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16.地下蔵

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 廃屋に向かうアロイスとヘンドラー。

 二人は、廃屋への林道をザクザクと土音を立てて歩いていた。

 ヘンドラーはダルそうに、流れる汗を青いハンカチで拭きながら文句を垂れる。


「な、何や。結構遠い位置にあるんやな……」

「もう少し歩くぞ。そんくらいでヘバってどうすんだ。机上作業ばっかだから体力が落ちるんだよ」

「やかましいわボケ……。お前らのような冒険馬鹿とワイを一緒にすんなや……」


 ぜぇぜぇと、苦しそうに肩で呼吸するヘンドラー。

 アロイスは「ナナより体力無いぞお前は」と溜息を吐いた。


「ナナちゃんなぁ…、オレンジ色の髪の毛が何とも可愛らしい女の子やったな……」


 ヘンドラーは苦しそうにしながらも、彼女の顔を思い浮かべてニヤっとする。


「ホンマ可愛いわ。んで、ジブン…あの子の家に世話になってるんやろ。お前、なんであんな場所で厄介になっとるん」


 ヘンドラーが物問うと、その質問にアロイスは「うーむ」と唸りつつも、一連の流れを説明した。


「いや。実は電話口でも話した事なんだけどな、俺が冒険者辞めたって所から話す必要があるわけで……」


 天空のダンジョンで自らの冒険団が世界一を迎えた日から、何があったのか。

 竜の背に乗り、この町に落ちた事。

 彼女と出会った事。

 偶然が偶然と生み、酒蔵を見つけてしまった事。

 そして、この数日で起きた事など。

 話してみればたかが短い思い出だったが、ヘンドラーは面白そうに耳を傾けていた。


「……ま、そんなところだな。後は畑を耕して適当な廃屋片付けで過ごしてたってわけだ」


 そして、アロイスの話が終わった時。

 丁度、二人は酒蔵のある廃屋に辿り着いて、ヘンドラーは言った。


「なるほどな。で、ここが例の酒蔵サンってことやな」

「そ。これでもだいぶ綺麗になったんだぞ。不必要な所は剥がして、酒の保管場所付近は補強したんだ」


 林道を抜けた先、自然生きる丘に囲まれた光差す一軒家。

 大黒柱を残して危険そうな柱を切り落とし、崩した木材は廃屋の東側に並べてある。崩れかけていた玄関や居間、キッチンに抜ける廊下だけは補強した。辺りの雑草はナナが掃除してすっかり綺麗になった。


「はーん、これがそうなんや。普通に汚い建物やな」

「おいコラ」


 容赦ない言葉に、アロイスはすかさず突っ込みを入れた。


「半分冗談や。どうでも良いが、さっさと酒蔵に案内したれや」

「半分てお前。案内するのは分かってるっての、こっちだ」


 アロイスはヘンドラーを連れて玄関に入ると、土足のままズカズカ居間を進みキッチンに抜ける。そして、床の一部を持ち上げ、バコッと勢いよく外すと、地下入り口を指差して言った。


「ここだ。この中に、かなりの酒がある」

「……本気か?」


 見た目は底の見えない四角い入り口のマンホール。確かに薄暗い内部を覗いてみれば、金属の梯子が打ち込まれているようだったが……。


「嫌や。ワイは降りへん」

「ふざけんな、行くぞ」

「絶対に嫌や。つーかアロイス、この穴を見つけて降りたってのか」

「当然。梯子が有るから人工物だし、魔獣の気配もないし水の音もしない。安全なのは分かるだろ」


 当然のように言うが、それを聞いたヘンドラーは心底嫌そうな顔をして言った。


「ジブンら冒険者は本気で頭のネジが吹き飛んでるわ。ワイは降りへん」


 意地でも首を縦に振ろうとしないヘンドラー。

 アロイスは「ほーう」と、半目でそれを言い放った。


「普段は商魂がどうとか言ってる癖に、査定依頼品が目の前にあっても見捨てるわけか」

「何。それは、商魂逞しく目の前の好機を逃さずって事や。確かにワイが部下にも言い聞かせとる信念やけどな……」


 それとこれは違うやろ。

 ヘンドラーが頬をヒクつかせて言うが、アロイスは先に穴に身を落としたかと思うと、梯子をゆっくり降りつつ大声で笑いながら言った。


「なら来なくていいぞ。但し俺がセントラルに行った際には、部下に今回の事を伝えてやるからな!」

「……はっ。き、汚いやっちゃなっ!」

「落ちそうになったら俺が支えてやるから、来いよ。それに、来たら商魂燃えるモンが見れると約束するぞ」


 ヘンドラーは「ちっ」と舌打ちする。仕方ない。ヘンドラーは長髪をガシガシと掻き毟り、羽織りを脱いで適当な場所に畳んで置くと、袴の丈を捲り上げた。結び直した帯に仕舞い、梯子に手をかける。


