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冒険者のブドウ酒(4)


 いや、本当は知らない振りで通そうと思った。だけど、つい意地悪したくなってしまって。


「わ、悪かったよ! ゴメンよナナ! 」


 アロイスは浴室に向かい、閉められた扉の前で叫ぶ。

 しかし、返ってきた言葉は。

「もう、知らないですっ! 」

 かなり怒った様子での返事だった。


「悪かった、本当にゴメン! つい言っちゃったんだ! 」

「もう、普通、キリッとした顔で『水色だ』なんて言いますか! 」

「魔が差しちまって、本当に申し訳ありませんでしたぁ! 」


 両手をパンッと叩いて、頭を下げ、謝罪の言葉を口にする。

 それから数秒程度、沈黙が続いたが、ようやく浴室の扉は開く。そこには、洗い終えた衣服を積んだカゴを両手に持ったナナが、頬を膨らませ、ジトッとした半目でアロイスを睨んでいた。


「うっ……! わ、悪かった……よ……」

「変態さんは知りません! 」


 ナナは、さっさとカゴを持って玄関から庭に消えてしまった。

 これはとても不味い事をした。

 ……頭を悩ませる。


(ま、不味ったなぁ。だけど、あんな状況ならそんな返事しちゃうよなぁ……)


 ナナのような子に、 

「見ました? 」

 なんて聞かれて、ノリで答えないワケがない。奇しくも男心というか、男の性だもの。


(でも、本当に悪い事をしちまった。許してくれるまで謝ろう)


 リビングに入ると、大きな窓から庭に洗濯物を干すナナの姿が見えた。ナナはアロイスの姿に気づくと、片頬を膨らまして、プイッ、とそっぽを向いてしまう。


「む、むむ……」


 やはり、かなり怒っている。

 アロイスは持っていたブドウ酒をテーブルに置くと、すぐさま窓を開き、洗濯物を干すナナに向かって心の底から謝罪の言葉を口にした。


「ナナ、本当に悪かったよ。もう、あんな事は言わないから許してくれ」

「……変態さんは、知らないです」

「すまない。絶対に言わないと誓う! 」

「うー……」


 唸るナナは、干したアロイスの大きなシャツに顔を半分隠して、リビングに立つアロイスを睨む。


「本当に、反省してるんですか……」

「あ、ああ! 当然だ。本当に反省してるよ! 」

「……本当の本当ですか」

「本当の本当だよ。絶対の絶対だ 」


 アロイスは両腕を広げて言った。

 するとナナは、やっと「分かりました」と言って、姿を見せてくれた。


「ゆ、許してくれるか。有難う、もう言ったりしないから……」

「約束ですよ! 」

「分かった、絶対に約束だ」

「……じゃあ許してあげます。ちょっと待ってて下さい」


 ナナは、空っぽになったカゴを持ち上げると、浴室にそれを運ぶ。軽く手を洗ってから、リビングで待つアロイスの元に近寄って、アロイスの顔を人差し指で差して言った。


「今回は許しますけど、次はないですからね! すっごく恥ずかしかったんですから! 」

「分かった、もうしないよ! 」

「それなら良いです! 」


 そう言って、ナナは近くの椅子に腰を下ろした。アロイスはもう一度ばかり謝罪してから、ナナの対面の椅子に座る。と、ナナはテーブルに置かれたブドウ酒を見ながら、言った。


「……ところで、このブドウ酒は何で買ったか質問しっぱなしでしたよね」


 ナナの態度はもう後腐れ無いように、普通の声色で尋ねた。


「あ、ああそうだった。えっと、この酒を買った理由か。さっきも言ったけど、移動販売の商人から買ったんだけども……」


 まず、この酒を買う理由として、部屋の掃除をした際にナナの写真を見てしまった事を説明した。


「寝室のお母さんとお父さんの写真ですか? 」

「うむ。あまり……勝手に部屋に入ったり見ちゃいけないものだったらすまなかった」

「全然そんなことはありませんよ。それで写真とお酒がどんな関係があるんですか? 」

「そうそう、実はナナのご両親を見たらさ、ご両親に『お酒』を奢りたくなったんだ」


 アロイスは、袋詰めのブドウ酒の1つを引き寄せて、チャポチャポと中身を揺らして言う。


「奢りたくなった、ですか」

「そうさ。一人の男として、同じ冒険者として、冒険者らしいお酒を供えたくなったんだよ」

「あっ、なるほど! そういうことだったんですね」


 ナナも、もう1つのブドウ酒の袋を手に取ると、じっくりと眺めた。


「ナナ、このブドウ酒をグラスに注いで今日だけ写真立ての脇に置いて来て良いかな」

「もちろんです。きっと、お母さんたちも喜んでくれると思います」

「そう言ってくれると嬉しいよ。それじゃ、準備しようか」


 アロイスは立ち上がり、台所から適当なワイングラスを2つ持ってきて、ブドウ酒を、トクトク、と注いだ。濃い紫色のブドウ酒。柔らかい甘さと、僅かな酸味を感じる香りが辺りに舞う。

 

「うん、いい感じだ。冒険者時代にお酒といえば、こういうお酒が多かったから懐かしいな」

「こういうお酒を飲んでいたんですね」

「新人時代とか、お金が無い頃は高い酒なんか飲めないし、そもそも、お酒ってやつは冒険者にとって神様みたいなもんで……」


 冒険者にとって、お酒は切ろうと思って切れない縁だ。保存の利くお酒は、ダンジョンにおいて様々な使い道がある。

 お酒の基本である味わうのも良し、栄養として取り入れるのも良し。寒冷地域などでは、ワインやブランデー類であれば少量でも身を温める事が出来る。また、アルコール度数にもよるが、ダンジョンで何らかで外傷を負った時の消毒液にもなるし、意識を戻す気付け薬としても利用が出来るのだ。


「かなり用途が多い分、いちいち高いお酒を使っていられないからね。それを考えて、安価なブドウ酒くらい汎用性が高いものはないって話。ま、それでも大抵は料理と一緒に飲んでしまう事が多くなっちゃうんだけど」


 体験を踏まえてのリアリティな説明。


「なるほどぉ……」


 ナナは、好奇心に満ちた返事をした。



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