、ヘンドラー。
こんなこと、話すつもりはなかったというのに……。