年の瀬旅行(6)
どこかで見たような、どこか懐かしいような、そんな雰囲気が、あの席の男から漂っている。
「おー、身体のデッケェ男っすね。冒険者か何かっすかね。知り合いかなんか? 」
「あの姿は冒険者だろうよ……っていうか、あの人はまさか……! 」
いや、でも。そんな、冗談だろう。フィズは肩を震わせた。そんな馬鹿な話があるわけないのだ。
「でも……」
こんな場所に、こんな都合良く、こんな状況で、彼がいるはずがない。
「でも、あの姿は……! 」
でも、そこにいるのは紛れも無い。間違いない。
かつて三人で楽しんだ席で、別の三人と団らんを楽しむあの男は、間違いなく。
「アロイスさ……ん……。アロイスさんだろ絶対にッ!! 」
冒険団クロイツ、三代目総部隊長。
フィズとリーフの永遠の憧れ『アロイス・ミュール』。
彼が、そこにいた。
「えっ、あの人がアロイス!? 」
「間違いない! 」
フィズは居てもたっても居られず、その席に向かって走った。人ごみを掻き分けて、アロイスの元に駆け寄る。そして、彼の背後に立って、大声で名前を呼んだ。
「……アロイスさんッ!! 」
すると、彼は「何だ」と反応して、ゆっくりと振り返った。
「んー……? 」
そこには、声も仕草も何も変わっていない、憧れのアロイスが、そこには居た。
「やっぱり、アロイスさん……! 」
「ん……。ぶっ! な、何っ!? お前、フィズか!? 」
「はい。フィズ・アプリコットです! 」
アロイスは、ナナと祖母との観光を終え、夕食のビュッフェを楽しんでいるところだった。予期せぬ出会い、再会に、アロイスも心底驚いている反応を見せる。
「ど、どうしたんだ。どうしてココにいるんだ」
アロイスも、思わず立ち上がった。目の前に現れた本物のアロイス。現役時代と変わらない悠々たる姿に、フィズは両肩を震わして、泣きそうな表情を浮かべる。
「ほ、本当にお久しぶりです……ッ」
「いや、ホントに久々……。何だ、クロイツの仕事でもこの辺であったのか」
「は、はい。仕事でアイガーに宿泊していて、まさに今アロイスさんの話をしていた所だったんです! 」
ナナと祖母は、フィズの感涙するような仕草を見て、彼が昔の仲間であることを分かった。ただ黙って、二人のやり取りを見つめていた。
「そうだったのか。……本当に久しぶりだな。あの時はいきなり居なくなって悪かった」
「い、いえ。色々と大変でしたけど、アロイスさんの後を継いだ事が色々と力になりました」
「そう言って貰えると助かる。リーフはアレだったが、お前たちが団を立派に率いてくれて……」
フィズにとって、待ち望んだ再会。一字一字の言葉に、脳が震えた。
しかし、その再会の時間を、あの男が水を差す。
「……あーあ、その人が団を裏切った人! アロイスって男なんだー! 」
わざとらしく、フィズの背後でライフが叫んだ。両手を後頭部に回して、ダルそうに、見下すように。
「おい! 」
さすがにフィズが声を張ると、アロイスは「良い」とフィズをどけた。
「……君は」
「クロイツのメンバーだけど、何か? 」
「そうか。俺はアロイス、宜しくな」
「ええ宜しく、裏切りの人」
アロイスに対して、暴虐な態度。
フィズは舌打ちするが、アロイスは冷静だった。
「ハハハ、君は元気があるな。ま、それも冒険者に必要なことだ」
「そりゃどーも。結構オレは強いほうだからね」
「見た所、君はフィズと一緒に行動してるのか。口だけじゃなくて、きっと実力は高いんだろう」
「当たり前だろ。団から逃げて裏切ったアンタより強いかもしれねぇーぜ。フフッ」
ライフは長剣をチラつかせる。
「おー、そうか。もしかしたら、そうかもしれないな」
「だったら今やっても良いんだぜ、オッサン。オレとやるのが怖いか? へへっ」
ライフの有り得ない態度に、フィズは拳を握り締めて今にも殴り掛かりそうになる。アロイスは、怒りに震える肩に手をぽんっ、と乗せて、フィズに言った。
「……落ち着け。ま、長い目で見ると良いだろ」
「アロイスさん……」
「気にすんな。それにしても久しぶりだし、後で二人でゆっくり話しでもしないか」
「あ、是非! 」
「うむ。酒でも飲みながら、な」
アロイスは親指を立てて、自分の居た席に戻る。
だが、この行為がライフの沸点に触れたらしい。ライフは他人を見下す優越感が好きなくせに、自分が見下されるのは大嫌いだった。アロイスが、自分を相手にしていないと理解し、火が点いた。
「おい……。何オレを無視してんだ……! 」
ライフは、ゆらりとアロイスの背に近づく。そして、長剣の柄に手を伸ばす。
「ふざけんな。オレを無視するんじゃねえ。アロイス……」
今にも剣を抜いて切りかかりそうなライフに、アロイスは気配を感じ取り、ギロリと睨んだ。
……が、その瞬間のこと。
会場の大きな窓から見える庭園に、何かがドォン! と舞い降りた。辺りが地震のようにぐらりと揺れる。
「……何だ? 」
アロイスたちや、会場の全員が窓から庭に目を向ける。するとそこには、人の3倍以上の大きさのコカトリスが大きな羽根を動かしながら、こちらを睨みつけていた。
「コカトリス!? で、でけぇ! 」
ライフが叫ぶ。
会場は「魔獣だぁ! 」とパニックになった。しかし、アロイスとフィズはもちろん、ナナや祖母、会場の一部冒険者たちは冷静だった。
「んー、かなり大きいサイズのコカトリスだな」
アロイスは肩を回しながら、言った。