年の瀬旅行(13)
ナナは細目で、ふらふらと階段を降りて一階に降りる。
そこには、エプロンを着用したアロイスが座って本を読んでいた。
キッチンには既に朝食の下拵えがされており、香りにあった通り、コーヒーまで淹れてある。
「おはようございます、アロイスさん……ふわあ……」
「おう、おはよう」
「朝ごはん、準備していてくれたんですかぁ。朝、早いですねぇ……」
「まぁな。ほら、顔洗って身支度してこい。なんて顔してんだ、ハハッ」
「えへへ……」
寝癖がぴょんと立って、寝ぼけ眼に目も開けられないナナ。祖母と一緒に洗面所に行って、洗顔して顔を洗う。軽く髪の毛を整えると、アロイスの待つリビングに戻った。
「ただいまですー」
「おかえり。よし、ちょっと早いけど朝ごはん食べれるか?お婆さんはどうしますか」
二人とも「大丈夫」と答える。
アロイスは本を本棚に戻して、まず淹れたてのコーヒーを三人分並べる。次にワンプレートタイプの大皿にスクランブルエッグ、ハム、チーズ、サラダを盛り付け、最後にバスケットに詰めたパンを真ん中に置いた。
「パンはコテージのサービスにある出来合い品だけど、ここのパンは凄く美味しいぞ」
「うん、とっても良い香りがします。コーヒーに凄く合いそうですね」
パンは、余熱したオーブンレンジにアルミホイルで包み、しっとりとした仕上がりにした。立ち昇る湯気に小麦の甘い香りが舞っている。挽かれた豆の香りとパンの匂い。新鮮な卵を使ったスクランブルエッグと、瑞々しい生野菜のサラダに彩りは豊かで、食欲に誘われた三人は、早速腰を下ろし、朝食を食べ始める。
「うーん、とっても美味しいです。ぱくぱく食べれちゃいますね」
「そりゃあ良かった。どんどん食べてくれ。お婆さんは、コーヒーのおかわりは? 」
「それじゃ貰おうかねぇ」
そして三人は朝食を食べながら、今日の予定について話を始める。今日は滞在三日目で、最終日。午後にはカントリータウンに戻るため、観光できるのは午前中だけだった。
「えーっと、今日の予定なんだけど……」
「あ、そうですね。今日はどうするんですか? 」
「この二日でだいぶ目ぼしい場所は回ったからなぁ。今日は遠出も出来ないし、町の中を見て回ろうか」
アロイスの意見に、ナナと祖母は頷いて答える。
「ご飯を食べたら帰りの準備をして、少し休んだあとに市街に行こう。確か商店街があったはずだから、ロックタウンの特産品とか食材とか、地酒なんかも見て回りたいんだよな」
ナナは、楽しそうですね、と笑顔で返事した。
「きっと楽しいよ。お婆さんもそれで大丈夫ですか? 」
「うんむ、勿論さね。お土産とかも買えるかね? 」
「買えるはずです。空港でも買えますけど、やっぱり町中のほうが色々ありますよ」
「そうさねぇ、やっぱり町中で買いたいね」
「ええ、それが良いと思います」
最後の滞在は、それで決まった。
朝食のあと、アロイスが片付けをしている間、ナナと祖母は帰宅用の荷物を纏めた。三人がリビングに揃うと一息ついて、馬車を呼んでロビーに下る。
「鍵を返してくるから、待っててくれ」
一人馬車を降りて、鍵を返しに行くアロイス。ロビーの椅子にはクロイツたちの姿はない。
(さすがに、朝まで戦ったからな。休んでいるか)
鍵を返し、ナナと祖母のもとに戻る。そのまま三人は町に赴き、時刻は9時を回る。丁度ロックタウンのお店が次々と開店する時間帯に、客たちが詰め掛けて賑わいを見せ始めていた。
「綺麗な町並みですねー! 」
「色々と見て回ろうか。……あ、だけど待ってくれ。その前に最後だし、あそこに寄っていこう」
