年の瀬旅行(5)
深く溜息を吐くフィズ。一体どうやったら、この男を改心させることが出来るのか。少し高い実力を持っている程度で王様気分のライフ。このままでは、いつか死んでしまうだろう。のびしろは充分にあるというのに、性格一つで本当に勿体ないことだ。
「……まぁ、とりあえず晩飯に行くか」
気づけば、陽は傾き始めている。フィズは彼の事について、後々でゆっくりと考えることにした。
「はい、行きましょう! 」
「……ああ」
二人は、一旦宿泊したコテージに戻った。
それから身体を洗った後、普通の長袖衣服に着替え、ロビーに併設された食事会場に足を運ぶ。
そこは非常に広いビュッフェ会場で、会場内には300人以上の客たちが詰め掛けている。団体用の丸テーブルと、少人数用の小さな丸テーブルがあちこちに置いてあり、フィズとライフは、空いている小さな丸テーブルに腰を下ろした。
「適当に料理取ってきて良いんすよね」
「ビュッフェだしな。俺が席取ってるから、先に料理を見て取って来て良い」
「うぃっす! 」
ライフは元気に返事して、鼻歌混じりに早速料理の並んだテーブルに向かっていった。それを見てフィズは一人、席に座って再び溜息を吐く。
(おー、本気かアイツ……。俺やリーフがアロイスさんの補佐だった頃は、こういう場所じゃ絶対に先を譲らなかったもんだがな……。普通は後輩が席を取って待ってます、なんて考え方。俺が古いだけなのか)
ライフが料理を取る姿を眺めながら、そんな事を思ったりした。
そして、彼が色々盛り付けて戻ってきてから、入れ替わりに立ち上がったフィズは、料理を適当に盛り付けて、さっさと席に戻る。そこで、もう先に食べ始めているライフを見て、これまた頭を抱えた。
「あ、先にいただいてまふ。ここの料理、めっちゃ旨いッスよ! 」
「……そうか」
別に先に食べる事が悪いというワケじゃない。
普通は「先に頂いてて宜しいですか」くらい尋ねるモノだろう。
(それとも、この考えも俺が悪いのか。俺がライフに、先に食べてて良いぞ、と言うべきだったのか……? )
一体、何をどうすれば良いのか分からなくなる。後輩の育成でここまで頭を悩めるとは思わなかった。
(まぁ、ここの料理は旨いし、それでストレス発散といこう……)
盛り付けた料理のうち、白皿に取ったロースト・ビーフを食する。ホテルアイガーのビュッフェでは、これが特に絶品なのだ。
「いただきます……と」
普通、ローストビーフといえば、酸味ある甘いソースを思い浮かべるが、このビュッフェは甘さを抑えて酸味が強いヨーグルト・ソースを使っている。肉自体の旨味を前面に出した味わいは、誰もが舌鼓を打つ一級品で、アイガーの一番オススメの品目でもあった。
「……うん。相変わらず旨いな」
フィズは食べながら、小さく頷いて言った。すると、その言葉を聞いたライフが、言う。
「フィズさん、宿泊初日からここのローストビーフ好きっすよねぇ」
「あー、まぁな。俺にとってはちょっと懐かしい味なんだ」
「懐かしいって、何がっすか? 」
「実は昔、このコテージホテル『アイガー』に連泊してたことがあるんだよ」
「えっ、何すか何すか。もしかして彼女サンとかと!? 」
ライフは身を乗り出す。
フィズは「違うッツーの」と、一蹴した。
「4年くらい前にアロイスさんやリーフと任務で来た事があるってだけだ」
「……アロイスさん? それって、前部隊長のっすよね」
「そうだ。ライフが入隊する直前に辞めた前部隊長だな。学生の頃から有名な人だったろ? 」
「まぁ、そりゃ。だけど、ふーん……アロイスねぇ」
ライフは薄ら笑いしながら、言う。
「でもアロイスって人は冒険団を裏切った人でしょ」
「おい」
「あの人が勝手に辞めたせいで、同時に多くの冒険団員も辞めちゃったじゃないですか」
「……」
「まぁその穴に俺が入れたんだからラッキーだけど、俺はあまり良い人には思えないっすね」
「お前……」
さすがに、その物言いにはフィズはイラっとした。
(本気で殴りてぇ……。だけど、裏切ったって見られても仕方ない部分はある……)
アロイスが脱退したことで、大勢の団員が同時に辞めてしまったりし、彼の言うことも事実だった。今の若い冒険者たちには、そう思われても仕方ないのかもしれない。
(俺も、二代目部隊長のリンメイさん時も同じように突然消えた時、アロイスさんを裏切った人だと思ってたからな……)
傍から見れば、アロイスやリンメイなど突然冒険団を去った部隊長たちは裏切ったように見えるかもしれない。だが、彼らを知る人間にとっては、そんなことはないと理解していた。
「ライフ、裏切ったとか言うんじゃない。別にアロイスさんは団は裏切っちゃいない。二代目もそうだったように、アロイスさんは辞め時のタイミングはしっかり考えていた」
彼らは、無闇に団を辞めたりはしていない。自分のあとを任せられる人間が出来て初めて団を辞しているのだ。
「えーっ、裏切ってない? はははっ! でも、世界一になったと同時に辞めますかフツー。これからが大変な時だってのに、見捨てたようなモンじゃないですか! 」
ああいえばこう言うヤツだ。それでも、後輩たちの観点から見るならば的を射ている。ただ、その自由さって事こそが、冒険者ってやつだとフィズは考える。
「……まぁ、それも含めて冒険者だって事なんだよ」
「冒険者っすか? 裏切った人がどんな冒険者だったって言うんです? 」
フィズは、アロイスを軽視するライフに対し怒鳴る気持ちを抑え、それを伝える。
「冒険者らしいじゃないか。団という束縛から抜けて自由を求めて行動しただけだぜ、あの人たちは。それに嬉しい話じゃないか。アロイスさんが辞めたって事は、俺なんかに団を任せられるって思ってくれたってことだからな」
ライフは「ふーん」と、空返事した。
(……ったく、本当にコイツは。だけど、俺もこんな風に団を率いる存在になるなんか思っちゃいなかったケドな。俺だって、アロイスさんが居た頃が一番楽しかったんだよ)
リーフと実力争いをして、アロイスという大きな男がいた、あの頃だ。
(3人が揃っていた頃か。そうだ、丁度さっき話をしてた通り、以前このコテージに宿泊したのもアロイスさんとリーフと3人でだったっけ。あの時は、あの席に座ってたんだ)
フィズは今も忘れない会場の端っこに在る小さなテーブル席に目を向けた。アロイスとリーフ、3人で隅っこの席に固まって美味しい料理を食べたっけ。
「……って、ん? 」
フィズはその席に目を向けた、その時。席に座っている家族連れに、見覚えのある男が座っていることに気づいた。
「どうしたんですか、フィズさん」
「い、いや。あそこに居る男が、なんか見覚えが……」
端の席に座っているのは、お婆さんと若い女性に、筋骨隆々の男。黒髪短髪で、いかにも冒険者らしい屈強な姿なのだが。フィズは目をコシコシと擦った。
「あれ……。なんかすげぇ既視感がある人が……」