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番外:お酒を知ろう【栄光のビール編】


 【……とある日。】

 酒場開店前の16時。

 アロイスとナナは、店の中央テーブルに座り合って、雑談を交わしていた。


「そういえばナナって、生まれは2060年だったけど、誕生日はいつなんだ? 」

「2060年の3月10日です! そういえば、アロイスさんの誕生日はいつなんでしょうか」

「俺は2054年1月23日だ」

「へぇ、そうだったんですね♪ 」


 他愛もない雑談で、楽しげにする二人。

 すると、ナナは会話の途中で思い出したように言った。

 

「そうだ、アロイスさん。気になった事があるんですけど」


 店の中央のテーブルで座り合って、ナナはアロイスに尋ねた。

 

「何だい? 」

「アロイスさんてお酒が大好きで、いっぱい色々なお酒を知ってますよね」

「うむ、好きなほうだな」

「たくさんのお酒を勉強させて貰いましたが、アロイスさんの一番好きなお酒って何なんでしょうか? 」


 今まで、様々なお酒について飲んで勉学を磨いてきたが、アロイス自身の一番好きなお酒、というものを聞いたことがなかった。


「俺の一番好きなお酒か……」


 ナナの質問に腕を組み、考えてみる。


「酒の種類って話なら、飲み方によって好みが変わるからなぁ」

「……どういう意味ですか? 」

「説明が難しいな。何て説明すれば良いのか……と、そうだ」


 アロイスは指をパチン! 鳴らして、言う。


「ほら、ご飯に食べる料理と、デザートの類って別物じゃないか。ご飯モノの好き、デザートモノの好きって違うように、俺は酒の種類で良し悪しがあるんだ。酒を深く嗜まない人はお酒は全てが一括りで考えちゃうけど、俺は酒の種類ごとによって、飲み分けるタイプだから、何が一番良いとは良い難いって部分があるんだよ。例えば……」


 例を挙げるなら、駆けつけ一杯のビール。あれでアルコールの喉を開かせ、次いでウィスキーの水割りや炭酸割りなんかで、どんな料理とでも合う酒を飲み続ける。最後にはスッキリとした甘さのカクテルや、ブランデーやウィスキー類の香り強い酒で〆る、というパターンが多い。


「だから、ビール、ウィスキー、ブランデー、ウォッカ、あらゆる種類に好きなお酒があるし、一概にどれが良いとは云い辛いな。それでも、もし一つだけ選べといわれたら、やっぱり一番飲んできたビールがを選ぶべきか……」


 それでも『一番好きな酒』とはならない。

 改めて一番好きな酒と訊かれて、頭に浮かぶものは何だろう。考えど考えど、答えは出そうにない。


「うーん、やっぱり難しいな。どの酒が一番だとか、優劣や甲乙つけ難くはあるなぁ」

「そうですか。アロイスさんがお気に入りのお酒とかあるなら、飲んでみたいなって思ってたんですけど……」

「ふむ、お気に入りの酒か。ちょっと待て。考えてみる」


 今まで飲んできた酒の中で、お気に入りのお酒と、いえば。


「印象的で気に入ったのが1本あったっけ。ビールの『ラーテベルガー』かもしれないな」


 そう、小声で言った。


「ラーテベルガーですか? 」

「ああ、ウェストフィールズの北方側にあるピルスナー・ビールだ。いわゆる金と白泡のビールなんだが……ちょっと待ってろ」


 アロイスは立ち上がって、カウンターバックに足を運び、下段の棚から小さな瓶を手にとって、グラス二つも併せてテーブルに運んだ。


「実は店にもあるんだよ。見るより実際に飲んでみたほうが良い。その前に、まず簡単に説明すると……」


 1872年ウェストフィールズ北側に在るサクセン地方ラーテベルグで生まれ、現在、ノーズ国内約シェア1位を誇るビールである。

 原材料は大麦麦芽とホップ、ラーテベルグで汲み上げられた地下水を利用する。色合いが純白の泡と黄金色という点では現在の主流ビールと変わりはないが、製造された当時は茶褐色のビールが主流だった時代のため、黄金の美しい輝きを持ったラーテベルガーが現れた衝撃的だったという。その後、『王の飲み物』として国王に銘打たれ、缶や瓶のボトルネックには小さなエンブレムの『王家の紋章』が刻まれた。100年以上経った今も栄冠は輝き続けている。

 