「な、何でワイが冒険者みたいなマネさらさなあかんのや……」

「文句言うな。中々できない体験だと思って楽しめよ」

「じゃ、じゃかあしい……。はよ降りろ、はよ、はよ降りんかいっ!!」

「はいはい、もう直ぐ着くからそんな怖がるなって」


 ヘンドラーは手足を震えさせたが、確実に歩みを進めた先、思いの外、地に着くのは早かった。


「……はっ。つ、着いたっ。着いたんやなっ!?」


 文字通り、地に足が着いた。ヘンドラーは心の奥底から安心して、安堵の溜息を漏らした。

 その脇でアロイスは「この辺かな」と魔石式の光源スイッチをオンにすると、ガンガンガンという激しい音が鳴り響き、途端に暗かった地下は眩い光に覆われた。


「な、なんや眩し…………て、おぉっ!?」


 一瞬は目を眩ませ顔を隠したヘンドラーだったが、目が慣れて直ぐ、その光景に声を出した。


「何やこれ。これ、全部酒か!?」

「酒だ。楕円のドーム状になってる地下室、あちら側までビッシリと酒で埋まってる」

「おいおい、ホンマかこれ」


 ヘンドラーは手前にあった棚から酒瓶を一本を手に取る。


「……保存状態もええな。しかし言うてた程の貴重な酒でもないぞ。これはオールドボトルやけど、今も普通に流通してるモンやで」


 アロイスに言うと、

「違う違う」

 ちっちっち、アロイスは人差し指を振って、少し先に歩き、ヘンドラーにこっちに来いと手招きした。


「んっ、なんや」


 ヘンドラーは酒瓶を元あった棚に戻すと、アロイスに駆け寄る。


「そっちに良い酒があるんか」

「出入り口に近い酒は目立つもんでもない。希少な酒は、少し奥側のこっちだ」

「ん……」


 アロイスが指差した棚は、精巧な細工が施されたガラス棚があった。また、棚には温度調整する魔石プレートと吸水性スポンジが敷かれていて、その高級座布団に座るよう、知る者ぞ知るボトルが幾つも並んでいた。


「げっ…」


 それを見たヘンドラーは目を丸くする。


「嘘やろ……。グレンオールドかこれは。こっちはハーデペル、トラディ、ロコンまであるんか!」


 アロイスはヘンドラーの顔色の変化に笑い、言う。


「驚いただろ。これだけで100万ゴールドは下らないんじゃないか」

「馬鹿いうなや、ロコンのオールド、これだけでその2倍…いや、3倍はするわ!」


 ヘンドラーは、煌びやかな酒瓶たちを前にして、突き出した両手をプルプルと震わせ、目を輝かす。その様は、まさに宝を見つけた冒険者のよう。


「ホンマに宝の山やないか……」

「だから言っただろ。見に来て損はなかったはずだ」

「おおよ。これは一見の価値あるわ。これ、全部を競売に流したり購入希望者を募るんか」

「いや、出入り口側にある酒は残す方向で頼む」

「分かった。なら、取り敢えずは適当に値付けしてみるわ!」


 並ぶ商品という名の宝に彼の商魂が騒ぐのか、先ほどまでの梯子を降りるヘタレ腰とは全く違い、元気に満ちる。そしてヘンドラーは着物の懐から見慣れない薄い緑色のプレートとペンを取り出した。


「ん、何だそれ」


 アロイスは見慣れぬ道具だと覗き込み、尋ねた。

 ヘンドラーは「お目が高いね」と、説明した。


「最近は便利になったもんでな。軽量魔石の薄型プレートに、同じタイプの魔石を削り作ったペンを使うことで、魔力同士を衝突させてプレートに文字を描くことが出来る優れモンや。情報の保存や読み込みも出来る、商人たるもの必須になりうる必需品やで!」


 ヘンドラーは鼻を鳴らし、自信満々に説明した。

 魔石で造られた軽量のプレートは、ミルフィーユのように薄い何層にも成った魔石で出来ている。プレート盤面には文字を書き起こすことが可能で、薄い層の下に書いた文字を仕舞ったり取り出したりすることも出来る、最新の錬金術で造られた道具の一種だった。


「へぇ、セントラルじゃそんな便利な物が売ってるんか。錬金術の道具も進化してるんだな」

「これは試作品やけどな。裏ルートで手に入れたんや」

「裏ルートって、危ないことしてるんじゃないだろうな」

「ナハハッ、別に悪い事してるわけちゃう。つーか仕事に集中するから、話かけんなや」

「……なら、少し離れにいるな」

「頼むわ。ほんじゃ婆さんの手料理も待っとるし、本気で仕事やるで!」


 アロイスは言った通り、少し離れた位置で彼を見守ることにする。

 一方ヘンドラーは、酒に目を通しながら、次々とプレートに酒の名前や値段などを記載し始めた。そのスピードは凄まじく、普段とのギャップも大きいこともあるが、思わず感心してしまう。


