表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
154/358

冒険者のブドウ酒(9)


 アロイスが料理の完成を告げると、ナナと祖母は、各々の席につく。

 料理を前にした三人は、豪華なランチに微笑んだ。


「あらあら、随分と豪華なランチになったさねぇ」

「うん、とっても美味しそう! 」

「それでは、頂きましょう……と、言いたんだけど。その前に、お婆さんにお話が」


 料理が冷めないくらい手短に、どうしてブドウ酒に合う料理を作ったのかを説明した。ナナの両親に備えたお酒に、乾杯するためという、その理由を。


「……なるほどね。そういう事だったんだね。わざわざ有難うね、アロイスさん」

「とんでもないです。お礼なんていりませんよ。では、改めて頂きましょう」


 アロイスが言うと、3人は軽く手を合わせた。そして、それぞれがグラスに手を伸ばす。


「本当は献杯というべきなのでしょうけど、今日だけは。ナナのご両親に、乾杯」


 アロイスは高々と腕を上げる。

 ナナと祖母も「乾杯! 」と言って、ブドウ酒もといグラスワインを口に運ぶ。


「……うん、渋さもあるけど充分に美味しいかな」

「赤ワインらしいワインですね。ビターな香りがします」

「アルコールはちょっと強めだね。だけどそれがクラッとして良い感じだよ」


 ブドウ酒グラスを一口飲んで、各々感想を漏らす。その後はフォークとナイフを手に、いよいよお待ちかね、メインのマトロートだ。


 赤く煮詰められたイワナは、白い皿に盛られて良く映える。

 フォークで刺すと身はホロリと砕け、舌には柔らかな食感に甘めのソースが香りづく。


「あらら、これってば美味しいさねぇ」

「見た目通り美味しい♪ 」

「うん、上手く出来たんじゃないか」


 コクのワインソース。だが酸味もあって、どこかさっぱりした味わいだ。それにしても、際立つ甘い香り。どことなく、味よりも香りが強く前面に出ているようで、不思議な感じだ。


「マトロートって香りが良く目立ってて、食が進んじゃいますね。何を入れたんですか? 」

「ほら、ハーブのローリエだよ。俺が入れた所を見ていなかったかい」

「あ、ローリエですか! 見てませんでした。ローリエは魚と相性が良いですもんねぇ」

「そうそう。あと、合わせてブドウ酒も飲んでみると良い」

「はいっ」


 言われた通り、グラスに注がれたブドウ酒を合わせて飲んでみる。刹那、口の中で濃厚なソースとブドウ酒が厚く握手した。何と口いっぱいに広がる濃厚たるコクの深さ。鼻に抜ける甘さ、酸味、苦味。それでいて、喧嘩するは事ない。舌と喉に残るのは、ただただ旨い、という感情だけ。


「……はぁ、ふわっとして美味しいです」


 濃厚な味付けには、やっぱり濃厚な酒が合う。

 香り良し、味良し、酒との相性良し。そして文句なし。

 ナナと祖母は、充分に満足をしてくれたように、マトロートとブドウ酒の組み合わせを楽しむ。


 だがしかし、アロイスだけは、味付けに満足しつつも次回に課題を残したようだ。


(これは思ったよりイケるな。下処理も簡単だし、煮込み時間を調整すれば酒場で日替わりメインで出せそうだ。でも骨が邪魔だな。マトロートは骨抜きしたウナギが一般的だったか。魚でもビールがいけそうな味だから、改良する余地はまだまだある……)


 もっともっと精進しよう。そう思った。


(でも、この二人が満足してくれたなら今は良いか)


 目の前には、美味しく料理を頬張るナナと祖母。

 今日のランチは彼女たちに、ブドウ酒はこの場所に居ないナナの両親たちに向けたものだ。

 

(……どうですか。ナナの親父さん、お母さん。ナナとは何とか上手くやっていますよ。たまに悲しませてしまう事もありますけども……)


 ブドウ酒を飲みながら、

「今日の下着の件はゴメンナサイ」

 と、額に汗を流し、再三の反省をした。

 

(しかし、ご両親がスピカのメンバーか……)


 ご両親について考えると、スピカのダンジョンでの行方不明事件を考えてしまう。


(あの事件も、今考えても本当に不思議な事件だ。どうして、どこでスピカのメンバーが失われたのかは定かじゃないからだ。そんな、災厄の空中都市を上回るほどのダンジョンの存在がどこかにあるものなのか? )


 つまり、災厄の空中都市に挑戦しても全滅することの無かったメンバーが、そのダンジョンに挑んで全滅したという謎。現在アロイス率いるクロイツ第一部隊が空中都市の攻略に成功しているが、それを越すダンジョンは未だ発見されていないのだ。


(それほどに難しいダンジョンが、未だこの世の中に残されているのか。いや、それしか考えられない。あのメンバーが全員失われる事なんて、普通は有り得ないんだ。だけど、それともまさか…………)


 冒険の事を考えると、ついつい深く考え混んでしまう。

 すると、それに気づいたナナが、アロイスに声をかけた。


「本当に美味しいですね、アロイスさん! ……難しい顔をして、何か考え事ですか?」


 首を傾げるナナ。

 アロイスは「何でもないよ」と笑って返事して、再び食事を始めた。


(……まっ、今の俺がそんな事を考える意味は無いな)


 そうだ、意味なんかない。今の俺はもう冒険者なんかじゃないんだ。

 今の俺は、田舎町のしがない店主。


「えへへ、また一緒にランチ作りましょうね」

「ああ。次は何を作る? 食べたいのはあるかい。ディナーも作っちゃうか? 」

「やった、いっぱい手伝いますね! 」

「おうっ」


 大事な家族のいる、何てことない男なのだから。


………



【 冒険者のブドウ酒 終 】



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