「す、凄い歴史のお酒なんですね! 」

「市民と王族に認められしビールだからな。飲んでみると良い」

「はい、頂きます! 」


 アロイスは瓶を開けて、グラスにラーテベルガーを注ぐ。

 トクトクとビールがグラスに注がれる気持ちいい音に耳が溶けるようだ。


「さぁ、見てみろ。これが100年以上愛される王の飲み物、ラーテベルガーだ! 」

「わぁ……! 」


 グラスに注がれたラーテベルガーの白い泡はきめ細やかで美しい。また、泡の下で眠る黄金色の煌きは美麗なコントラストを生む。グラスの外側に流れる結露の一雫に喉の渇きを覚えんばかりだ。


「本当に泡が綺麗ですね。それに、この香り……!」

「おー、気づいたか」

「何となく、苦味っぽい香りがあるっていうか、ビールらしい香りがあるっていうか」


 注がれたグラスから、苦味が既に漂っているような。ただ苦味だけではないハーブにも似た憂い心地よい淡い香りな感じ。


「飲んでみるといい」

「はい、頂きます……」


 ナナはグラスを手に取る。グラスに口を近づける度、幾分強くなる香りに心躍らせながら、いよいよラーテベルガーを喉に流し込む。


「……っ! 」


 まず舌を襲ったのは、他のビールより強い苦味。一瞬ピリリとした瞬く舌弾く刺激の後、飲み込んでから喉に残るコク。しかし刹那、気づけば口の中は爽快感に溢れていた。


「後味の余韻の良さが……! 苦いのに飲み易い! 」


 炭酸はそれほど強くない微炭酸。きめ細かい泡も、飲みやすさに一役買っている。苦味はあれど、突き抜ける爽快感とキレの良さに、二口、三口目も飲んでいける。


「とっても美味しいです。私、今のビールよりよっぽど飲み易いかも……」

「ほー、飲み易いか。なるほど」


 そう言いながら、アロイスも一口飲む。唇の上に泡を乗せて、言った。


「うん、面白いな。これがナナは飲み易い、か」

「えっ? 飲み易いっていうのが変なんですか? 」

「ああ、面白いんだ。その前にさ、ナナって正直ビールは得意じゃないだろ? 」

「え、はい。正直にいえば苦手です……」

「ナナは、ビールの何が得意じゃないのかな」

「えっと……苦さが強くて、何が美味しいのか分からないっていうか」


 ビールが苦手というのは、大半が苦味を嫌うからだ。加えて炭酸という存在も嫌悪に一役買うし、嫌いな人はトコトン嫌いなのだ。


「だけど、ナナはこれは飲み易いって言ったじゃないか。それが面白いんだ」

「どういう意味でしょうか? 」

「フフッ、実はこのビールは今販売されてるビールの中でも1.5倍以上の苦味を持ってるんだよ」


 ナナは「えっ! 」と驚いて叫んだ。


「本当は嫌うハズの苦味が強いのに、飲み易い。だから面白いと言ったんだよ」

「そ、そうなんですか。でも、他のビールと比べて軽い感じがしますよ」

「スッキリした後味のおかげだな。苦味の余韻はあれど、舌に残らない爽快感のおかげで、飲み易いんだ」


 苦味が強いのに、飲み易いなんて。ビールは、全てが同じだと思っていたナナは、こんなビールもあるのかと目を丸くした。しかし、アロイスは続けざまに、やや難しい顔をして、言った。


「しかし、酒飲みとして評価を下すと、ビールらしい味わいでとても飲み易く美味しいが、悪く言えば単調という言葉も当て嵌まるかもしれない。その単調さが、このビールの良さでもあるんだけどなぁ」


 もう一口飲んで、結露落ちる黄金色のグラスを見つめながら言う。


「味わいが単調ですか? 」


 ナナが尋ねる。


「ああ。100年以上前に生み出された苦味の利いた微炭酸ビール。黄金色で、きめ細やかな白い泡は、王道らしいビールだが、それ故の苦悩もあるんじゃないかと思う」


 ピルスナー製造法で造られたビール。当時にしては、このビールは特徴的で名を馳せた。しかし、現代において、この製法は、最早当たり前になってしまった。今この瞬間、ビールを製造する各社は、その当然に一手二手と、様々な特徴上乗せしてきたわけだ。その中で、古き良き王道を守り続けているラーテベルガーは、アクセントに欠けている……という点が挙げられるかもしれないのだ。