(相変わらず集中すると凄いものだな。それに、あの頭にはどんだけの知識が詰まってるんだか)


 元々ヘンドラーは、小さな町の商店を営む両親を持ち育った。幼い頃より商いに関わり続けた彼は、成長するに従い頭角を現し始め、若輩20歳で自分の会社を設立したかと思えば、気づけばセントラルの一等地に商社を構えるほどの有力者となっていた。


(ヘンドラーの親父さんがやってた雑貨店は酒も扱ってたし、酒の知識量は凄いのは当然かもしれんけど。相変わらず、あらゆる販売物に精通した『商い』の知識の底が知れない奴だよ。少しでも売れると踏んだ物があれば、その国に行ってまで調べる徹底ぶりだっけな……)


 アロイスは、彼ほど貪欲な商人は知らなかった。

 周りが着いていけず、白い目で見られたとしても『商い』の知識を得るための努力は欠かさない男。しかし、だからこそ、自分がダンジョンで拾った宝物も、彼には安心して任せる事が出来たのだ。


「ヘンドラー……」


 アロイスは彼の邪魔をしたくはなかったが、それだけは言いたくて声をかけた。

 ヘンドラーは「なんや」と手を止め、振り返る。


「煩い声がけかもしれんけど、この酒はさ、全部大事な物なんだ。お前の腕で…頼むな」

「おう、任せとけ。大船に乗ったつもりでいてくれや」


 ヘンドラーはペンを握った片手を一瞬だけ挙げる。

 アロイスはその様子に頷くと、仕事に戻ったヘンドラーを傍観しながら、只管に終わりを待った。


 ……そして、ゆるりと時間は流れて3時間、13時を過ぎた頃。


「終わったで!」

 

 ヘンドラ―は地下室の隅で腰を下ろしていたアロイスを呼んだ。


「終わったのか、随分と早いじゃないか」


 のそりと立ち上がり、ヘンドラーに近寄る。


「婆さんの飯が待っとるからな。一応、算出した金額見るか」

「当然だ。大体の目安で幾らくらいになったんだ」

「ちょい待ってや、えーとな……」


 ヘンドラ―は情報を記載した魔石プレートから計算式が書かれた文面を取り出し、アロイスの顔に押し付けて見せた。


「競売場までの運搬費用や手数料なんかの雑費は面倒は見れんから、売れた後に回収するとして、それを差し引いた大体の純益目安や」


 ヘンドラ―の説明を聞きながら、プレートに書かれた純益の項目を見たアロイスは驚いた。


「うおっ、こんな高いのか!?」

「これでも出来る限り売れる金額で算出したもんや。実際にはもうちょい高いやろな」

「……お婆さん、腰抜かすかもしれないぞ」


 これは良い意味で予想を裏切られた。

 数百万ゴールドで売れると伝えていた分、この結果を聞いた二人は自分以上に驚くに違いない。


「ま、取り敢えず帰ろうや。13時過ぎてしもたし、婆さんら待っとるやろ」

「そうだな。急いで戻ろうか」

「そうしようや」


 ヘンドラ―はプレートを懐に仕舞い、帰る支度をする。

 アロイスも梯子付近の明かりを落とすが、梯子を見上げたヘンドラ―が顔を引きつらせてるのを見て、

「落ちないよう支えてやるから……」

 と、先に昇らせた後、自分は一歩遅れて梯子に手をかけたが、ふと、昇る寸前にアロイスは考えた。


(いよいよ本格的に酒を売る算段がついたな。後は、俺が責任を持って酒を運ぶ必要があるわけだ。だけど、全てが終わるということは、明日には……。いや、早くて今日の夜にはナナと婆ちゃんとは別れる事になるってことか……)


 アロイスは、冒険者として幾重に出会いと別れを繰り返してきた。しかし、知り合った者たちとの別れはいつまでも慣れない。いや、慣れてはいけないと思っている。いつだって、優しくしてきてくれた皆との別れは寂しいものなのだから。


(冒険者を辞めて最初に出会った二人だ。深い思い出になった。いつまでも忘れそうにはないよ)


 アロイスは、寂し悲しさに身を固めながら、ナナと祖母が待つ自宅に向かう。

 ……しかし、この時に。

 梯子で震えるヘンドラ―は、自分の儲けのためにも、結果としてアロイスとナナの運命を大きく変える『秘密の算段』をこっそりと整えていた。


 ………

 …



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