暮れのひと時(2)
「うーん、こういうのは気持ちが大事だからねぇ。何を買ってあげても良いとは思うのだけれど、やっぱり美味しいお酒をあげたいと思う気持ちも分かるから……」
何でも好む酒好きに、何をプレゼントしたら良いものか。ミルは高級酒が並ぶ棚のうち、適当に指差しながら言う。
「せめてウィスキーとかブランデーとか、そういうお酒の好きな種類の話も無いのかしら? 」
「あ……ごめんなさい。そういうのも聞いてないです……」
「じゃあ、酒場でカクテルを作る時に一番使うお酒って何があるかしら」
「ウィスキー、ブランデー、ウォッカ、ワイン、ビール、何でも使っちゃいます」
「お客に合わせて、色々なカクテルを作れるってことかしら。噂どおり凄い御方なのねぇ」
ミルがアロイスを褒めると、ナナはすかさず明るい声色で答えた。
「あっ、そうなんです! アロイスさんてば本当に凄くて、何でも作っちゃうんですよ! 料理も美味しいし、それにピッタリのお酒も知ってるし! 世界中を冒険してきたお話も凄くて……! 」
とても楽しそうに語るナナ。しかしミルが苦笑いしていた事に気づいて、思わず口を隠した。
「あっ……。ご、ごめんなさい! つい無駄なお話しちゃいました」
「ふふっ、そういうアロイスさんに対する愛情いっぱいのお話は、今度酒場に遊びに行った時に聞かせて貰おうかしら」
「は、はい。是非……遊びにいらしてください……」
赤面して、両手で顔を隠す。
ミルは彼女を見て「可愛いわねぇ」と呟いた。
「そ、そんなことないです! 」
「うふふ、そんな所も可愛い。だけど、好きなお酒がないってのは選ぶのは、やっぱり難しい話よねぇ」
「やっぱりそうなんですか……」
「うーん。でも、選ばないとプレゼントにはならないからねぇ」
ミルは頬に人差し指を当てて、左側に首を傾げる。
酒の棚に一通り目を通したあとで、
「あっ、そうだ」
と、何か思いついたようで、手を叩いて、言った。
「なら、趣向を変えてみたらどうかしら」
「趣向を変えるですか 」
「そうそう。きっとアロイスさんは美味しいお酒をいっぱい知ってるでしょう」
「絶対に知ってると思います」
「でしょう。だから趣向を変えるの。例えば、珍しいお酒をプレゼントするとか、どうかしら」
そう言って、ミルは高級棚のうち、一番端の『極東コーナー』から一本の酒を手に取った。
「この辺は日本から輸入したお酒なのよ。日本のお酒って、世界的に有名なのは知ってる? 」
「いえ、知らないです。日本の知識って、和服とかを着てナマモノを食べるっていう国くらいしか」
「ず、随分と偏った知識ねぇ。ま、良いけど……。とにかく、今の貴方に関係あるのは、このお酒かしら」
ミルはカウンターテーブルに持っていた酒瓶を置いた。
ラベルには、渓流の絵に『芋焼酎』と、デカデカと書かれている。
「イモヤキツケってお酒ですか? 」
「あはは、違う違う。焼酎はショウチュウって読むのよ。イモジョウチュウって読むの」
「ショウチュウですか? 聞いたことない名前です」
「うん。あまりアロイスさんのお店でもカクテルに使ったり、焼酎自体出たことないでしょう」
「頼んでいる人も見たことないです」
「そうよねぇ。いわゆる蒸留酒の類のお酒で、ブランデーとかの親戚にあたるっていえばいいのかしら……」
ミルはカウンターの椅子に腰を下ろして、魅力的な腰を回して足を組み、雰囲気ある姿でナナに説明を始めた。
「焼酎はお芋やお砂糖、麦なんかで造るお酒で、他の蒸留酒にあるブランデーやラムなんかと一緒のタイプなの。簡単にいえば香りを楽しむお酒ってワケ。甲類と乙類の2種類があるんだけど、乙類はあまーい香りや素材の香りを楽しめる芳醇なお酒。甲類は日本で飲まれるチューハイっていうカクテルの素材に使われているから、単体でプレゼントするにはちょっと不向きだから、今回は乙類焼酎を選んでみたカンジ」
ミルの説明はわかりやすく、ナナは何度も頷いた。
「香りを楽しむお酒なんですね! これならアロイスさんも気に入ってくれるでしょうか」
「カントリータウンじゃ珍しいお酒だし、きっと気に入って貰えるはずよ」
「そうですか! それじゃ、これにします! 」
「はーい、お買い上げ有難うございますー♪ 」
料金は1,500ゴールド。ナナは早速、財布から代金を支払い、ミルが丁寧に包装してくれた焼酎を大事に抱えた。
「有難うございます、お酒を教えて貰って助かりました! 」
ナナは頭を下げてお礼を言う。
「いえいえ、このくらいお礼はいらないわよー」
「えへへ。本当はお家にお酒はいっぱいあるんですけど、私がお金を出してプレゼントしたかったんですよね」
「うん、その気持ちは大事だと思うわよぉ」
「そうですよね! お婆ちゃんも一緒に飲めるお酒だと思うので、皆で楽しみます! それじゃ失礼します! 」
ナナは、また来ますと笑顔で言い残し、店をあとにした。
「はーい、またどうぞー」
ミルは手を振ってナナを見送ると、いそいそとカウンターの席に戻って腰掛けた。が、その途端。また店の扉がガチャリと開いた。
「あら、またお客さんかしら。いらっしゃいませぇ」
ミルは片手を挙げて言う。すると、そこに立っていたのは随分とガタイの良い男で、浮き出た筋肉を見て笑み零した。
(まあ随分とイイ男……て、あらっ? )
しかし、彼の顔を見て気がつく。男は、まさかのアロイス・ミュールだったのだ。