秋の夕闇に輝く竜の祭り日(3)
「あ、い、いえ。そういうのは結構です……。身内と来ているので、その……」
彼らに恐怖を覚えても、震えた声で、ナナはすぐ断りを入れた。
……だが、しかし。
「おっ、おっ、その困った顔も可愛いよ! だから一緒に飲もうよ! 」
「身内って友達? 友達とかと来てるなら、俺らと一緒に飲もうよ、良いじゃん! 」
こういう男たちは、一度や二度断っただけじゃ決して退くことはない、面倒な相手だった、
「あ、あの、ですから……私は、そういうのは結構ですから……! 」
ナナは涙目になって、慄いて目を閉じてしまった。その様子を見た男二人はチャンスとばかり、ナナの肩に手を伸ばそうとする。……ところが、ナナには『あの男』が居るわけで、そうも上手くいくわけもなく。
「ほう、一緒に飲みたいのか。うむ、良いぞ。俺と一緒に飲むっていうなら、歓迎してやる」
腕を伸ばしかけた男たちの傍に響く、低い声。二人は「何だ」と手を止めて声の方を向くと、そこには常時パンプアップされているような猛々しい肉体を持つ男が立っていた。
「え……だ、誰? 」
「な、なにアンタ。つーか、すげぇ筋肉……」
その男は、もちろんアロイスだ。
「ア、アロイスさん! 」
ナナは安堵して、ホっとした表情を浮かべるが、逆に男たちは恐怖した。
「み、身内ってこの男!? 」
「冗談……! 」
まさかナンパした女の子に、彫像のような浮き出た筋肉を持つ男が現れたら、誰だって驚く。それに対してアロイスは、男二人が自分に恐怖した事を分かっていて、わざとフレンドリーに言った。
「一緒に飲みたいんだろ。ほら、酒でも買って来て席に座れよ。楽しく飲もう」
「あ……い、いえ。す、すみません。僕ら、帰りますンで! 」
思わず男たちは逃げようとするが、アロイスはテーブルにカクテルを置いてから、素早く彼らの服を背後から掴み、逃げられないようにした。
「おいおい、待てよ。どうして逃げるんだ。一緒に楽しく飲もうと言ったのはお前らだろ」
「は、放して下さい! ゴメンなさい、俺らが悪かったですからぁ! 」
「あァー……? 俺らが悪かったですから、だと? 」
アロイスは、二人を引っ張って、男たちの肩にそれぞれ太い腕を乗せて、耳元で囁くように言った。
「女の子が拒否しても辞めなかったクセに、自分たちの都合が悪くなるとハイ退散ってか。そんな道理は通らないだろう、違うか? 」
男たちは、本当は女の子の小さな肩や柔らかな身体に触れるはずだったのに、どうしてこうなったと、太い腕を横目で見て震え上がった。こ、殺されるかもしれない……と。
「なぁ、お前たち。折角のお祭りだし、ナンパも楽しいっていうのは良く分かる。だけどな、あまりしつこいのは止めておこうな。分かったか……? 」
そう言いながら、ググッと、腕に力をこめて首筋に熱の篭った筋肉を更に押し付けた。男二人は、鋼のような肉を通してヒシヒシと感じる強さに、青ざめながら、すみませんでした、と大声で心の底から謝罪した。
「分かったなら良い。あまり人の迷惑は掛けるんじゃないぞ」
二人を掴んでいた手を放して、バンッ、と背中を押す。
男たちは、もう一度だけ「ごめんなさい」と頭を下げると、急いで消えていった。
「やれやれだ」
アロイスは溜め息を吐いて席に座る。
すると、突然周りから拍手と喝采が起こった。
「おぉぉ、良かったですよ、今の啖呵っ! 」
「言ってくれるなぁと思ったら、アロイスさんじゃねーか! 」
「あの二人組みは地元じゃ見ないし余所者だろ。よくやってくれたぜ! 」
アロイスを知る面々も混ざっていた中、酒も回ってほろ酔いした歓喜の声が上がった。アロイスはノリを合わせて「どうもどうも」と一旦立ち上がり、拍手を収めてから、改めて腰を下ろした。
「あはは、アロイスさんてば大人気ですね」
「参った参った。いやしかし、さっきの男たちには何もされちゃいないよな? 」
「大丈夫です。本当にいつも、アロイスさんには助けられてばかりですね。それにしても……」
ナナは、少し落ち込んだように、言った。
「私ってば、あんな風に声を掛けられたりすることが多いんですよね。隙があるんでしょうか……」
町中などで見知らぬ相手から声を掛けられやすいのは、隙がある場合が多い、と聞いたことがあった。それについて、アロイスはナナの顔を指差して言った。
「隙があるというか、より女の子らしいように見られてるからだよ」
「女の子らしい……ですか? 」
「まぁ、傍から見ても可愛いんじゃないかな。そういう面で、自信は持っていいと思うんだ。俺が言えた義理じゃないけどね」
「えっ!? か、かわい……!? 」
アロイスは何気なく発したのかもしれない。けどナナにとって、その言葉が何より幸せに感じた。この瞬間、その言葉は、誰に言われるよりも嬉しくて。
「んじゃ、休憩がてら飲んで食べたりしよう」
「は、はい! 食べたり飲んだりします! 」
「……お、おう? 元気だな」
「元気いっぱいです! 」
もう、嬉しすぎてどう答えて良いか分からなかった。思わず顔はニヤけちゃいそうだし、とにかく食べて、たくさん飲もう。興奮気味に、アロイスが運んできてくれたピニャコラーダに手を伸ばす。薄い透明グラスに注がれたミルク色のピニャコラーダ。口を近づけると、とても甘い香りがした。
「……っ! 」
そして口に入れた瞬間。口に広がるパイナップルのフルーティな味わい。それを追って、ココナッツミルクのコクある濃厚な甘みがフワリと喉を癒す。とにかく、香りや味わいの全てが甘い。ちなみに、酒といえどもアルコールを感じる事は少なく、喉を通りきったあとに心地よい仄かな熱を残すだけだった。
「これ、おいし……! 」
手で口を隠して、目を丸くした。甘い物が大好物のナナにとって、フルーツとココナッツミルクを深く感じられるピニャコラーダは大ヒットしたらしい。
「それ、美味しいよなぁ。実はプリンを砕いて混ぜたりしたりするともっと美味しくなったりするんだぞ」
「……天才ですか? そんなの美味しいに決まってるじゃないですか! 」
「ハハハ、そのうち俺の店でも作ってあげるよ」
「本当ですか、楽しみにしてます! 」
アロイスは「ああ」と、モヒートを飲みながら言う。また、お店から受け取った沢山の屋台料理のうち、カパリの焼きそばの他、適当に並べた。
「お酒のペースはゆっくりと、乱さないようにな。追加注文もしてくるよ、同じもので良いかな? 」
「はい、大丈夫です。有難うございます」
それから二人は、言った通りのんびりと食事を楽しんだ。酒場に立っているいつもとは違い、他人の酒と料理を嗜み、午後の流れに身を任す。やがて陽が沈み、辺りの屋台が各々のカラーバリエーションの淡い魔石ランプを照らせば、幻想的な夜が訪れる……。