秋の夕闇に輝く竜の祭り日(2)
「いやー、参ったな」
「ネ、ネイルさんらしいですよね。デ、デートだなんて」
でも、ナナは思った。そういえば、お祭りを二人で歩いているのは傍から見ればデートにしか思えないかもしれないと。ネイルに言われて、妙に意識してしまい、アロイスの横顔を見つめると……。
「ははは、確かにデートだな。俺は楽しいけど、ナナは楽しくないか? 」
アロイスは、冗談か本音か笑って言った。
ナナは慌てて「楽しいです! 」と、アロイスに寄り添う。
「そうか、良かった。俺も楽しいよ」
「は、はいっ! 」
「うんうん。そんじゃあ、えーっと……」
食べ物と飲み物が手に入ったし、ますます座れる場所を探さないといけない。
……だが、しかし。
二人が歩くだけで、有名人アロイスは、そこらかしこから名を呼ばれた。
「アロイスさん、こっちこっち! 」
「おーうアロイス、デートとは良い身分だな! こっち来て飲もうや! 」
「綿飴を食べていかないか! 」
今日は特にお祭りで、いつも以上に声が響く。一々寄っていたらキリが無いとはいえ、無視をするわけにはいかず、一言だけ喋るようにして、後はその場を離れた。ところが、その所為で、皆の優しさを諸に受け取る結果となってしまい……。
「……大変なことになったな」
「あ、あはは……。これ以上は持てそうに無いんですけど……」
商店通りに足を運んでから30分も経っていないというのに、お互いに両手に大量の食べ物の詰まった袋を持ち、頭には地元アクセサリ職人自慢の御面を被り、まるで、お祭りを堪能しきったような格好になってしまった。
「こんなに貰っちゃって、食べきれないな」
「勿体ないですけど、残ったのは家に持って帰ってから、温め直して食べましょうか」
「そうだなぁ。けど熱いのは今のうちに食べたいし…………おっと」
丁度、混雑する商店通りの道先に、テラス席のあるオープンバーがあった。
「あそこの店、今日は外の席でお酒を作って提供してるのか。青空酒場って感じだな。あそこに座ろうか」
商店通りに在る、白い平坦屋根の小洒落たカフェ。
昼間はランチとコーヒーを提供し、夜には淡いランプで彩った雰囲気ある酒場に変化する。今日はお祭りということで、外に簡易なキッチンを建て、テラス席を増やしているようだ。お祭りの観光客らは腰を下ろし、酒を嗜み、楽しそうに会話をしている。他の屋台で購入した食べ物もオープンにツマミにしているようだし、自分たちも場所を貸して貰おう。
「何か注文をして、休憩がてらテラス席で食べ物を食べようか」
「良いですね、賛成です」
二人は適当なテラス席に腰を下ろして、貰った食べ物の山をドサリと置く。ハニードリンクだけを軽く飲み干してから、二人は外に設置されたキッチンカウンターに向かった。
「おお、凄いな。思ったより本格的なバーカウンターじゃないか」
「本当に凄くお洒落ですね」
外に設置されたキッチンカウンターは、簡易とはいえ、随分と洒落た造りをしていた。カウンターにはカラフルな酒瓶と花が並び、南国風な癒やしの空間が広がっている。やや涼しげな気温といえども、お祭りの日にマッチして、気分が高揚する。
「南国風のバル(軽食喫茶店)みたいだな。見てるだけで楽しくなってくる造りしてるなぁ」
「ウチもこういう感じの飾り付けとかしてみます? 」
「冬場を前にして南国ってのもアレだけど、季節に応じて雰囲気を変えるのは有りかもしれん」
酒場を始めてから、他人の飲み屋に赴く事が少なくなっていたし、こういう機会はいい勉強になる。そのうち、様々なお店を見て回っても良いかもしれない。
「……って、まぁ勉強してる場合じゃねえな。今は何か飲み物を頼みに来たんだった」
「あはは、そうですね。職業病みたいになってましたね」
「全くだよ。まずは何か頼もうか。何か飲みたいのはあるか? 」
「えーっと、どうしましょうか」
簡易キッチンの上に貼られた、木板に掘られたメニュー表。わざと古めの汚れた木板をベースにして、白いペンキで印字してある。洒落た店には、洒落たメニュー表があるものだ。また、そのメニュー内容もユニークで、そそられる物が多かった。
「メニューの見た目も内容もお洒落なのが多いですねぇ。飲み物も、何となし南国風で……」
飲み物のメニューは、ノンアルコールを含めた美味しそうなカクテルが並ぶ。
モヒート、マティーニ、ブルーハワイ、マルガリータなどの有名どころが揃っている他、あまり目にしたことのない名称のものあった。
「……結構見たことないの有りますね。アロイスさん、全部分かりますか? 」
ナナは難しい表情を浮かべて言った。
「そうだな、書いてあるのは全部分かるぞ」
「さすがですね……。アレとか、全く聞いた事も無いんですけど、変わった名前ですね」
「ああ、アレか。確かに山の中じゃ珍しいからな……俺も店を開いてから作った事は無かったか」
ナナが指差したカクテルは『ピニャコラーダ』だった。
「どういうカクテルなんでしょうか? 美味しいですか……って、訊くのはおかしいですね」
「んー、ありゃナナ向きと思うぞ。トロピカルカクテルの一種で、作り方は……」
ピニャコラーダ。
ラム酒、パイナップルジュース、ココナッツミルク、それらをシェイクしたフルーティで甘いカクテルである。普通、大抵のカクテルはベースとなる酒を前面に出す作りだが、ピニャコラーダの場合、パイナップルジュースを8、ココナッツミルクとラム酒を1という少量で割る。その結果、南国フルーツ香る甘美なカクテルが作り出される。また、好みでバナナ、アップル、ヨーグルト、生クリームなどを加えれば、飲むデザートのような味わいを楽しめるだろう。
「えっ、とっても美味しそうです! 」
「とっても美味しいんだコレが。ナナは甘いものが好きだからな、飲んでみるか? 」
「はい、飲んでみたいです♪ 」
「分かった。じゃあそれ1つと、俺はシンプルなやつにしておこう」
数ある南国メニューの中からアロイスの目に留まったのは、お馴染みのモヒート。すっきりした甘さの飲みやすいカクテルだ。
「俺は普通のモヒートにしておこう。先に座って待っててくれるか」
「分かりました。席で待ってますね」
ナナは先に席に戻って、腰を下ろす。そこから、カウンターで店員に注文するアロイスの姿を眺めていたが、ふいに背後から声がした。
「こんちわー、君、友達と来てるのかなー? 」
「いっぱい食べ物あるねー。どう、俺らも混ぜてくれない!? 」
これまた、南国風のシャツを身に纏い、軽装をした茶髪の男の二人組み。彼らの目的は、いわゆるナンパ。何気ない会話であったのだが、ナナは、以前男たちに囲まれた事を思い出して、彼らを見た瞬間、少し身震いした。