表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
176/358

年の瀬旅行(16)


 男は、ゆっくりと横笛を口元に充て、催眠魔法の発動を示唆する。それに対し、フィズは彼に叫ぶ。


「おい、俺らには催眠魔法は効かないのは分かっているだろう! 無駄な抵抗は止めろ! 」

「ふふっ。君たちに催眠が効かなくても、やれることはあるんだ。催眠というのは、こういう使い方もあるんだよ」


 男が笛の音色を鳴らすと、その背後に、紫色の魔力が粘土のようにグニャグニャと形を変え、巨大な黒い肉体とヤギの頭を持った悪魔となって具現化した。


「むぐっ、何つー魔力を……! それに、あの背後に居るのは……アロイスさん、アレは」

「具現化してるのはバフォメットだな。ははぁん、そういうことか」


 アロイスは珍しい形の魔法を見て、興味深そうに、かつ、納得したように言う。


「古代に属した悪魔族の一種ですね。強大な魔力を持ってるわけだ」

「なるほど。バフォメットなら、あのような強い能力があっても不思議じゃない」


 二人は納得し合って頷くが、ライフだけは首を傾げた。


「待ってくださいよ。フィズさん、バフォメットってなんすか? 悪魔族って? 」

「お前、学生時代に歴史の勉強してるだろ」

「いやー、実践ばっかで勉強はからっきしで。アハハ」

「アハハじゃねえよ。古代戦争時代、戦果を挙げた名高い魔族たちを悪魔族っていうんだよ」

「へー、なるほど。じゃあアイツの背後にいるヤギ頭が悪魔族の。道理でビリビリと強いワケだ」


 笛に封じ込められた悪魔族の魔力。普通の冒険者などでは、この強い魔力に触れたのなら、精神を一瞬で奪われてしまうだろう。

 そして悪魔の力に慢心した男は、不敵に笑う。


「ククク。魔笛自身に僕は最強だと催眠をかけることで、もっともっと力が増していくんだ。このバフォメットのパワーを使い、全てを滅ぼしてやる。今こそ、我が力の前に人間たちは――……」


 バゴオォオンッ!!!

 話の途中で、男の横を何かが通り過ぎて風を切った。

 男は「なんだ? 」と横を向くと、そこには、拳一つで具現化したバフォメットの魔力を消し飛ばしたアロイスの姿があった……。


「えっ、あっ……? 」

「話の途中でスマンな。悪いが、この程度では相手にならん」

「バ、バフォメットの魔力を消し飛ば……!? 」

「ああ、消し飛ばさせて貰った」

「馬鹿な!? 片腕で一つで辺りを消し炭に出来るくらいの魔力があるんだぞ!? 」

「ああそう。俺は町一つを燃やしかねない魔力の持ち主と何度もやりあってるんでね」


・・・・・・・・・・

 その頃、休暇を楽しむリーフ。

「ハックション! うー、風邪ッスかねぇ。それとも、誰かリーフの噂してるッスかね! 」

・・・・・・・・・・


 男は、馬鹿な!? と驚き、アロイスの強さに慄く。

 その一瞬のスキを狙って、フィズが男の魔笛を奪い取った。


「……おっと、大事な笛がこうも簡単に盗れちまったよ」

「しまった!? か、返せぇ! 」


 男は慌ててフィズに駆け寄るが、しかし。その眼前にライフが立ち塞がり、構えた長剣の柄で顔面を殴りつけた。


「あがっ!? 」


 最早、笛を失い召喚した悪魔も消し飛んだ男は普通の人間。一撃で地面に転がり、気を失ってしまったのだった。


「……一丁あがり! だろ、先輩方っ」


 アロイスとフィズに向かい、ライフは親指を立ててウィンクした。


「ったく、良いところだけ持っていきやがって」

「ハハハッ、やられたなフィズ。だけど、これで本当に一丁上がりだろ」

「……ま、そうですね。最後の戦いは拍子抜けでしたけど。コイツは犯人として突き出しますよ」

「それが良い。では、あとは頼むぞ。俺は、ナナたちと旅行の続きを楽しまないといけないからな」


 大きく背伸びしたアロイスは、万事解決したことに、ナナたちの元に帰ろうとした。

 しかし、その時。

 再び何かの視線を背後に感じた。それはビリリと痛むような、刺激を含んだ魔力のような視線。


「誰だっ!? 」


 視線の方向に目を向けるが、それは、何もない空だった。


(空……、誰も居ない。しかし、今確実に。それに背中の痛みが……)


 青く晴れ渡る空の上から、何者かが自分を睨んでいる気がした。鋭利のような魔力で背中を突き刺されたような、そんな感覚が未だに残っている。


「どうしたんですかアロイスさん」


 突然の怒号に、フィズはキョトンとする。


「……いや、何でもない。気のせいだろう」


 違う。また面倒ごとになるんじゃないかと思って言わなかったが、絶対に気のせいなんかじゃない。今の一瞬、確実に何者かが自分を見ていた気がする。そうじゃなければ、痛みを感じ背中を濡らすことなんて無いハズだ。


(俺が視線だけで背筋に冷や汗をかくなんてな。今のは何だったんだ)


 空を見ても実態は無いし、既に気配もなくなっている。何も無かったと、そういうことにしておく他は無いようだ。アロイスは首を横に振ると、近くの屋根に飛び上がり、フィズたちに向かって手を上げた。

 

「また会おう。フィズ、ライフ、今度は酒場に遊びに来てくれよ! 」

「……必ず行きます! 」

「うぃっす、美味い酒期待してるぜ、アロイスさん! 」


 フィズとライフも片手を上げて応えると、アロイスは屋根を伝いあっという間に遠くに消えていった。


「ふぅー、行っちゃいましたねアロイスさん。でも幻影とはいえ悪魔も一撃で倒すなんてなぁ、笑いますね」

「あの人ばっかりは桁外れも良いところだからな。さ、俺らは俺らの仕事に集中するぞ」

「うぃっす! 」


 ライフは敬礼して、言った。


 ……こうして迷宮入りとなるべきだった事件は、アロイスの協力もあって解決の道が開けた。


 それと、結果的に述べよう。


 逮捕された男は『ラクライレン』という冒険者だった。


 彼は冒険団ブライのメンバーで、ヴェザー集落の出身者だった。ダンジョン攻略で入手したハーメルンの魔笛により操られ、暴力的な行為に及んでしまったらしい。


 集落民たちは、地元住民しか知らない森奥の洞窟に閉じ込めていたと判明。集落民のうち、少なからず犠牲者は出てしまったが、幸いなことに水辺などがあったことで、生き長らえている集落民が大勢居た。彼らはすぐ治療院に運ばれたのち、現在も通院を続けている。


 ラクライレン本人は操られていた事もあって不本意な行動であったことを酌量され、極刑は免れた。ただ、遠からず本人が殺人的衝動について、自意識で行ったことも否定せず、恐らくは深い檻の中、二度と日の目は見ることが出来ないと思われる。


 そして、アロイスたちはというと……。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