せっかく最後の日だ。ロックタウンの象徴である、噴水のある時計台に三人は向かった。
「あ、時計台ですか! 」
「うん。観光がてら通っていたけど、落ち着いては見てなかったからね」
「そうでしたね。綺麗ですねぇ」
「ここは地元住民にとって集合場所だったり、観光名所だからやっぱり人が多いな」
商店街も混んでいれば、この周辺も既に混雑が始まっていた。
すると、祖母が「アロイスさん」と呼び、手招きする。
「はいはい、何でしょ? 」
「これは何て読むのかね。ちょいと気になって。ほら、これだよ」
祖母が指差した場所は、時計台脇の小さな石碑。盤面には、短く古代語で何か書かれていた。
「ああ、これは古代語ですね。こんなのあったんだ。多分、町の言い伝えみたいなものっぽいですね」
「言い伝えかい? 」
「はい。えーと、何て書いてあるかっていうと……」
アロイスは石碑の内容を読み上げた。
『ある日の正午、笛は鳴る』
『山の麓で、子供たちは踊る』
『時間も何もかも、全てを忘れたように』
何となし単語がズラズラと書かれているだけの単純なものだ。
意味を聞いた祖母は「どういう意味かねぇ」と不思議そうにした。
「どうでしょうね。こういう言い伝えって、必ず何か意味を持ちますからね」
「何か危険だったりすると、後の世代に残すって聞くさね」
「うーん、今度時間があったらこの地方に伝わることでも調べてみましょうか」
「ふふっ、そこまでは要らないさね。さて、なんだかドンドン混んでくるし、買い物しちまおうかい? 」
「お、そのほうが良さそうですね」
気づくと時間が経つにつれ、ドンドン客たちの姿が増えてきた。これは早めにお店を回ったほうが良さそうだ。
「えーと、じゃあどうしようか。適当なその辺の店から見て回るか……」
アロイスは、近くの雑貨屋に入ろうとする。だが、その時。アロイスに対して、何者かの殺意に満ちた視線を感じた。
「……! 」
思わず後ろを振り返るが、そこにはナナと祖母、行き交う人々の姿しかない。誰が見ているということは無いようだった。
「どうしたんですか、アロイスさん? 」
「……いや、何でもない。それより、買い物を楽しもう」
「はーい! 」
きっと杞憂だろう。そう思いながら、アロイスはナナと祖母を連れて、買い物を楽しんだ。
それから、3時間。
中央の噴水にある時計台が、ボォンと音を鳴り響かせ、12時を告げた頃。アロイスらは市街のオープンカフェで大量の手荷物を並べ、サンドウィッチとコーヒーの軽食をとっていた。
「ふぅー、いっぱい買っちゃいましたね! すごい楽しいですよ♪ 」
「珍しい食材も沢山あって、つい……な。お婆さんも、お土産を結構買いましたねぇ」
「敬老会や農業組合に配るつもりさね。いーい買い物ができたよ」
良かった、ナナも祖母も満足してくれたようだ。
(昼食を終えたら、13時か。飛行船は15時出発予定だし、あとは1時間くらい時間を潰して適当に空港に向かったほうが良いな)
色々あったが、充実した三日間だった。年末の良い思い出が出来たなと思う。
(……んっ!? )
だが、しかし。
(やはり、視線が……。間違いない。気配が……)
アロイスに対する杞憂と思われた視線と気配が、再び訪れる。
(これは……上から! )
視線の感じる方向へ、目を配る。それは、ずっと高い屋根の上、オープンカフェの斜め向かいにある建物のてっぺんから感じた。そこには、全身を茶色のローブで覆った、昨晩見た怪しい風貌の男が立って此方を見下ろしていた。深く被ったフードの隙間から見える瞳は、紫色に怪しく輝いている。