「もちろん、苦味という特徴はあるし、ナナが飲み易いと言った通りビール飲みには万人受けするだろうけどね」


 昨今のビールは、王道に加え、より強い香り付けをしたり、アルコール度数の強かったり、炭酸を強くしたり、様々なアクセントを付け加えている。その中で、強い苦味を基本を守って造り続けているラーテベルガーは、今の飲み手にとっては味わいに欠ける可能性も高い。

 

「あくまで酒飲みとしての意見に過ぎないので、あまり間に受けないで欲しいけどね。それに、何度も言うが、ビールらしくて美味しいし、俺としてはこのビールの存在自体が特徴的だし、印象深いんだ。このビールと合わせるなら……そうだな」



 苦味が強いラーテベルガーは、脂っこい肉料理と合わると、きっと最高だ。


「俺としては照り焼きチキンや、牛フィレステーキと食べ合わせたいな。トマトのチキン煮なんてのも良い。ちょっと、想像してみてくれ」


 ナナは目を閉じて、ラーテベルガーと肉料理を想像してみた。



 鶏肉のトマト煮と、爽快感溢れるラーテベルガービール。アツアツの旨味ある鶏肉を頬張って、一気にビールで流し込めば、チキンの甘みとキレある苦味のビールがマッチして、手が止まらなくなるだろう。



 ……想像しただけで、じゅるりと涎が溢れた。


「き、きっと美味しいですね。凄く分かります。何だかビールが飲みたくなります」

「そうそう。絶対に旨いぞ。……何だか、食べたくなってきたな」


 アロイスは時計を見る。まだ開店時間には少し時間があるし、簡単な肉料理でも作ろうか。


「かるーく食べて飲もうか。ほんの少しだけな」

「あ、私も手伝いますー♪ 」

「おうっ! 」


 ナナとアロイスはキッチンに立つと、塩コショウで味付けしたシンプルな薄いステーキ肉を一人前ばかり、二人で分けて食べようと作り始めた。そして、調理をしながら、ナナは、言った。


「また今度、お勧めのお酒教えてください。美味しいお酒、もっと知りたいです」

「お、良いぞ。また時間がある時に教えよう。また、とびっきり美味しいお酒をね」

「楽しみにしてます! 」


 ナナは、とても嬉しそうに返事したのだった。

 アロイスとナナのお酒を知る勉強会、また、次の回に続く(?)。


…………


【 番外:お酒を知ろう『栄光のビール』編 終 】



<あとがき>

 ■ラーテベルガーの元ネタ

 ドイツにおける、初めてのピルスナー『ラーデベルガー』より。

 1872年に登場した黄金と純白のビールは、当時の人々を驚かせたという。

 1905年にはザクセン王国の王により認められ、王家の文様を入れる事となった。

 また、ドイツ帝国初代ビスマルク宰相も愛飲したとされる。


 そのため、ラーデベルガーは、

  ・王の飲み物

  ・首相の飲み物

 として、文字通り二つ名を持っていた。


 今なお認められ続けるその味について100年以上経った現在でも、ドイツ国内で最高得点を誇っている。


 ■見 解

 売り文句である『苦味』が特徴的で、苦味が前面に押し出された形だが、実際に飲んでみると思ったほどの苦味がないように思える。ただ、IBU(国際苦味単位)によれば、日本国産ビールの平均値より事実1.5倍以上の数値がある。

 何故、強いはずの苦味が感じにくいのか。個人的に理由を考えると、その爽快感に秘密がある気がする。ビールの余韻である苦味が妙にスッキリしていて、舌に広がった苦味があっという間に喉の奥に消えていってしまうからだ。

 なおラーデベルガーは飲み易い幾度も記載したが、ビールらしい王道のビールには違いない。そのため安易に購入すると「やっぱりダメだ」となりかねない点に注意して欲しい。


 ■ラーデベルガー以外のススメ

 十分にラーデベルガーは個人的にオススメであるが、もしビールが苦手な方ならば、同じドイツビールという位置づけであるエッティンガーヴァイス(青文字缶)をオススメする。エッティンガーヴァイスはフルーティな香りで飲み口が軽く、後味に仄かな甘み(アルコールのような薬品的な甘みではなく、香り通り果物のような甘み)がある。それでいて、ビールらしいスッキリした爽快感があるので、飲み口・余韻ともに非常にビール初心者向きにある気がする。


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