暮れのひと時(1)
【2080年12月30日。】
その日、もう年の暮れということで酒場はお休み。ナナは商店通りを歩いていた。しかし、珍しく傍にアロイスの姿はない。ナナは敢えて一人、商店通りにある、とあるお店に用事があった。
そこは商店通りの中心に位置する、80平方メートル程度の小さな店舗。
中に入れば、木造棚とガラス棚にそれぞれ沢山の『お酒』が並んでいる。そう、ここはカントリータウンのお酒販売店だった。
「こんにちわですー。お久しぶりです、ミルさん」
ナナが店舗に入ると、カウンターに腰を下ろす女性がゆっくりと立ち上がって、おっとりとした声で。言った。
「あらぁ、ナナちゃんじゃないの。いらっしゃい」
店主兼店長を行うのは、ミル・レベッカ。
獣人族のうち、ミノタウロスという種族にあたる、魔族の女性。いわゆる牛の血を引いている彼女は、茶のショートヘアから額に生えた小さな角が2本ばかり見えている。また、白黒エプロンから見て分かるほどの大きな胸や瑞々しい唇は、熱気のようなフェロモンを振り撒く。それでいて、おっとりした性格に、タレ目気味の幼さを感じる顔つきは、マドンナという言葉が良く似合う。
「今日は料理酒でも買いにきたのかしら? 」
ミルが訊くと、ナナは違います、と言った。酒店に訪れたのは料理酒のためじゃない。
ナナは肩にかけた猫柄のショルダーバックから茶色の財布を取り出し、強く握り締め、高級酒が並ぶガラス棚のコーナーに近づいた。
(ココが、高級なお酒のコーナー! )
ナナは並ぶお酒をジっと、品定めする。
その様子に、店主ミルはナナに話しかけた。
「どうしたの? ここは高いお酒を置いてるけど、美味しいお酒がほしいの? 」
「あっ……はい! 美味しいのを探しているんです。やっぱり、高いお酒が良いのかなって」
「うーん、それは高いのは美味しいのが多いケド……ナナちゃんが飲むのかしら? 」
ミルは微笑みながら言う。
「うーん、私っていうか。えっと、その……」
今日、このお店を訪れたのは、あの人にプレゼントを渡す為だった。
「ある人にプレゼントを渡したいなって思ったんです」
「プレゼント……良いじゃない。相手はお酒が好きな方なのね? 」
「はい。お酒が大好きな上に、知識も凄くて。ていうか酒場の店主もやっているので……」
「ああ、そういうことねぇ。てことは、アロイスさんとか言う方かしら? 」
さすがにアロイスの名前は広まっているようで、彼女も彼を知っていた。もちろんナナと顔見知りのミルは、ナナがその酒場で働いている事も知っていた。
「あはは、バレバレですね。アロイスさんは地元でもすっかり有名になりましたね」
「うん、知ってるわよ。だけどナナちゃんがアロイスさんにプレゼントってことは、そういうことかしら。全部分かったわよ、ナナちゃん」
ミルは、ぷぷぷ……と、片手で口を抑えて微笑んで言った。
「な、何で笑うんですかぁ! べ、別にそういうんじゃないですもん! 」
「うふふ、良いの良いのぉ。それより、美味しいお酒を探しているんでしょぉ? 」
「むぅー……。はい、探してますけど……」
「年末に向けて美味しいお酒を探してるって感じかしら? 」
「そんな感じです。でも、難しいですね」
ナナはお酒コーナーを見ながら、困ったように言った。
「それなら、私もお酒選びを手伝いましょうかぁ? 」
ミルが言うと、ナナは「是非お願いします」と返事した。
本当は一人で選びたいところだが、正直いって自分一人では酒の知識が乏しい。酒を扱う店長さんが指南してくれれば百人力だ。
「分かったわぁ。じゃあまず、アロイスさんはどんなお酒が好きなのかしら」
「どんなお酒……。アロイスさんは基本的に何でも好きだって言ってました」
「何でもかぁ。それは難しいわねぇ」
お酒をプレゼントする際、何でも好きだ、というのは一番難しいパターンだ。明確な好みの酒が無いというのは、選ぶ方としても難しい話になる。




