年の瀬旅行(14)
「……アイツは、昨晩の」
アロイスは静かに立ち上がり、ローブの男を見つめる。
ナナが「どうしたんですか」と尋ねると、話を逸して椅子に座ってるように促した。
「何でも無いよ。良い天気だなーと思ってね。ちょっと青空を仰ぐだけさ」
「あ、なるほどです。確かに良い天気ですもんねー」
「寒空だけど最高の天気だな。最高のな……」
フードの男は、此方を見つめたまま動かない。アロイスも、その男から目を逸らさない。
「……」
沈黙する二人。
ふと、フードの男は懐から、何かを取り出して口元に近づけた。
(あれは……)
昨晩は良く見ることが出来なかったが、昼間見てようやく分かった。
それは小さな『横笛』だった。
(笛……? )
そして、フードの男がそれを口に付けた瞬間。昨晩と同じく、彼の全身を紫のオーラが包み込む。
(アイツは何を……)
アロイスがその姿を注視していると、後ろでドサリ、と何かが倒れる音が聞こえた。咄嗟に振り向くと、そこにはテーブルに伏せたナナと祖母の姿。
「ナナ、お婆さん!? 」
アロイスがハっとしたのも、つかの間。オープンカフェに居る面子が倒れていることに気づく。客も、店員も、人も魔族も全てが。
「一体何を! 」
アロイスは屋根の上の男に目を向ける。そこで、フードの男は嘲笑うかのように、コチラを見下ろしていた。
「……少し話を聞かなくてはならないようだ」
ナナや祖母に手を出すとはいい度胸だ。
アロイスの額に、ビキリ、と血管が浮き立つ。いざ脚力を込め、屋根の上に飛び上がろうとしたが、その背を何者かがグイッと引っ張る。
「うおっ、なんだ……って」
それは、ナナと祖母だった。
「ナナ、お婆さん!? 」
彼女たちは虚ろな瞳で、アロイスの背を引っ張る。また、他の倒れていたはずの客や店員たちも、同じような虚ろな瞳でフラリフラリとコチラ側に近づいてくる。
「これはまさか……催眠魔法か! 」
催眠魔法。幻覚などを見せて、術者に自由に従わせる魔術の一種。通常、精神力の強い者には掛かることは無い。魔法技術としても高位な術に含まれ、相当な実力の高い者だけが扱える術である。
「だが、こんな大人数を一気に……しかも円陣や詠唱もなしに扱えることは聞いたことが無い……が、もしや! 」
考えずとも分かる。あの横笛だ。あの笛は恐らく、魔法道具の類だ。しかも、ここまで強力なものとなれば、間違いなく古代ダンジョンの出土品に違いない。昨晩の魔獣の進撃も、あの男の仕業だろう。
「冒険者か誰か知らんが、道具を手に入れて悪用してるってことか。許せん……! 」
怒るアロイスを見て、フードの男は「ククッ」と笑う。
そのまま、屋根を飛んで遠くに逃げていった。
アロイスも「待て! 」急いで彼を追おうとしたが、周りには操られた一般市民たちが大勢詰めかけ、覆う。これでは無理に引き剥がしたら怪我をさせてしまうかもしれない。
「くっ、邪魔だ! 怪我をさせるわけには……! 」
そのうち、カフェの奥からナイフを持ったコックの姿が見えた。
(くそっ! 俺はまだしも、ナイフで他の客が怪我をしてしまうかもしれん! )
こうなったら、力任せに弾き飛ばすしかない。
アロイスが腕を振り回して、周囲をどけようとした、その時。
「アロイスさん! 」
空中から、人影。アロイスの側に、フィズとライフが降り立った。
「フィズ、ライフ! 」
「催眠魔法の解除香です! 」
フィズは右ポケットから取り出した黒い包を高々と投げて、火炎魔法を点火。
パァンッ!!
花火のような閃光が弾け、火花が辺りを包む。
焦げた香りが漂い、操られていた人々はその場でドサドサと倒れた。
「……ふぅ、ナイスタイミングでしょう、アロイスさん」
「正直助かった。しかし、どうしてお前がこのタイミングで……」
「それは、あの男を追いながら話しましょう! 」
フィズとライフは屋根の上に飛翔する。アロイスは、ナナと祖母を椅子に座らせると、フィズたち追って飛び上がり、屋根を伝ってフードの男を追い始める。
「おい、お前らの仕事ってのは、もしかしてあの男を追うことだったのか」
この状況になったら、話を聞く必要がある。アロイスが訊くと、フィズは言い辛そうに答えた。
「いやあ……、待って下さい。その前に少し謝らないといけなくて」
「何がだ? 」
「昨晩の魔獣襲撃事件、あれは実は俺の追ってた事件に関わりがあったんです。スミマセン」
「一体どういうことだ」
三人は屋根を飛び跳ねながら、会話を交わす。
「んー、最初から話をしなければいけないんですけど、手短に話しますね」
フィズは、冒険団として依頼された内容を掻い摘んで説明した。
「ヴェザー集落の住民が一斉に消失した事件を追って、俺らはこの地方に滞在してました。その謎を追ううち、一つのダンジョンが深く関わっていることに気づいたんです」
アロイスは、ほう、と相づちを打つ。
「集落の付近にあった、古代研究所ダンジョンを攻略したブライという冒険団。彼らが攻略したダンジョンで手に入れたのは、恐らく『魔笛ハーメルン』です」