秋の夕闇に輝く竜の祭り日(6)
(す、凄いやこの人。ランベルトさんに負けないくらい料理の腕前も、お酒の腕前も凄い。……ううん、もしかしたらそれ以上に。この人が、噂の酒場のアロイスさんって店主さんなんだ……)
最初にアロイスと会話をした青年店員は、改めて彼の凄さを感じていた。あれほど積まれていた注文は、良い意味で虫の息になっている。ナナという女の子も間違う事なく注文を取るし、客から時々求められる料理やお酒の説明についても、ほぼ完璧に熟しているのだから驚く。
(あの子もあの子だよ。ウチのバイトとかより、よっぽど知識があるし……)
ナナは、時間と手間が掛かる料理は極力頼ませないように上手く促して、可能な限り簡単なものを薦める。本来なら宜しくない行為かもしれないが、こんな状況だったら店員にも、客にも嬉しい配慮だ。
(アロイスさんとナナさん……凄いな。だってほら、もう落ち着き始めてる……)
やがて気がつけば、アロイスとナナの手伝いの甲斐あって山場は去っていた。まだ注文は続いていたが、元から居る店員たちで捌けるくらいに落ち着きは取り戻した。
「よーし、後は消化試合ってところか。もう俺やナナが居なくても、充分に回せそうだしな」
アロイスも、そろそろ場を離れさせて貰って良いだろうと思った。早速手伝いを終わらせようと、ナナを呼ぶ。しかし、そのタイミングで、客たちに再びどよめきが起こる。
「な、何。今度はどうした」
「また何かあったんでしょうか」
アロイスとナナが声の方を向くと、客たちの合間をすり抜けるようにして、あの男が現れた。
「どうもこんばんわ。盛況ですね、アロイスさん」
「あっ、 貴方は……!」
現れた男は、リター・フェイレンだった。
「リターさんじゃないですか! 」
「あっ、リターさん! こんばんわです! 」
当代竜騎士『リター・フェイレン』。
出会った時と同じ、薄手の黒い半袖ローブを身に着け、年老いた男に磨きが掛かる渋めの格好。両腕を組んで、頬しわを寄せた優しげな笑顔を見せていた。
「先ほど祭事が終わりましてね。ようやくお休みを頂いて町を歩いていたら、何やらお客さんが大勢詰めかけているのが見えて、楽しそうに見えて来てしまいました」
リターは細目を見せて笑って言った。
「ん、祭事ですか。もしかしてリターさん自身の催し物か何かを? 」
「私が他人の槍型を見たり、見本として披露するんです。ウチの会館で行わせて頂いているんですよ」
「そうだったんですか。参ったな、見に行かなくて申し訳ありません」
そこら中から声をかけられたり、飲んだり食べたり、挙句、料理長のヘルプに出されたりして、ゆっくり見て回る暇も無かった。
「とんでもない。次の機会にでも、アロイスさんが来てくれるのを楽しみにしておりますよ」
「勿論です。必ず見に行かせて頂きます」
「はい、是非。……ところで、どうして此方にアロイスさんが? 此方はランベルトさんが店長兼務料理長のお店かと思いますが」
リターは不思議そうに尋ねた。
「あー、それは色々ありまして。今の私はお手伝いをしているというか」
「なるほど。かなり混んでいるようですし、お手伝いでも依頼されたという事でしょうかね」
「えーと、それはそうなんですけども、実はですね……」
アロイスは、先ほど料理長が倒れてしまい自分が料理長をやらざる得なくなった事情を説明した。
「……なるほど。周りに煽られたと。ははは、それは災難でしたね」
「まぁ、お祭りの日ですし特別に良いとは思います。でも落ち着いてきたので、そろそろ料理長は降りますよ」
「ふーむ、そうなんですか。折角なのでアロイスさんの一杯も飲みたいと思ったりしたんですけども」
「おや、私の一杯ですか。んー、それなら断るわけにもいきませんね」
アロイスは、手拭きで両手を拭いて、再度調理の準備をしながら言った。
「料理長代理の最後の一杯は、リターさんに捧げましょう。どうぞ、お好きなご注文を」
右手を伸ばして上部にある木板のメニューを促して、リターの注文を訊く。すると彼は、メニューを見ても、どうにもそれらから選ぶことはなく、言った。
「うーん。並ぶメニューも中々魅力的ですが、私はアロイスさんのオススメの一杯が飲みたいですね。ご迷惑じゃなければ、えーと……私に見合うカクテルを作って頂けませんか。アロイスさんが私にどのようなお酒をくれるのかを楽しみたいのです」
リターは、親指と人差し指での第一関節で顎を擦りながら片目を閉じる。何とも悪戯っぽい表情だ。