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冒険者のブドウ酒(3)


「お客さんか」


 掃除用具を適当な場所に立て掛け、玄関に向かう。


「はいはい、どうぞー」


 アロイスが言うと、扉が開いて、茶のニット帽子を被った30代くらいの男が笑顔で立っていた。男は帽子を片手で上げて、言った。


「どうもどうも、ただいまカントリータウンのお宅を回って、生活品や雑貨などの販売をやっております。大型馬車にて運搬しているので、種類も量も豊富にございます! 何かお買い求めがありましたら、気軽に仰って下さい! 」


 誰かと思えば、ただの移動販売だったらしい。


「んー……いや、入用はありませんね。申し訳ない」

「あら、そうでしたか。それでは、貴重なお時間を頂戴してすみませんでした」


 なんだ、この手の商人には珍しくやけにアッサリと退いたものだ。

 アロイスは「楽で良いな」と思ったが、ふと有る事を思い浮かんで、商人に尋ねた。


「あ、やっぱり待って下さい! 」

「はいはい、何かお買い求めでしょうか。大抵のものは揃えておりますよ 」

「ええと、お酒はありますか? 」

「お酒……と、言うと。料理酒でしょうか、それともコチラですか」


 男は、右手でグラスを握るような形を作って、クイッと、呑むような仕草を見せた。


「ええ、コチラです」


 アロイスも合わせて、グラスを呑む仕草で返す。


「ははは、勿論ございます。それなりの数を揃えておりますよ」

「そんな大それたものじゃなくて大丈夫です。安いブドウ酒はありますか? 一番安いので結構です」

「ございます。一番安いものになると、動物の革袋に入れたもので宜しければ」

「おお、構いません。では、それを2つばかり下さい」

「承知致しました。少々お待ち下さい」


 商人は外に出ると、1分程で袋詰されたブドウ酒を手に戻ってきた。


「お待たせた致しました。2つで1,000ゴールドとなります」

「有難うございます」


 商人に1,000ゴールドを渡してブドウ酒を受け取る。

「ご購入を頂きまして有難うございました」

 商人は頭を下げると、家から出て行った。


「よし。いい買い物が出来たな。どれどれ……」

 

 袋の栓を開いて、匂いを嗅いでみる。安いブドウ酒でも充分に香りはあって、お酒として別段欠かないレベルだ。


「うん、充分だ。さて……」


 アロイスはぶどう酒を手にキッチンに向かおうとする。が、そうしようとしたと同時に、再び扉がガラリと開いた。


「んぉ? 」


 また誰か来たのかと振り返る。

 そこには「ただいま帰りました」と、ナナが立っていた。


「……あれ、ナナ。もう説明会は終わったのか? 」

「はい。何だか早めに終わっちゃって」

「そうなのか。お婆さんはどうした? 」

「早く終わったから、一人で畑に行っちゃいました。後で戻ってくるみたいです……けど、それ何ですか? 」


 ナナは、アロイスが持っていた袋に気づいて尋ねた。


「おっと、これか。これは袋詰の安いブドウ酒だよ。今、入れ違いに移動販売の人と会っただろ? 」

「あ、そういうことでしたか。移動販売屋さんから買ったんですね」

「うむ。安いけど充分に旨そうな酒で満足だ」

「良いですね! もしかして、酒場用のお酒ですか? でも、今日は酒場ってお休みですよね」


 ナナは靴を脱ぎ、靴箱に仕舞いながら訊く。

 アロイスは「酒場用じゃないよ」と答えた。


「お家で飲む用ですか? 」

「そうそう、家で飲む為なんだけど、これはー……」


 アロイスが購入した理由を説明しようとした時、浴室の方からキィンキィンと音がした。魔力同士が衝突する甲高い音。これは、どうやら洗濯が終わった合図だ。


「あっ、洗濯が終わったんですね。アロイスさん、洗濯物を洗っててくれたみたいで、有難うございます。訊いておいてゴメンなさい、先にちょっとだけ庭に洗濯物を干してきちゃいますね」


 ナナはそう言い残して浴室に消えた。

  ……しかし、その直ぐあとで。


「……あっ! 」


 浴室から響く、突然の叫び声。

 そして、廊下の壁際から、こそーっと顔を覗かせたナナは、言った。


「アロイスさん、見ました……? 」


 ナナが言っているのは、もちろん『下着』の話だ。彼女が衣服類を洗濯器から取り出そうとして、自分の下着が混ざっていた事に、ようやく気づいたらしい。


「い、いや。何も見てない、見てないぞ。 な、何の話かな? 」

「本当ですか……? 」

「ああ、本当だ。何の話をしているか、さっぱりだ! 」

「そうですか。なら、何色でしたか? 」


 ナナは、ニコーっと微笑みながら訊く。アロイスはキリっとした表情で答えた。


「水色だ」

「……や、やっぱり見てるじゃないですかぁっ!! 」


 ナナは顔を真っ赤にして叫び、慌てて浴室に入ってバタンッ! と強く扉を閉めてしまった。


「あっ、やべ……」



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